飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
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震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

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平成のミスを令和にただす 3

ハッピーマンデー

国旗 昨日、11月23日は勤労感謝の日という祝日でした。これは戦後に祝日法が改正されてからの呼び方で、本来は「新嘗祭」が行われるための祭日です。
 祭日という呼び方が祝日という呼び方に変わったのは戦後です。とくに平成になってからは祭日という呼び方をほとんど聞くことがなくなったように感じます。

 11月23日の本来の意味から考えると、今年は「大嘗祭」が一週間前に行われ、新嘗祭は行われませんので、11月23日が祝日である意味を失っています。

 そう、祝祭日には本来、意味があって制定されているにもかかわらず、経済至上主義に走った平成の過ちの象徴が「ハッピーマンデー法」ではないかと感じます。
 成人式は1月15日に意味があり、1月の第2月曜日や新成人が集まりやすいからといって、お正月やそれ以外の日に行っては意味を失います。荒れる成人式が話題にもなりましたが、それは、式典の意味をはき違えた大人がまいた種のようにも思えます。

 祝祭日に意味がないのであれば、春分の日や秋分の日は3月21日や9月23日に固定することができます。それをせずに毎年、明石の天文台が計算して日付を変えているのいは、まさに祭日の意味を大切に守ってきた象徴なのです。

 損得で計算された祝日は廃止し、日本人みんなでお祝いできる祭日を復活させること。ハッピーマンデーの制度に終止符を打つことも、令和に正したい日本の文化です。

令和元年産の新米をいただく

2019111501 11月15日夜、大嘗祭が終えたこの日に新米を炊いていただきました。
 今年のお米は、天候不順を現すように、もち米のように白い粒(普通は精米すると透明になる)の状態のものが多く入っています。七分づきで食べていることもありますが、見た目には美しくありません。
 とはいえ、一番大事なのは「味」です。口の中に入れて噛んでみると甘い
とにかく「甘い」の一言に尽きます。平成30年産と比べてどちらがおいしいかといえば、私は平成30年産だと思います。でも、今年のShin-和の甘さには驚きました。
 種まき前から、お盆の穂肥と沢山の油かすを施します。その甲斐があっての甘みだと思います。
 

令和元年産 Shin-和(さがびより)は、5kg 5000円で販売中です。


2019111901 古米 こちらの写真は平成30年産。
違いは・・・。

平成のミスを令和にただす 2

ボジョレー・ヌーヴォーと新米の解禁日

 ボジョレーヌーボの解禁が話題に上るようになったのは、平成に変わる少し前。日本がバブ景気へ向かう昭和60年代になってからのことと記憶している。真偽は定かではないが、ボジョレーヌーボを日本でPRすることになった要因は、1986年4月25日に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故という説がある。この事故の発生で、ヨーロッパは農産物に大きな被害が及び、特に長い年月をかけて熟成するワインは、1986年産という理由で将来の価値を失うことが懸念され、その売り先として日本に目を向けたというのだ。

 その真偽はさておき、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日は毎年11月の第3木曜日と決められている。当然、解禁日前に店に準備されているのだから、それを無視して楽しむことはできるだろう。しかし、日本人は頑なに海外の伝統を守っているようである。
 一方で日本の伝統であり、神事でもある米作りと新嘗祭。毎年11月23日に新米が穫れたことに感謝し、神々にお供えしてからいただくのが日本の伝統であった。しかし、今年もすでに新米は市場に出回っている。私はまだ口にしていないが、すでに食べた人もいるだろう。

 海外の伝統には忠実で日本の文化伝統を破ること、令和に時代に正していきたいありかたです。明日11月15日は令和の大嘗祭です。私も夜に新米をいただきます。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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