飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

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2014年05月

五十鈴川で禊ぎを体験しました

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今年2回目の伊勢神宮訪問最終日。

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早朝5時の赤福本店前。お店の前には人影がありません。

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普段は目にすることのない景色を見ることができました。

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いよいよ五十鈴川での禊ぎが始まります。

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前日の二見浦に比べて日差しがない分、寒く感じます。

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禊ぎを終えて宿へ戻る途中、まもなく6時になる頃に山影からお日様を見ることができました。やっぱり暖かいです。

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ちょっと怪しげな組み合わせ?

このあと朝食を終えて、内宮の正式参拝と神楽奉納を終えて、今回のツアーは終わりを迎えました。

二見浦で禊ぎして伊勢神宮を参拝

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二見浦の朝

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ホテルを5時に出発しましたので、日の出時刻は過ぎてしまいました。

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二見興玉神社でお祓いを受けます。

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いよいよ人生初の禊ぎを、ここ二見浦の浜で体験します。
水はやっぱり冷たいですが、5月の晴れた天気ですから海から浜に上がると暖かかったです。

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外宮参拝

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午後は伊勢125社巡り。松阪市にある神服織機殿(かんはとりはたどの)神社と同社内末社8社です。

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ちゃんと準備していないとどこに神様がいらっしゃるのか間違ってしまいます。

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続いて神麻続機殿(かんおみはたどの)神社と同社内末社8社です。

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竹田先生が事前にチェックされています。

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参加者の皆さんへご案内。

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末社8社の内の4社。
こういう場所は、やはり案内して下さる方がいらっしゃると心強いです。

この後、宿舎に戻って2時間ほど講義を受けて、懇親会が開催されました。

翌日の禊ぎに影響しない程度に・・・。

竹田研究会の伊勢神宮ツアーに

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2012年12月から日本の歴史・神話について勉強させていただいてる竹田研究会。その竹田研究会で二見浦と五十鈴川で禊ぎをして、伊勢神宮をお参りするツアーが実施されるということで、今回5月23日から25日まで今年2回目の伊勢を訪れることになりました。

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ツアーでは新大阪からバスが組まれていますが、10時45分の集合に間に合うためには6時前の電車に乗らなければなりません。そこで今回も新幹線と近鉄特急を乗り継いで、現地にて合流するコースを選びました。

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伊勢市駅で下車して外宮方面へ。
でも、この日は外宮参拝は行いません。

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いつも立ち寄る食堂は変わらぬ景色。
しかし、この参道は来るたびに景色が変わっています。

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外宮前の赤福のお店。近鉄の「伊勢神宮参拝きっぷ」についている赤福をいただくために立ち寄りました。

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通常290円のセットです。

腹ごしらえを終えて、第2集合場所の徴古館へと向かいます。

この日は徴古館の見学、夕食、禊ぎの仕方についての研修と予定が組まれています。

イオンの早朝オペレーション

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「食卓縁起」という言葉があります。
皆さんは食卓に上るサンマ一匹をいただくのにどれだけの人の手がかけられているか考えたことがありますか?

家庭で調理してくれる奥さん・お母さん
お店で売ってくれる店員さん、裁いてくれる人
お店に運んでくれるトラックの運転手さん
市場の競り子さん・・・・
沖でとってくる漁師さん

さらには、調理するためには焼くための網を作る人たち、煮るための鍋を作る人、調味料をつくる人たち。
運ぶための車を作る人たち、燃料を運ぶ人たち
などなど
一匹のサンマをいただくためには、数え切れないほど多くの人たちの手がかけられています。

サンマという命をいただくことのほかに、これらの人たちに感謝をする上でも、食事の前に
「いただきます」
という言葉を使うことが大切なのです。

さて、そんな食卓縁起を学んで、その一端で働く人たちの気持ちを学んでみることと、毎月1回東京で学ぶために交通費を稼ぐために、昨年2月19日から今月20日まで佐賀市大和町のイオンショッピングセンター佐賀大和店で「早朝オペレーション」という仕事を行っていました。朝5時半から9時半までの仕事です。開店前にその日に入荷するお魚やお肉、牛乳などの陳列や品薄になったグロッサリーを仕分け・陳列する仕事です。
これまでは何も考えずに食べていた食事も、こうしたところで働いてみることで、それぞれの人たちがもつ、いろんな念いが見えてきます。

わずか15ヶ月でしたが、貴重な体験をさせていただきました。

吉野ヶ里メガソーラーから課題を考える

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5月18日の神野公園です。
ここで意外な活動家の方とお会いしました。吉野ヶ里メガソーラー反対する団体で活動される太田記代子さまです。6月13日(金)10時半から佐賀地方裁判所で判決が出されるということで、その席に足を運んで欲しいと訴えられていました。

私はメガソーラーそのものに反対です。家庭用の太陽光発電システムや企業が工場の屋根に設置するものとは訳が異なります。これらの施設は元々環境意識が高い人たちによってお金の損得にかかわらず地球環境への啓発活動の一つとして普及してきたものです。

しかし、2011年の震災以降につくり出された自然エネルギーの普及に対する取組。その中でもメガソーラーは原発反対の活動に背中を押される形で、一見地球環境に優しいと思わせる仕組みの下、制度化されましたが、その実態は人間の欲望の象徴的姿を見せています。

メガソーラーは地主やお金持ちの所に、全ての国民から電力を使用する量に応じてお金を徴収して配る仕組みです。しかも、自宅や企業にソーラーシステムを設置している人が、自らの施設で発電したものを使用する場合には、その費用を負担することはありません。お金を持つ人が労働を伴わずにお金を稼ぐ仕組みが法律によってつくられているのです。

しかも、設置する場所は日本の国土です。重量ベースで3割しか自給できない日本の食料を生産する場所や温暖化を防ぐための森林・自然が溢れる場所を石やコンクリートで固めてパネルを設置しているのです。

すでに、メガソーラーとして設置されている場所の中には、手入れが十分に行き届いているとは言えない場所もあります。
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ここに生えている草は人手によって除草されるのでしょうか?

おそらく除草剤がまかれると考えます。その行為は周辺の農業環境に決して良い影響を与えるものではありません。
農産物の価格が低迷し耕作放棄地が増えることや山林の荒れ地を見るとそこにも問題はあります。

しかし、メガソーラーの設置は問題を先延ばしするのみであり、少子化が進む将来にこの施設をどう維持または廃棄するかを考えた時に、地域の重荷になることは間違いありません。

同じソーラー発電でも屋根に取り付ける住宅用太陽光発電とメガソーラーは別物なのです。住宅用太陽光発電はその場所に需要地があります。メガソーラーはそうとは限りません。吉野ヶ里メガソーラーに限らず、多くの人たちがこの問題に関心を寄せ、メガソーラーの普及にブレーキをかける必要があると考えています。

勝厳寺大學で波動を学ぶ

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 5月17日の勝厳寺大學。講義の途中で怪しげな宅配がとどきました。
でも、学んでいることは真面目です。

今回の講義後半には、東京から株式会社ライフフィールド総合研究所の藤森数彦さんに来ていただき、波動(科学では解らない物理学の世界)を学ばせていただきました。波動そのものはブラックボックスに感じましたが、すごく納得のいくお話でした。

今回の講義でも牛乳を飲むことは日本人の健康に良くないというお話が出てきました。
全く違う内容を専門とする方3名から同じような内容を聞かされますと、やはり日本人の食生活を考えなければならないと感じます。

日本人にとって良い食べ物と西洋人にとって良い食べ物は違うようです。

東京で食べる食べ物が佐賀の人に良いものとは限らないのです。
東京では1日に約6000万食を準備しなければなりません。
自然の中で食べ物を調達できる佐賀県とは異なるのです。

地産地消という言葉がありますが、その言葉の意味を正しく理解することは簡単ではなさそうです。

将棋とチェスに見る洋の文化

先日、武雄市の旅館東陽館で将棋の名人戦が開催されていました。

小学生の頃にはよく、将棋を指したものですが受験勉強が始まる中学後半からは全くやらなくなって、全く勝負にならなくなっています。

さて、そんな将棋ですが西洋のチェスと対比することで、それぞれの文化、宗教観を見ることが出来るのではないかと感じます。

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日本の将棋は「王将」をとられると負けですが、途中で相手に奪われたコマは相手の戦力として再生されます。
死んで無くなることはありません。
魂の輪廻転生が信じられる東洋思想の表れではないでしょうか。

王様がとられるまで、他のコマは奪われるたびに何度も双方のものとして生き返ります。

七生報国の言葉にもあるように、国が滅びなければ何度でも生まれ変わって王(主君)のために尽くす思想が現れているようです。


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一方のチェスでは、奪われたコマは再び舞台に登ることはありません。

死んだら終わり、という思想の表れのように感じます。

それぞれの思想に死生観がありますが、東洋思想を持つ日本人が「死んだら終わり」と考えることに、疑問を抱いてもいい時期ではないかと感じています。

喫茶アメリカンでモーニング

新しいクラスに招かれて月一回の東京に来ています。
宿泊は日本橋茅場町です。せっかく東京に通うのだからということで、佐賀県出身の方が経営するお店で食事ができればと思い、ネットでリストを手に入れました。
その中で朝から営業されているお店、喫茶アメリカンへ行ってみました。

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ホテルを出て新大橋通りを東へ、入り船一丁目交差点を右折します。

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新金橋交差点を左折します。
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通りを進みロータリーを道なりに過ぎます。
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三吉橋を超えてセブンイレブンの先から左に入ります。
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ホテルから歩いて20分ほど、裏通りにあるこちらのお店ですが歩いてきて正解でした。

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店内には佐賀県のコレクションが沢山あります。
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有田焼のカップも

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9時までというモーニングがこちら。
サラダのボリュームがすごいです。トーストも普通のパンの2倍くらいある厚切りサイズ。
これをいただいたら夕方までお腹がいっぱいでした。
これで600円は驚きです。

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築地の場外市場を散策して、一旦ホテルに戻ってチェックアウト。今度は歌舞伎座へ。1幕80分ほどですが、1300円で勧進帳を楽しむことができました。
写真は歌舞伎座の屋上にある緑地です。

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続いて明治神宮へ。
東京の環境はここが支えているのだ、と思うくらい都心とは思えないオアシスが広がります。

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そういえば表参道にも素敵な欅並木がありますが、求心力のある街はしっかりした広葉樹が支えているように感じます。


吉野ヶ里町のオスカーでランチ

5月3日は憲法記念日
最近追いかけをしています竹田恒泰先生の講演「未来に希望を託すことのできる憲法」を聞くために家族そろって鳥栖市民文化会館へ出掛けました。
今回のフォーラムを主催する団体である日本青年会議所さんは、憲法を根本的にあらためるべきとのご意見をもたれていますが、憲法学者である竹田先生は現行憲法をきちんと検討して、まず変えてはいけない部分を抑えた上で、必要なところは改憲しなければならないということを常にお話しになっており、私もその意見に賛同できることから先生の講演が近くで開催される時には足を運ぶように努めています。

先生曰く、日本国憲法は決してマッカーサーの押しつけによって制定されたものではない、憲法第1条、第2条、第13条など日本人が守らなければならないところがいくつもあることをあげられます。
憲法とは、国内外問わず、ほぼ全てのケースで法的違法の下で出来上がるものであり、日本国憲法のみがその例外ではないことと、憲法制定に当たっては枢密院、衆議院、貴族院においてそれぞれ審議され、その議事録は4000ページにも及び、これら議会によって決定されたことをアメリカ側は修正を要求しなかったことから、現行憲法はアメリカの押しつけとばかりは言えないことを紹介されています。

そんな憲法のお話を学んだ後はお昼ご飯を食べに行きます。晴天に恵まれていますので東脊振トンネルを抜けて、旧東脊振村の小河内地区を訪れました。ここは福岡県の五ヶ山ダムとして工事が進められています。
数年後には水没する地域を眺めながら食事ができるレストランOscarへ足を伸ばしました。
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吉野ヶ里町にあるのに五ヶ山豆腐など那珂川町の地名を名乗るところに納得いきませんが、山間部のとても自然豊かな場所にあります。数年後はダム湖が広がることになるでしょう。

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とても野菜が美味しいレストランです。
もちろん、メインディッシュも美味しいのですが、ちょっと待ち時間が長いことに課題があります。ディナータイムならともかく、ランチで1時間かかると余裕がある時しか食べられないです。

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山の中にはシャカの花が綺麗に咲いていました。

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こんなお花も

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移設工事のため残りの命を精一杯生きる3本松。
ご神木を切ること、動かすことには心が痛みます。

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韓国は親分選びに長けている

昨日は福岡市の護国神社で福岡竹田研究会が開催されました。

4ヶ月ぶりの開催で会場は400名の満員札止め。

簡単に古事記を読んだ後の今月のテーマは、教科書では学ぶことの出来ない歴史の事実がいろいろ学ぶことが出来ます。

今月のテーマは前々回に続いて「韓国」。

実は韓国の歴史は戦争の歴史でもあるのですね。

日本はこの2000年間に外国から攻めてこられたのは5回だけだそうです。
これは元寇の時に2回、明治維新前後に2回、そして先の対米戦争です。

一方、韓国では2000年間に約1000回も外国から攻められていたそうです。
単純計算すると2年に一度外国から攻められる訳ですから、お城の城壁などつくる余裕がありません。
日本の茶道のような文化・芸術を楽しむ余裕もないのです。

そんな経験から、自らを守るために誰についた方が良いのか親分を見分ける力が鍛えられたと紹介されました。
そこで、日清日露の戦争の後に、韓国は親分の見切りを行い、日本からの併合を望んだそうです。

ここで「併合」とは「植民地」とも異なります。
植民地の場合、そこで得られた富は本国へ流れていきます。
植民地に住む人は現地人のままです。
ベトナムがフランスの植民地になって現地の人がフランス人になることはありません。
インドネシアがオランダの植民地になって現地の人がオランダ人になることもありません。
マレーシアがイギリスの植民地になって現地の人がイギリス人になることもありません。

一方で併合の場合、併合された土地の人たちは併合した国の国民になるのです。
1910年、韓国は日本に「併合される道」を選びました。
併合された韓国の人たちは日本人になることが出来たのです。
併合した韓国のインフラを整備するために日本政府は日本から資本を投入したのです。

韓国は弱体化する「清」という王朝に見切りを付け、ロシアの植民地になることを恐れて日本に併合される道を選んだのです。教科書では決して教えません。


今、韓国をみると新しい親分選びが始まっているのではと推測することが出来ます。

弱体化するアメリカに見切りを付け、新しい親分につくことを考えているのではないかと。

韓国に見切りを付けられた親分は悲惨です。

手のひらを返したように非難され、侮辱されます。

韓国の前の親分は「日本」でした。韓国のためだと思い献身的に働いていた日本人先輩達の行為を、まるで恩を仇で返すかのように振る舞う人たちがいます。
しかし、まもなくして韓国の親分が変わるとどうなるでしょう。韓国の歴史は前の親分(この場合はアメリカ)を手のひらを返したように避難・侮辱することになるでしょう。

今回参加した竹田研究会では、韓国の長い歴史から学ぶと、親分の交代を待つことで日韓関係は新しい時代を迎えることが出来るということを学びました。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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