飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
購入のお申込、お問合せはこちらのサイトから

ラジオ体操会を開催します。
6月13日(木)〜9月13日(金)の木曜・金曜日
時間は 6:25〜6:45  会場は、小城市三日月町樋口地区
                 江利天満宮です

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月11日(月)〜9月17日(月)の月曜日
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 19:30〜21:00(真理学入門、ボーダレスな社会 定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

たわけにより母屋が浸水する

 平成以降の農家の仕事として、重荷になっているのが収益の上がらない米作りを辞めて、優良農地を住宅地に転用する際の、審議から立ち会いという課業です。そもそも、農地法1条では、耕作者の権利を守るために定められている制度ですが、耕作者の意思を確認する機会を与えられることなく、開発者の利益が重視されるのが現状です。

 ここ江利部落では、長い間、開発に歯止めがかかっていたのですが、山口知事誕生とともに、その重しが外され、次々と転用許可と申請がなされています。まさに、家来の功績をたたえ、相手政策の本丸を壊す、といったところでしょうか。

027 さて、今年の開発許可はさらに厳しいものです。私の曾祖父が購入して耕した農地、分家として独立するために分けられた農地、約60aが住宅地の開発として申請されたのです。




「たわけ」とは
 江戸時代,農民が田畑を分割相続したこと。幕府諸藩が分地制限令を出したのは,こうした分割によって耕地が零細化し,担税能力が減少することを防ごうとしたものである。零細化して水呑百姓となるおそれがあるところから田分けするものを「戯け (呆け) 」と呼んだ。別に丹後地方の地割制度も田分けと呼ばれた。(「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」より引用)


 今回転用される農地は、我が家の川上にあります。大雨が降ったときは天然のダムとしての機能を果たしてきたところです。ダムとしての機能を喪失するばかりか、今回の計画では排水のルート変更が予定され、約900屬諒狆譴凌紊新しく我が家のそばの川へ流れてくることになります。
 この量は、1時間あたり60mmの雨が降ったとき、入浴時の浴槽の水が10秒間ですべて流れ出る量に匹敵します。一昨年行われた宅地造成では、1500屬諒狆譴杷喊絅襦璽箸諒儿垢なされていますので、合わせると
入浴時の浴槽の水が3秒間ですべて流れる(雨量 60mm/時)
状況を生み出しました。

 「今だけ・金だけ・自分だけ」の共産主義思想に対峙することは、地域の人々一人ひとりを啓発していく必要があるため、手遅れに近い状況に立たされています。
 大切な人の命と財産を守ること
その難しさを、切に感じています。

 1時間あたり60mmの雨が珍しいことか?

 異常気象と呼ばれることが頻繁に起こる現状、繰り返されるゲリラ豪雨、決して珍しいことではありません。
 嘉瀬川の堤防が決壊するのではと心配された昨年7月の雨では、1時間あたりの雨量は約50mmです。それよりも、2割以上多くの短時間雨量を計測したケースが、平成の30年間だけでも約15回を数えます。災害が増えるこれからの時代、開発者が環境アセスメントを住民に対して開示することが重要になります。

 分家に分けた農地が転用されたことで、本家が浸水したら

笑い話にできない、深刻な問題です。


佐賀地区の雨量統計(平成30年間)
 1時間あたりの雨量
1 91.0mm 2012.7.13
2 72.0mm 1990.7.2
3 69.5mm 1999.8.31
4 69.0mm 2008.6.19
5 68.0mm 2014.8.20
6 65.5mm 2007.8.3
7 63.0mm 1999.9.10
8 59.0mm 1991.8.5
9 59.0mm 1992.8.12
10 58.5mm 2004.8.23
11 58.5mm 2007.7.2
12 55.0mm 2014.7.3
13 54.0mm 2009.7.26
14 51.5mm 2016.9.18
 (気象庁HPより)
なお、昭和の記録として
統計上1位 101.5mm 1937.7.25
同3位 72.3mm 1953.6.25
がある。

両親が長岡花火を見物に行く

080202 日本三大花火に数えられる長岡市の花火大会。学生時代の友人が長岡に住む縁で、花火大会のことが話題に上るので、一度は見せてやりたいと思っていました。
 ともに70代の両親二人で出かける3泊4日の旅。暑さが心配でしたが、大満足で返ってくることができました。

080208 長岡の花火は、一ヶ月くらい話題に上りそうです。BSで生中継されていたビデオを見ながら、あらためて余韻に浸っております。





080316 2日間で100万人を集める花火大会。長岡市に宿を取ることができなかったので、翌日は上高地へ。平湯温泉につかって、ゆっくりできたかな?





009 松本市から高山市までのバスの旅では、4日間有効の信州飛騨アルプスワイドフリーパスポートが大活躍。1万2千円で西穂高のロープウェイまで乗ることができますので、広範囲の移動に。




040 当初の予定にはなかった乗鞍高原も満喫してきたようです。
 西日本に台風が近づいていたので、最終宿泊地の高山では、観光することなく列車に乗って帰ってきました。それでも、充実した旅を楽しんだ様子です。

土地の境界が違っていた話

 今年は、農作業よりも農業環境を変える力に、時間をとられています。

 故・村岡町長の先見で、ここ江利部落は約50年前に圃場整備を行っています。早い時期から機械化する環境が整った一方、オイルショックなどによる物価上昇前にお金の借り入れが終わっていたので、返済負担が比較的軽くすんだようです。
 一方で、現在では想像できないような原始的な計算手法で、測量や地図が作成されているために、実際に売買されるときに、想定外のことが起きてしまいます。

 私のものごごろがついたときからあった住宅

013そことの境界杭の一つが、約40cm敷地の中に入っていました。つまり、地図上では飯盛家の田圃であるところに、ブロック塀があり田圃であるはずのところが地高めされていたのです。
 さて、この土地が売りに出され、まもなく売買がなされます。売り主さんは、ブロックを正確な位置に積み替えて・・・、とおっしゃいますが。

 この小さな土地、登記上「農地」です。現状で購入してもらおうとすると、農家でない方は購入できないために、手続きが複雑になるようです。もちろん、費用もかかります。

 法律とはいえ、やっかいな問題です。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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