飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

震和会会報 記事の修正(戊戌立夏号1面)
 6項目目 × フライングターガー → ○ フライングタイガー

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
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ラジオ体操会を開催します。
6月11日(月)〜10月5日(金)の月曜・金曜日
時間は 6:25〜6:40  会場は、主に小城市三日月町樋口地区
 「7月20日は江利天満宮前」です。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月11日(月)〜10月1日(月)の月曜日
時間は
 13:20〜14:50(眞理學入門)
 19:20〜20:50(ボーダレスな社会)
10月1日の19:20〜20:50は
TUKUYOMI(人を読み、時代を読み、天意を読む)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当 (但し後援会会員は2回まで無料・18歳未満の学生・生徒は無料)
震和塾 参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

時間の縁起に感謝できますか

 老化は「夢」を失ったときから進みます。人生は寿命で終わるのではなく、思考の退化で終わります。縁起を観ると寂しいことはあり得ません。縁起には周囲の人から受ける「空観縁起」とご先祖様から受ける「時間縁起」があります。
 どんな人にもご先祖様がいらっしゃいます。両親が2人。祖父母は合わせて4人。曾祖父母は合わせて8人。高祖父母は合わせて16人。10代さかのぼるとその数は1024人にも上ります。血の繋がっている直径のご先祖様だけでこの数です。
 今、戸籍は120年を過ぎると破棄されています。どこまでさかのぼることができるかは、その人によるでしょう。しかし、飼い犬でも3代くらいさかのぼれる時代に、自らのご先祖様をさかのぼることができないのでは、自信を持って生きることができない原因の一つになってしまうでしょう。
044 そのメインテナンスができる今、振り返ることをはじめてみました。
 生命の樹では、ご先祖様は自らの生命の根、親が幹、子供が葉で、将来の子孫が果実です。
 根をしっかり手入れできないのでは、健全な葉や果実が育つわけがありません。

 供養とは、お経を唱えることではありません。
「おじいちゃん、おばあちゃんの夢を叶えることです。あなたの夢より先に」

満たされた五ヶ山ダム

039 博多山笠が終わった7月15日。天神での用事に向かう途中で、国道385号線を使って五ヶ山ダムの様子を眺めに寄りました。前週の大雨でほぼ満水の状態になっています。昨年6月に訪れたときに見た景色とは、また様変わりしています。



043 大雨の影響で通行規制があり、同じアングルで撮影できませんでしたが、ダムの整備が進むにつれて観光スポットとして賑わってくると思います。





046 この秋には耐圧試験(ダムの一番高いところ、中央の穴から水が溢れる)が実施される予定です。タイミングが合えば、一度だけのチャンスなので見に行きたいと思います。

敗戦から学ぶことができない日本

サッカーワールドカップロシア大会が終わろうとしています。日本代表は大健闘したと賛美されますが、それでよいのでしょうか?
 2002年、2010年と2大会ごとに進む決勝トーナメント。2002年大会はシードされたといえ2勝1分けの勝ち点7で予選通過。2010年大会は0-0の引き分けでPK戦の末、ベスト8を逃しました(予選の勝ち点は6)。
 今大会は予選リーグで1勝しかできずに勝ち点は4。決勝トーナメントも2得点したとはいえ、90分で逆転負けです。明らかに過去の大会より結果が後退して(ベスト8が遠のいて)いるのです。さらにゴールキーパーの川島をはじめ選手の世代交代もありません。
 今大切なことは、勝ち進むことができなかったことへの反省では無いかと。一次リーグ最終戦で、リードされながら点を取りに行かず、引き分け狙いで進んだ決勝トーナメント。その選択を肯定するためには、2点リードした試合を逃げ切り、ベスト8に進出することは絶対にクリアする条件だったのでは無いかと。

 振り返って見るべきは先の大戦です。未だに「日本が悪かった」と意味不明な反省が述べられますが、それは今回のサッカーワールドカップと同様に、大切な反省ができていないからでは無いかと感じます。何故、負ける対米戦争を行ったのか。何故、奇襲と呼ばれる真珠湾攻撃の後、勝ち進むことができなかったのか?

 75年の時を超えても、日本のメディア、日本人の思考に敗戦から学ぶ謙虚な姿勢が足りないと感じます。敗戦の日1945年8月14日、あるいは1945年9月2日。ポツダム宣言受託を通知してからも、領土と富を失いました。
 ワールドカップは終戦しても、その余韻を楽しみ、敗戦の受け入れを先送りしていたのでは、日本代表は永遠に敗戦国としての道を歩むことになるのでは、と危惧しています。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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