飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

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2014年11月

記者会見を終えました

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 佐賀県や福岡県にお住まいの方は新聞やテレビで
ご覧になっていただいた方もいらっしゃると存じます。

 27日木曜日の午後、佐賀県庁記者クラブにて記者会見を開いてきました。
当初計画していたのは12月19日。
想定外の出来事に、作戦は全て飛んでしまいました。
 しかし、新しく支援して下さる方も。素人戦に近い形を想定していましたが、
本当に有り難いです。

 学び、成長しながらの挑戦。楽しみです。

「損得」の判断から「善悪」の判断へ

有権者は、候補者の公約を読んだ時に
自分にとって
「その候補者に投票すると、どんなメリットがあるか」
を考えるそうです。

確かにその通りだと感じます。

ただ、時代は損得の判断ではなく
「善悪の判断」
が求められています。

そのことを有権者に伝えること

一番のテーマです。

松尾山光勝寺の御神輿から考える

 今日11月12日は、小城市にある松尾山光勝寺で日蓮上人の月遅れ命日のお祭りがあります。我が家の菩提寺・勝厳寺からは毎年、御神輿に於曼荼羅を乗せて参詣しておりますので、今年もその行列にてお参りする予定でいます。

 ただ近年、御神輿の担ぎ手がいなくなりつつあります。世間で話題になる限界集落とは少し異なります。勝厳寺のある江利部落は、私が中学校に通っていた30年前は80戸程度の集落でした。今では150戸を超えています。これには、アパートの入居者を含みますが、それを除いても100戸はあります。

 問題の一つは宗教行事と言うことで、住民の皆さんの協力を得られていないことにあります。憲法が定めた権利ですからそれを議論するつもりはありません。ただ、少子化対策を行えば地域のコミュニティーを維持できるものではありません。現在は行政から支給されるお金によって継続されているイベントもあります。しかし、財政に行き詰まり感がある未来に向けて、外から支給されるお金を頼りにしたイベントを頼りにしていては、地域はバラバラになるでしょう。

 そして、もう一つの問題は、若い人に御神輿を担ぐ力がないのです。食の問題、生活習慣、健康の問題など様々な要因が考えられますが、60代のおじさん達よりも20代の若者の方が、御神輿を担ぐパワーがないのです。人数が集まっても御神輿を担いで上ることができない現実。今夜はどういうことになるのか私も気がかりです。

 こうした現実は、地域の問題や少子化の問題と片付けられがちですが、国家の平安を考える上で非常に憂うべきことです。数合わせの地域対策、少子化対策ではなく、目指す社会のビジョンを示し対応策を提案していくことが重要になると考えます。

日本一求心力のある町・銀座

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 東京で学ぶといろんな方との縁が生まれます。この日は、先生のお話に
「あっという間に夢が叶って、代官山にお城を建てた」
という先輩塾生のお嬢さんが銀座に、イタリアのnananというベビーワールドブランドをこの度、日本で初めて路面店としてオープンされるということで足を運びました。

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 アイテムの愛らしさに加え、肌触りの優しさ、EU基準よりはるかに厳しい安全性をもって素材選び・製造・商品管理がなされているということで、これから、いろんなメディアでも注目されるのではと思います。

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 そんな銀座のオープンイベントでは、おもてなしにもビックリです。2人のボーイさんがウェルカムドリンクを持ってきて下さいます。そしてオードブルも。

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 商品を見ながらオーナーや店員さんと歓談する一方、おもてなしにも、しっかりと気遣われています。
 こうした細やかな心配りが、日本一の文化を支えているのでしょうね。

 お土産までいただいて恐縮です。

東京で青い目の人形に出会う

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 東京へ来て浅草橋に宿泊しています。昨日は宿舎の関係上10時から16時まで外に出なければいけませんので、スカイツリーまで歩いてみることに。

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 歩いているとガイドブックに載っていない町や施設に出会います。素敵な煉瓦造りの建物。そこは都立横網町公園にある、関東大震災に関する資料館です。
 震災当時に描かれた絵画や焼けた家財道具などいろいろ見ることが出来、とても良い学びになります。

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 ちなみに、当時の東京市(現在13区)の人口密度は、現在の23区の人口密度の2倍も高かったそうです。小さな木造住宅が密集して、そこに大家族が住んでいたからでしょうか。ちょっと意外でした。
 震災、防災を考える施設は、意外と身近なところに有るのかもしれません。

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 結局、寄り道しながら歩いたので、スカイツリーまで2時間半ほどかかりました。

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 スカイツリーでは千葉工業大学の展示ブースが有り、福島原発の事故処理で活躍するロボットを見ることが出来ました。
 ほかにも、3Dプロジェクターの紹介など、最新アイテムの紹介など時間を思わず浪費してしまいます。

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 ついつい食事が遅くなってしまいました。

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 浅草から上野・アメ横へ行って食事しようと考えていたルートを断念します。もちろん、美術館へも行くことは出来ません。

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 ところが、この判断がとても素敵な出会いをもたらしました。地下鉄で浅草橋駅へ戻り、宿へ入れる16時まで1時間ほど時間つぶしを考えていたところ、三井住友銀行への途中に、吉徳という人形店がありました。

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 何気に入ったお店の4階で、特に大きくPRされるわけでもなく、2つの人形は飾られていました。戦前、日米関係が悪化する中、子供達の力で両国の友好を、と願って交換された「青い目の人形」と「答礼人形」です。

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答礼人形は58体。そのうち洪水で流された一体を除くと、今でも大切に管理されているそうです。

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一方、青い目の人形は「敵国のもの」という理由で壊されていったそうです。

 神様は、人形に八つ当たりをする民族に味方することは有りませんでした。

 ここに展示されている青い目の人形は、三重県伊勢市の小学校に送られたもので、付属する幼稚園の保母さんによって守られ、近年、吉徳さんに寄贈されたものだそうです。

 日本の歩んだ歴史を振り返る、語られることの少ない一コマを学ぶ、良い機会でした。

 なお、青い目の人形・答礼人形の展示は今月いっぱい行われているそうです。

諫早湾干拓事業の推進派最前線へ

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諫早湾干拓へ出掛けてきました。
堤防の向こうが新しい干拓地です。

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堤防の手前は稲作も行われています。

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堤防の向こうは畑作地帯。大きな農業法人を設立して野菜の栽培が行われているようです。

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まるで北海道を思わせる景色。

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人間が作った景色とは思えない雰囲気が漂っています。

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駐車場に車を止めて堤防を越えていきます。

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散策路が整備され、展望台が設けられています。

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葦が生い茂ったこの景色。

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20年前に行ったサロベツ原野を思い出します。

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開門賛成と反対で対立する諫早湾事業。海側から見る景色と陸側から見る景色がこうも違うのかと考えさせられます。

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ところで、干拓の里など資料館があるにもかかわらず、「関係者以外立ち入り禁止」の看板が掲げられています。見せない施設を作りたかったのでしょうか?

環境破壊を食い止めるためにも、正確な情報が公開されることが望まれます。




長崎がんばらんば大会2014に

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第14回全国障害者スポーツ大会 長崎がんばらんば大会2014に足を運んできました。大会にはかつて住宅プロデューサーとしての経験を学ばせていただいた馬渕裕嘉志さんが出場なさると言うことで応援(会い)に駆けつけたのです。

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投擲競技

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いろんなカテゴリーが有り、飛距離も違います。

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立ち幅跳び。他の競技と並行して実施されているので、意識しないと忘れてしまいそうです。

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そして50m走。足に軽い障がいがある人、車いすの人、目が見えない人などに分類され、さらに同時に出発する人の中にも年齢や障がいのレベルの違いで分けられているので、ぱっと見ているだけでは順位が分かりません。
でも、競技する選手にとっては順位以上に参加できることへの喜びが大きいのかもしれません。
目の見えない人が50mを走る様は特に感動しました。

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国体が開催された同じ会場で競技できることが素晴らしいです。ボランティアや役員の負担を考えれば、国体と同じ時期に開催することよりも現在のやり方がずっとメリットはあるでしょう。場合によっては、国体の前に行うことも一つの方法だと思います。

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競技場の美しさにも驚きました。これほどの施設を佐賀に新設する必要があるのかな〜、とも。2022年の国体。佐賀県が単独開催する意味とその負担を考えなければならないと感じます。

白石町にある稲佐神社を訪ねに

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白石町にある稲佐神社へ宮司の笠原さんをを訪ねに出掛けました。麓にある駐車場に自動車を止めて石畳を歩きます。

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案内によると、
「平安時代になり、神仏習合(日本古来の「神」と外来の「仏」が融合)の思想が広まると、稲佐大明神をまつる稲佐神社の参道両側に真言寺十六坊が建立され、この一帯を「稲佐山泰平寺」と呼ぶようになりました」
とのことです。

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石の階段は、歩きにくく雨が降ってきて滑りやすく感じました。それでも、せっかくの機会ですから歩いて神社を目指します。

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神社の入口に立つと、見慣れた石段積みの階段に代わりました。

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そして境内へ。
思っていた以上に立派な社殿や社務所が有り、旧・有明町を中心とする皆さんが氏子として崇敬し、支えて下さっているとのことでした。

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この日は小雨のため、視界があまりよくありませんでしたが、晴れの日には白石平野から有明海を望む、とても素晴らしい場所だと感じました。

県内の見所、まだまだ知らないところが多いです。
先週縫の池に来ていた私に、お声掛けいただいた宮司の笠原さんに感謝です。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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