飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

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ラジオ体操会を開催します。
6月13日(木)〜9月13日(金)の木曜・金曜日
時間は 6:25〜6:45  会場は、小城市三日月町樋口地区
                 江利天満宮です

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月11日(月)〜9月17日(月)の月曜日
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 19:30〜21:00(真理学入門、ボーダレスな社会 定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

最下位サガン鳥栖の試合を見に

005 今シーズン、わずか1勝と成績不振を極め、先日監督が交代したサガン鳥栖の試合を見に行きました。
 今シーズン始めてみる試合。もちろん、テレビ中継やニュースでも見ていませんので、チーム状況の先入観はありません。
 試合開始から積極的にプレイするサガン。先制点、追加点、だめ押し点。ともに効果的だったこと以上に、金明輝監督の運気の良さを感じました。
 2点目となる、豊田選手のPK成功は試金石。その後のピンチで、ガンバ大阪のシュートがクロスバーに当たってノーゴール。勝利以上に、チームの安心感を得られる試合でした。

サガン鳥栖竹原社長の火遊び

 佐賀県民として大切に育てたいプロスポーツチームサガン鳥栖。今期、ルイス・カレーラス氏を監督に招きチームを託しましたが、予想通りの大不振が続いています。
 昨年10月にも記事にしましたが、チームの成績は社長の運気と監督の運気が大きく左右します。2014年シーズンは優勝の可能性があったタイミングでの監督更迭。その後の監督人選のミス。

 東洋の統計学のベースに地球・水星・金星・火星・木星・土星の位置関係に起因する視点があり、その中の一つが細木数子氏の六星占術があると考えています。

 カレーラス監督は1972年9月24日生まれ。水性人プラスで今年から3年間の大殺界です。明らかな人選ミスです。J2降格、となる事態を避けるための対策が必要です。

 ただ、鳥栖のファンは残留すればよいと思っているわけではありません。今期はチームを立て直し、来シーズンの優勝できるチームを作るためにも、的確な監督人選を求めています。
 来年は、竹原社長の運気が12年でもっとも幸運とされる「達成」を迎えます。そこに期待をしつつも、今年が第五衰運期(厄年)に当たるため、的確な判断ができるのか。スポンサーとの利害関係もあるでしょう。しかし、サガン鳥栖が県民に愛され続けるためにどうすればよいのか、利害関係を超えた判断を求めたいです。

ユースと過ごした平成30年間

050 令和元年5月2日。また訪れたいと思っていた場所へ、ついに足を運ぶことができました。京都市右京区にある宇多野ユースホステル。平成4年4月25日に宿泊して27年の月日が流れました。
 平成元年に修学旅行で京都に立ち寄ってから、京都を訪れる機会はかなりの回数ありましたが、交通アクセスが不便なために、これまで宿泊場所に選ぶことはありませんでした。噂に聞いていましたが、驚くほど立派になった施設と変わらぬおもてなし。
 今回宿泊することができてよかったです。

19920426京都104 30年前も歩いた大覚寺への道。当時はポピーの花畑がありました。住宅地が増えたと感じる景色の中に、今回はレンゲ畑を見ることができました。




19920426京都106 アングルは異なりますが、大沢の池。今回は6時台に早朝散策。当時はどんな風に見えていたのだろうか?





 平成30年間の旅は、ユースホステルとともに過ごしてきました。18歳で旅したみちのく路。群馬県太田市での工場実習を終えて、初めて泊まった宿は田沢湖ユースホステルでした。駅からのバスを降りたところで偶然乗り合わせていたのは、東北大学大学院の電気工学科で学ぶお兄さん。高専で電気工学科に属しながら、専門教科に苦労する私に貴重なヒントを与えてくださいました。
 佐賀県内で就職を決めた私が、卒業旅行で訪れた北海道。中山記念小清水ユースホステル(後のオホーツク小清水ユースホステル)での出会い。当時は湾岸戦争で、海外への卒業旅行を中止した同世代の仲間が沢山いらっしゃいました。そこで勧められた氷上運動会への参加は、それを目的とする旅行を計画するように魅了されました。

 時代とともに旅のスタイルが変化する中で、令和の時代、私の旅のスタイルはどう変化していくのでしょう? 自分のことながら興味深いものです。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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