東塩釜〜松島海岸 さて、JR高城町駅から代行バスで野蒜へ向かおうとしたところ、バスは少し離れた県道から出ており、しかも1時間に1本のバスは出発したばかりと言うことが分かりました。
 そこで、乗り換えに便利な松島海岸駅へ移動することに。ちょうど、塩釜駅まで往復しても乗車できそうだったので、そちらへ足を伸ばしてみました。
 車窓からは、まだ手をつけられていないがれきも見られます。


松島海岸駅 松島海岸の駅は、春休みということもあり観光客で賑わっていました。
 ここから約50人乗りのバスに乗車しますが、車内は補助席こそ使わないものの、満席です。そして駅とは異なり、会話もなくしんと静まっています。
 段々と景色が代わり、その静まる意味が理解できる光景が現れます。

 一寸先は闇、という言葉がありますがある線を境に運命を分けるような境界線を見ることが出来るのです。


野蒜駅前 JR野蒜駅もそのひとつです。ここと隣の東名駅はJR東日本により移転が決まっています。駅周辺は一階天井まで津波が押し寄せた後が残っていました。


(野蒜地区の様子はこちらのアルバムで)


がんばろうの空き缶 重機だけが動く荒涼とした場所を歩いていると、何となく不思議な感覚がします。津波で全てを失った土地ににつかないものが何となく気になるのです。
 それが、この空き缶です。「がんばろう・・・」と書かれているのです。つまり、震災の後で意図的に捨てられているのです。駅から歩いていて何となく違和感を感じていたものは、きれいな空き缶が道ばたに捨てられているのです。

 震災がれきの話題をテレビや新聞のニュースで見聞きして、現実を知りたいと思っていました。しかし、目に入ったのは山積みされた震災がれきではなく、震災の後に無造作に捨てられる無数の「空き缶」なのです。

人事を尽くして天命を待つ

という言葉があります。ちょうど、今回の旅に出る前に東京でのセミナーでも取り上げられた言葉でした。NHKの番組プロジェクトXで、初期の頃に取り上げられた「襟裳岬に春を呼ぶ」とイメージが重なる光景に感じるのです。

 この震災を地球からのメッセージと考えるなら、これまで地球を汚し続けてきた生活そのものを見直さなければ、この地域を再生することが出来ないのではないでしょうか。
 しかし、現実には地域を美しく取り戻そうと言うよりも、以前と変わらぬ人間の傲慢な生活スタイルが続いているのです。

 宮城県の人が必死になってふるさとをもとの美しい町にしようと、団結しているのであれば、九州でがれき処分の支援を表明することに、反対し続けることもないでしょう。
 しかし、現実にはその段階ではありません。
 地元の人がみんなでふるさとを取り戻そうと必死になったときにはじめて、私たちもそこへ支援することを考えなければならないのではないかと感じました。

仙石線のタブレット さて、矢本から石巻へはディーゼルの列車がタブレットを持って走っています。




石巻市1 石巻駅のひとつ手前の駅で下車して市内を歩いてみました。
 以前の生活がどうなのか分かりませんが、建物の復旧も少しずつ進んでいる感じがします。



石巻市2石巻市3






今回の旅で、東日本大震災の被災経験値への支援のあり方、報道に流されるのではなく、ここのネットワークできちんとした情報を整理し、実行していく必要があると感じました。