飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
平成28年産は完売しました。平成29年産の受付は8月を予定しています。

ラジオ体操会を開催します。
6月7日(水)〜10月4日(水)の月曜・水曜日(8月14日はお休みです)
時間は 6:25〜6:45  会場は、主に小城市三日月町樋口地区
 「6月 7日は現在未定」です。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月12日(月)〜10月2日(月)の月曜日
ただし、7月17日、7月31日、8月14日はお休みです。
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 15:20〜16:50(人類の至宝インド哲學、眞理學入門)
 19:20〜20:50(ボーダレスな社会・定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当 (但し後援会会員は2回まで無料)
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

2015年04月

ホーチミンで日本精神を学ぶ

027 今日4月30日はベトナムの戦勝記念日。1975年4月30日に旧ベトナム共和国の首都サイゴン(現ホーチミン)が陥落し、ベトナム戦争が終結したことを記念する祝日だそうです。
(当時のベトナム共和国の大統領府であった統一宮(Dinh Doc Lap、現在の統一会堂)に北ベトナム軍が突入した日が4月30日です。)
 そんなことなど知らずに、4月25日から29日までの5日間をベトナムで過ごしてきました。ホーチミンに3泊と150kmほど離れた都市・Can Thoに1泊してきました。
 日本にいながらイメージしていたベトナムと現地の様子は、全く異なっていてビックリしました。戦争証跡博物館では当時の情報の他、枯れ葉剤による影響の写真を見ることが出来ました。しかし、ホーチミンの街を歩いてもそんな影響を感じさせることは全くありません。みんな、明るく楽しそうです。生き生きと生活しています。一方で、枯れ葉剤の写真を見ると私たちの食生活が同じ農薬を使用する現状を継続して良いのかを考えるきっかけにもなります。

097 今回のベトナムツアーは、ビジネス視察が目的です。現地の様子を知り、現地で事業をなさる日本人の方々からお話を伺うことが目的でした。
 ツアー3日目の午後は事業所へ直接足を運びました。まずは現地で会計事務所を営む方のオフィスです。KT会計事務所・社長の大塩さんは、シンガポールで知り合ったベトナム人女性と結婚した後、ベトナムに移って生活を始め現在は会計事務所を営まれていました。
 日本を離れたのが1980年代ということで、日本のバブル時代を経験することなく、古き良き日本のビジネス習慣を現地に広め、多くの日系企業から支持を集めていらっしゃいました。
 ロバート・ケネディの演説を用いて、国力や企業の評価は
「ひと もの かね 情報」
である。しかし、会計指標の問題は人の価値が数字に上らないことだ、
と強く語られていました。企業の価値が人であると同時に、幸せの価値はお金では評価できないことを、実感させられる出会いでした。

166 続いて訪問したのが、日本語教育を行い、生徒達を日本企業へと人財派遣を行う(株)ジェイ・プラネットさんの学校を訪問しました。
 社長の吉野さんはベトナムで生まれ医者になるためにフランス留学の後、日本で研修医として働いたそうです。その後、エンジニアなどとして活躍の後、日本国籍を取得、現在はご自身と同じように日本で働くベトナム人をサポートできるようにと、教育機関を立ち上げられています。

136-2 お話を伺っていると私たち日本人が失った勤労精神をきちんと受け継ぎ、ベトナム人の育成に励まれていることがよく分かりました。
 研修生として安価な労働者として期待している業界がありますが、こうしたお話を伺うと、日本人として恥ずかしくなってしまいます。ベトナムの人たちは本当に日本人が大好きです。
 大好きな日本に行きたい、そんな思いで一生懸命勉強している彼らを、現地の様子を知らずに安価な労働者として期待すべきではありません。
 ベトナムには「介護」という概念がまだありません。彼らがその仕事をになうことは困難でしょう。不足するトラックの運転手として期待する声を耳にしたことがあります。しかし、運転スタイルは日本と全く異なります。彼らが日本で学ぶべきビジネスは、そこではないと感じました。

吉野さんは学生達に顧客第一主義のビジネスを教え込みます。
「あなたのお給料、誰が払っていますか?」

社長じゃないですよ。会社じゃないですよ。お客様です。

100年を超える寿命を持つ日本企業が伝える精神を、しっかりとベトナム人にも伝えて下さっています。改めて学ばなければならないのは私たち日本であることを痛感させられました。

143 生徒達は全員、寮で共同生活をおくっているそうです。日本へ行った時に、身の回りのことで困らないように、料理・洗濯・掃除などしっかりと日本の習慣を身につけるための仕組みです。訪問した日の翌日からは、ベトナムでも大型連休が始まるということで、夕方から帰省する学生も多く見られました。吉野さんと生徒達の交流、ご自身の経験をしっかりと伝えて、日本で活躍できるように願う姿勢がとても印象的でした。

 日本とベトナムとの関係、これは日本の発展のためにも私たち日本人一人ひとりが、彼らと対等な意識で接していかなければならないと痛感させられました。

戦争証跡博物館とベンタイン市場へ

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 ホテルの朝食はバイキングです。朝は5時半からやってました。
パン食、和食と共に現地の食事も選べ充実していました。こんなネタのお寿司もあります。


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 さて、4月27日午前は市内観光です。まずは戦争証跡博物館へ向かいます。タクシーの窓から見えるこんなお店、昔、日本でよく見かけた町の雑貨屋さんみたいです。


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 ベトナムでは朝が早い一方で、お昼休みが長いのも特徴だとか。
 ここ戦争証跡博物館では、午前7時半にオープンした後、お昼12時に一旦閉まり、13時半から17時まで再び開館するそうです。図書館や博物館といった施設でお昼休みがあるというのは、日本では考えられませんが。


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 ベトナム戦争時代の風刺報道。ちょっと日本の偏った思想が目に付きます。


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 屋外の展示物は臨場感があります。平日の午前にかかわらず、若い人たちの見学者が多いのも印象的です。

 続いてベンタイン市場へ移動します。
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 初日は前を通るだけでしたが、この日は中も見学します。


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 車を降りて気になるのがこれ。ベトナムの人たちは掃除や片付けが苦手なようで・・・。


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 でも、市場の周辺は活気が溢れています(市内どこでも活気があるのですが)。


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 市場の広さにも圧倒されます。同じような物を売ってるお店が次々にあって・・・。どこで買うか迷っているうちにとおりすぎてしまいました。


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 中には食堂もあります。お昼まではまだ時間があるので人影はまばらです。


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 色んなものを売っています。


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 民族衣装のアオザイが目を引きます。


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 一方で、Tシャツも沢山売っていますが、日本円に換算すると1,000円以上するので、これは高いと感じました。
 市場でのショッピングは団体行動では難しそうです。改めてチャンスを伺うことにします。

いつもと違うホーチミンの街

003 4月26日(日)、ホーチミンの朝はいつもと少し違うようです。日曜日だからというわけではありません。
 ホテルの前には警察官の姿が。
 この日は、4月30日に行われる戦勝記念イベントのリハーサルということで、道路は車両規制がかけられています。いつもはバイクで賑わう道路も閑散と。


004 タクシーも潜入できません。10時に待ち合わせをしていたガイドさんも、交通規制で中心部への規制で足止めされたようです。
30分くらい遅れての到着。





005 タクシーで市内観光の予定でしたが、12時まで交通規制がひかれており、自家用車はもちろん、バス・バイク・タクシーも中心部を走ることが出来ません。
 想定外の徒歩で市内観光です。
 日差しは強いものの、そんなに遠くへ行くわけではありませんでした。



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045 日差しの強い中を歩きましたのでカフェで休憩です。意外とおしゃれな空間でビックリしました。







051 ココナッツジュース。
果肉も内側から削って食べることが出来ます。
汁のように美味しくはありません。







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 今度はタクシーで移動します。
 前の日も足を運んだような所へ来ました。 

057 日本企業との合弁で進企業地下鉄工事。当初計画では完成の時期を迎えていますが、2020年を目指して建設中。おそらく間に合わないとの予想でした。
 ベトナムはバスもあまり充実していないようです。都市交通としての鉄道もありません。
 当面、バイクや車による渋滞が激しくなるように感じます。



ベトナムの人と文化に触れる

081 朝食を終えて、サイゴン川沿いの道路を歩いてホテルまで戻りかけていました。
 なにやら、変な形の自転車に乗ったおじさんが声をかけてきます。
 どうやら、広い道路の向かいにあるサイゴン側を見せるために、道路横断の手伝いをしようというのです。
 これも、国際交流。行為は素直に受けます。

091 お礼にチップを払おうとするものの
「いらなーい」
と言って受け取りません。今度は自分の友達だ、と言う仲間を連れてきて、街を案内するからのりな、というのです。なんだか怪しい展開ですが、これも経験です。
 まぁ。高い旅費を払ってきたわけだし、午前から危ない経験もいいかと思って、鳥内さんと2人町中散策に連れ出されました。

097 面白い視点で町の様子を見ることが出来ます。
 働く人、くつろぐ人、様々です。道端で散髪する人たちがいるのも印象的でした。とにかく、街に活気があることと、ゴミを散らかすこと。
 運転するおじさん達は
「ひったくりに気をつけなさい。バッグ、それからスマホ。」
何度も注意されます。私たちのガイドからも、治安は良いがスマホを取られないように気をつけなさい、と情報をいただいてました。
 なんでも、中古のi-Phone が4万円くらいで売れるというから驚きです。大卒の月給が3万円の街で、若者をはじめ多くの人がスマホを手にしている不思議な街、ホーチミン。

104 しかし、良くこんな広い道路で、自動車とバイクそして自転車までが、車線を区別されることなく走れるものかと感心します。それでいて、事故現場を目撃することもないのですから。
 徒歩で15分ほどの道のりを変える予定が1時間弱。だいぶ遠回りをしました。ガイドさん達と10時にロビーで待ちあわせの予定です。

107 いよいよクライマックス。ある程度予想された自体が・・・。
 ホテルから少し離れた場所で下ろされて、料金表を見せられます。
 1500000ドン。
 桁が多くて勘違いしそうになります。
 明らかにぼったくりです。値引き交渉。
 平行線をたどります。
 納得しがたいところもありますが、日越友好と私の布施として、夜のラウンジ並に高いお金を払ってきました。

ベトナムではひったくりに気をつけろと教えてくれる人は、親切心ではなく自分がぼったくる稼ぎを取られないための商いの一部に過ぎない。

 後日談として、このぼったくりのおじさんとは、3日後に再び再会することになります。人口800万の都市ホーチミンなのに驚きました。

141 さて、ホテルに戻った私たちは、早入りメンバーとガイドさんとで、ホーチミンの本屋さんに案内してもらいます。
 ホーチミンでは本屋さんに入る時、カバンをロッカーに預けなければなりませんでした。いろいろお店の習慣も違いますね。
 写真はノート積んだモニュメント

 いろんな見せ方があります。


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 日本のアニメ、漫画はベトナムでも大人気のようです。

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 ドラえもんは定番商品といった感じです。

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 懐かしい。のび太の恐竜。日本で映画化されたのは35年前?
 ワクワクしてみたのを思い出しました。

145 漫画本に限らず、日本文化が世界中に広がっていることを改めて実感します。

ホーチミン市1区を散策する

039 日本人ガイドと別れた私。
今度は旅行の主催者である鳥内浩一さんと市内散策しながら朝食を食べに出掛けます。






040 世界中を旅される鳥内さん。社員からの情報を基に歩いて20分ほどのお店を目指します。
 ところが、i-Phone で案内される地図は路地裏へばかり進んで、いっこうに先へ進みそうにありません。
強制移動します。



041 ホーチミンの1区は日本人の多い町です。
飲食店にも日本語の名前が付いたお店を沢山見かけます。

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 市内の通りはすごく緑が充実しています。


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 バスも見かけますが、道路を走るのは大半がバイク。そしてタクシーです。
 自動車は高級車は見かける物の日本の5ナンバーに相当する小型車や軽自動車は見かけません。



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 街角ではいろんな日本語を目にします。
 和食

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 日本

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 和伊の介

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 で、目的のお店は、その先にある「NHU LUN」というお店でした。

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 ちょっと市場っぽい雰囲気のあるお店

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 バインミーがお薦めという情報でしたが、食べたのはハンバーガー
 マンゴージュースも美味しいです。

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 ベトナムの言葉が分からない2人旅。
 いろんなハプニングで楽しいです。

ベトナムへ一人で入国を試みる

008 ベトナム・ホーチミンに来ました。昨年3月のアメリカ合衆国サンフランシスコ・サクラメント、12月の香港に続いて3回目の海外旅行。過去2回は成田や羽田から参加者の皆さんと一緒だったので、ただ付いていくだけでOKでした。
 しかし今回は現地の空港を出たところまで迎えに来ていただけるものの福岡から羽田経由でホーチミン空港、そして入国審査まで一人でクリアしなければなりません。飛行機は日本航空とはいえハードルは高くなったようです。

 ま、不安がある時は余計なトラブルもあります。
001
 佐賀から福岡空港へ向かう高速バスは、都市高速で事故が2箇所で発生し渋滞にはまりました。

002
 福岡空港で食事をして乗り込むつもりだった、19時発の日本航空羽田行き。
時間に余裕がなくなったので弁当を買って機内へ。今度は、
「羽田空港上空の混雑のため、離陸時刻が19時35分頃になります」
と。

031 それでも、羽田の出発は午前1時過ぎですから余裕があります。飛行機は現地時間の5:15着なのでさすがに機内食などのサービスはないだろう、とおもって空港でお好み焼きを食べることに・・・。
 それ自体は美味しかったのですが、コンビニで買ったミネラルウォーターが身体に合わずに、出発時刻の1時間前ぐらいから、何度もトイレに駆け込むことに。

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 離陸した飛行機の中でも気分が優れません。

001 それなのに、ないと思っていた豪華な機内食が出てくるではありませんか!
 果物などは食べることが出来たものの、メインは無理。お隣の席の方に
「よろしければどうぞ」
と、お薦めすることになりました。

 さて、心配していた入国手続きですが、こうも簡単にクリアできるのか! と驚くほど簡単に(でも、結構待たされた)通過することが出来ました。なんといっても、通過するまでひと言も話さなくて良かったのですから。しかも、書類を書く必要もなく赤いパスポートの威力をまざまざと感じました。

 荷物を受け取って正面の両替所で1万円を両替。なんか分からんけど沢山もらえます。166万数千ドン。なんか、500ドンはないからサービスしとくと1000ドン紙幣をくれました。でも、為替を聞いてびっくりです。1円は175ドンほど。500ドンは4円くらい? 喜ぶほどでもなかったようです。

 002 さて、お迎えに来てくれたガイドさんと共にホテルへ向かいます。ベトナムではこの赤と緑のラインが目印(Vinasanタクシー)と緑の車体(マイリンタクシー)が優良会社と言うことで、それ以外はぼったくりに気をつけるようにアドバイスをいただきました。

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 ホテルまで20分ほど、800円弱で到着です。

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 とりあえず、ホテルに荷物を預けて、軽い朝食をいただきます。この時には飛行機の中まで続いた腹具合もすっかり回復しました。

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 朝食にはバインミーをいただきます。

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 飲み物はミルクたっぷり、ドロドロ感のあるベトナムコーヒー。

026 買うのは屋台でも、いただくのはホテルのロビーで。
 うん、うまい。
 ベトナムコーヒーは現地の人が路上で雑談しながら2時間くらいかけて飲めるようにドロドロになっているとか。
 日本人の感覚では、ちょっとの見にくいイメージがあります。

 早朝7時。ベトナムの人は活動が早いです。ここで一旦ガイドさんとお別れです。

南佐賀自動車学校で安全講習

 佐賀県知事選挙が終わって3ヶ月が過ぎました。この間に普通自動車運転免許の二種免許に挑戦していました。知事選挙を経験して感じたことの一つに佐賀県の奥深さを感じたことがあります。
 建材店として約15年活動する間、月平均3000kmの移動距離で県内を回っていました。佐賀市や神埼市が中心ですが、唐津市などへも足を運ぶことも多く、県内を広く知っているつもりでいました。
 しかし、今回の選挙戦で足を運んでみると、隅々と思っていたところのさらに奥に、まとまった集落があることに驚かされました。まだまだ佐賀県の知らないところが多いことに驚くと共に、その魅力を伝えることが出来ないかを考えるきっかけにもなりました。
 また、これと並行して私が学んだ伊勢、京都・奈良、出雲の神社仏閣の持つ意味を、多くの人々に伝えていかなければならないと言うことも自覚しています。その両方を実現するために将来、旅行会社をつくろうと考えました。その一歩として、お金をもらって人を自動車に乗せることが出来る二種免許を持つこと目指したのです。

001 直接、免許試験場で学科、実技の試験をクリアしたので、講習のみが残っていました。
 4月22日、23日の両日、南佐賀自動車学校にて「普通旅客車講習」と「応急救護処置講習2」を受講してきました。2日間の講習費用が26,400円というのは結構高いです。通常は3名そろって実施されるそうです(1人では実施しない)。講師の方の人件費を考えれば、致し方ない金額でもありますが・・・。
 それでも2日間、面白いお話も聞くことが出来ました。少子化で自動車免許の取得を目指す若者が減少する一方、経営を維持させてくれるのが講習の委託。特に高齢者講習は大きな支えになっているとのことです。現在こちらの自動車学校では年間2300人ほどの受講者がある高齢者講習。団塊世代が高齢者講習を受けるようになると、5000人規模になることも予想されています。3時間講習に9名ずつ。午前午後合せて18名ですから、フル回転の状況です。一方、受講料が30万円近くかかる普通免許の取得に、今の若い人たちはあまり熱心ではないようです。入校しても数回足を運んで来なくなる人も、よくあるとか。親が出してくれるお金とはいえ、考えものです。

003 さて、講習は午前中はシミュレーターを使った危険予知の講習が3時間、路上走行が1時間、ビデオなどの座学が2時間で行われました。
 午後は、応急介護の講習が3時間ずつ2日間行われました。私が自動車免許を取った頃にはなかった応急介護。今は3時間が必修になっているそうです。大型車や二種免許の取得者はさらに要求レベルが高くなると言うことで、座学と実技の両方をじっくりと指導されます。


007 普段経験のない人工呼吸や心臓マッサージなど、2時間にわたり実技指導を受け、日頃使わない筋肉もしっかりと使いました。
 2日間の講習を終え、後は試験場に書類を持って行けば免許取得完了です。

過去を変えられる幸せノート

001 意識を変えることで「未来を変えること」は誰にでも出来ることです。私が知事選に挑戦できたのも、意識を変えたからと言えるでしょう。そのプロセスには、幸せノートを毎日記入し、過去の行為を反省し、過去の出会いに感謝することから始めることで、夢という形の創造力が起動したのです。

 選挙が終わり3ヶ月が過ぎ、そろそろ新しいテーマに向けて活動の準備にかかりました。2年間通った東京での「眞理學」の講座も今月修了しましたので。

 そんな今週、信じられない出来事が起きました。25年前、就職活動する時に受験を断念した会社が契約社員の募集を行っているのです。募集枠は狭いものの、応募条件を満たしています。インターネットで、ある条件の仕事を探していたのですが、その企業については全く考えてもみませんでした。

 眞理學の先生が初級クラスの頃に、幸せノートなら「過去を変えられるよ」とおっしゃってました。

 これまでも、そんなことが起きるのかな?

と感じることはありましたが、今回の募集を目にしたことは、まさに過去を変える出来事のような衝撃です。

001 「出会いに一つの偶然はない」という言葉を信じて行動します。
 久しぶりの履歴書書き。
 職務経歴書など書いたことありません。2回、3回と書き直しました。

 思った以上に時間がかかります。


ジョブスの言葉

「もし明日死ぬとしたら、その仕事を続けますか?」

Yes と答えられる仕事。それに巡り会えることは、幸せなことです。

失敗したら総てを失う挑戦が出来ること。それも幸せなことです。

物事を「損得」ではなく、「善悪」で判断できるから、気づくことではないでしょうか。

「民」は目に矢が刺さって見えない

學問との出会い、そこでは日本人でありながら漢字の意味を知らなかった現実を学ばせてもらいました。


経済が発展する時に使う漢字「儲かる」

「儲」という字は、「信じる者」 「信」「者」と書きます。
人と人が信じることから商業の発展が始まるのです。
疑いの心や行政の政策から発展するものではありません。


「景気」という文字は、「京都」の「街を明るく照らす」という意味があります。


教育の「教」、学校の「学」と言う文字は略字で、
正式には「魁廖◆嶮棔廚箸いκ源です。

何も知らない子供が、両手を広げて「天」に教えを請うという意味です。
「爻(こう)」という部分を省略すると本来の意味が分からなくなるのです。


昨日は統一地方選挙の投票日でした。選挙の投票率が低いことが問題になっていますが、民主主義政治と呼ばれるときの漢字「民」は、目に矢が刺さって物事が見えない人という意味なのだそうです。正確な情報を知らずに、ただ踊らされているだけだと。
では、その反対の意味の漢字は?
大臣の「臣」という字だそうです。大きな目で人々を監視すると言う意味です。

正しい情報を得ることが出来ないのなら、正しい判断を行うことはできません。私たちは
正しい情報を得るために、自ら努力することが必要です。

一方、リーダーとしてトップに立つ人が、建前の民主主義を演じるように、人々の声を聞いて政治を行うことは、判断を誤りかねません。自らの保身ではなく、人々の暮らしをよくするために天の声を聞く努力が必要になります。

佐賀市や小城市は信仰心が不足している?

 4月10日(金)の夕方、佐嘉神社へ足を運びました。この日から3日間、春の大祭・日峯さんが開催されているので、その様子を見に行きました。昼過ぎまで降っていた雨は上がったものの、県会議員選挙の期間中の影響でしょうか? 境内の人はまばらです。お正月初詣の賑わいを考えると、ちょっと寂しい感じでした。
 地域の人たちが、地元のお寺や神社のお祭りに集うことができなければ、どんなに行政がまちづくりにお金をかけても、また人に賑わいを生み出すためにイベント・フェスティバルを開催しても、自立した賑わいを取り戻すことは難しいのではないかと感じます。

 小城市は四つの町が合併して誕生しました。その北の方2町、小城町と三日月町は元々日蓮宗の檀家さんが多い町です。町の中心部、市民病院の北側には日蓮宗の九州本山(九州では一番格の高いお寺らしい)松尾山光勝寺があります。日蓮上人の月遅れ命日である11月12日、13日には御神輿と提灯行列がお題目を唱えながら当寺を目指して進みます。かつては町内はもとより県内各地や福岡県から列車などで駆けつけていただき、小城町中が賑わったものです。
 今、市民の多くがそのイベントのことを知りません。注目されているのは数日後に始まる、清水の滝周辺で開催される竹灯りまつりです。竹灯りが注目されることは良いことです。しかし、信仰心を失い続けては町の繁栄もないのではと危惧します。
 地方都市が再生する過程には、様々なイベントが町の伝統からなる信仰心と共存できることが、必要ではないかと感じています。

繁栄を続ける町に息づく信仰心

 人口減少が叫ばれ、安倍政権の政策テーマの一つに地方創生が掲げられています。しかし、税金でつくられた町の魅力が長い期間繁栄を続けるのかは疑問があります。地方都市が魅力を放つためには神社やお寺など伝統文化とそこに住む人たちの信仰心があって生み出されるのではないでしょうか。

088 伊勢神宮内宮のお膝元に並ぶ「おはらいまち」。この町の繁栄は行政がつくったものではなく、日本人の信仰心と地元の人々が「お伊勢さん」と言って愛するところから生まれています。一角のおかげ横丁は赤福によって江戸時代の街並みを復元されたものです。
 1970年代後半に20万人まで減少した参拝客を、1000万人を超えるまでに引き上げ地域を活性化できる信仰心。行政の力ではできないことを示す事例だと感じます。

 2012年3月に出会った日本の學問。この二年間で月一回以上東京に通い、学びを深めてまいりました。そして、各地の神社仏像に学び商業と信仰心の深いつながりを知ることが出来ました。今回の伊勢ツアーは私にとっての修了を兼ねた修學旅行です。

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 開山から1200年を迎え、世界が注目する和歌山県・高野山。


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 数え7年に一度のご開帳が行われ、700万人が訪れるのではないかと言われる
長野県・善光寺。

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 そして、あまり知られていませんが東京三越の本店にも神社はあります。

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 三越銀座店の屋上にも。

074 先日訪れた伊勢神宮では正宮をお参りした後に、企業からお参りに見えられている団体さんに遭遇しました。3列程度に並んで歩く皆さんに道を譲っていたものの、それはまるで貨物列車が走る様。切れ間なく、5分以上続きます。さすがに待ちくたびれて列を割り込むように横切りましたが、繁栄する企業にとって信仰心は欠くことのできない大切なものです。

戦後失われた日本人の信仰心と古事記を読むこと。
使えるお金が少ない日本を再生するために必要な要素だと考えています。

パラオの動物園から学ぶ生命

 4月18日(土)15:50〜 ドゥイング三日月にて私の講演会を開催します。
講演会というと大げさですが、テーマを設けて日本の課題を共有する座談会のようなものです。
会場はドゥイング三日月の中研修室です。

 今回のテーマは「パラオの動物園から学ぶ生命」ということで、この度天皇陛下がご訪問なされたパラオの歴史を学び
・500年に及ぶ西洋人統治の時代は何があったのか
・1945年まで日本人が委任統治した25年間に何を行ったのか
・戦後50年間アメリカ合衆国はパラオで何を行ったのか
情報の共有を行います。

 その上で、パラオの歴史から日本を護るために学ぶべきことを議論したいと考えています。

 今回は参加費無料です。

お申し込みは、Facebookイベントから「参加」をクリックするか
右サイドバー「お問い合わせ」より
お名前
メールアドレス
本文に「講演会申込み」
とご記入の上、ご連絡ください。折り返しご案内いたします。

横須賀の田戸台分庁舎を訪ねる

008 平成26年4月7日、横須賀市にある田戸台分庁舎へ足を運びました。こちらの施設は、昨年3月に参加した海上自衛隊横須賀基地「艦艇」乗艦見学ツアーで訪れた、第二術科学校でOB自衛官の方から「夏と桜の季節に一般開放があるから」と薦められ、たまたま春の一般公開5日間が私の上京予定にリンクしたので足を運びました。
 週末見頃だった桜も雨で散ったせいでしょう。この日午前に施設を見学に訪れている方は数名でした。その分、中もゆっくり見学できました。

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 田戸台を後にして足を運ぶのは、横須賀市の重要観光ポイント・三笠公園。入場料は
600円ですが、すごくボリュームがあります。1時間くらいでも見学できるのですが、できることなら身軽な格好でゆっくり見学したいところです。施設のことは他の方が詳しく紹介されていると思いますので、私の記事はここまでで。

日本のへそ西脇市を訪ねる

036 伊勢神宮ツアーと東京での指導員クラス授業最終回までの合間に、以前から行きたかった西脇市を訪れることができました。愛知県から兵庫県へ移動する車中から見えるデッカいソーラーパネル。南草津と石山駅の間にあります。



044 さて、西脇駅は想像していた以上にローカルな駅です。佐賀で例えるなら・・・。
ちょっと比較が難しいですが、小城駅よりも寂れた印象があります。でも、街自体は小城よりも生きている感じがします。




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 地元の人お薦めの西脇大橋ラーメン。

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 縮れ麺であっさりしています。


049 ちょっと、西脇の市街地を散策します。市役所にほど近い場所、西脇は播州織で有名なところらしく、昭和の半ば頃までは九州からも女性達が職工として移り住んだそうです。





050 昔ながらの機械が今も現役として活躍する工場を見学することができました。







055 紙に穴が空いているのがデザインのパターンで、これを長くすればより大きな柄を織り上げることができるそうです。






058 いろんなデザインのものが商品化されています。








073 西脇市といえば「日本のへそ」と呼ばれています。北緯35度、東経135度の経緯が交わる場所です。天文台のある明石が有名ですが、エネルギーのレベルからすれば、比べても劣らないところだと思います。
農業が盛んな街で、金ごまなど特産品の生産にも取り組まれています。
加古川の水源に恵まれた肥沃な土地という感じがしました。

 西脇を訪れたからには「日本のへそ」は外せません。へそ公園へ移動中に兵主神社という立派なかやぶき屋根の神社がありました。

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加古川線 日本のへそ公園駅

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ちょっと分かりにくいのですが、へそ公園駅の階段を下りて左へ。
すぐにスロープがあるのでそこを下りて線路をくぐると、右側にオブジェがあります。

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ここはやっぱり、記念撮影。

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子午線と緯線の交点です。

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自然豊かな魅力的な町です。

127 西脇市の北東の端 対岸の丹波市には円応教の聖地がありました。良い土地は、宗教家が先に気がつくのでしょうか。インパクトがあります。






 西脇市。日本再生の要素を持つ魅力を秘めた街だと感じました。時代に流されない発展ができることを願います。

伊勢神宮巡礼のたびレポート

024 平成27年4月4日、學問を進める仲間達30人と伊勢神宮をお参りに行くことができました。平成19年の8月からはじめた私のお伊勢参りも、気づいたら今回が10回目です。当初は反省からスタートしたお参りですが、だんだんと探究心が湧いて、現地でガイドをお願いしたり、昨年は竹田恒泰先生と研究会の皆さん約200名でお参りする機会にも恵まれました。

037 前日の二見浦では小雨がふり、この日も天気予報はあまり良くない報道でした。しかし、みんなの思いが繋がったのか、飛行機雲がVサインをつくる青空に恵まれました。今回は義塾の先生とお参り、どんな気づきがあるのか楽しみにしておりました。


050 先生と他の方の違いは「1人でお参りに行ってもダメだよ、信仰の力が違うから」とおっしゃることです。また、他の案内される皆さんが伊勢を特別な場所として、説明なされることに対し、先生は日本人として信仰の対象とすべき所の一つとしてお話しいただくことです。
「神国と言いますが、人国とは言いません。神国では生活に密着した信仰心を身につけましょう。
 神国とは始めに神がありきです。後に神性を持った国民がいて、その国民を幸せにする政治を政といいます。神の叡智を「神話」と呼び、先祖の英知を「伝統」と呼びます。
 神なき国家に主権在民はありえません。己を空しくして天意、神意を自らの心として生きる信仰心の中に真の繁栄があります。」
と解説していただきました。そして、神国は日本だけではなく、(アメリカ合衆国以外の)歴史上繁栄をした全ての国が神国であり、神話があることを学ぶことが出来ました。

066 ただ気になるのは、塾生の中にもツアーで神宮の樹木に触れる方がいることです。一般の見物客にも多く見られ、中には樹に抱きつく人もいます。
 しかし、伊勢の案内人・濱口久孝さんは、こうおっしゃいました。
「神宮は神社一体が神域で、樹に触らなくてもパワーが溢れています」
「樹の下の方を竹のようなもので囲んだいる理由が分かりますか?」
「あれは、観光客の人たちが樹を触ることで、木が傷むので保護するために巻いているのです」
と。傷つけるつもりなどないことは分かっています。しかし今、日本を壊そうとする人たちがいます。
 京都奈良で国宝に油のようなものをかけられていることが報道されていました。學問を学び信仰心を持った私たちの行為を何も知らない人たちがまねると、その勢いは大変なものになります。昨年の神宮参拝者は1000万人を超えていますから、100人に1人が触ると一本の樹が、身も知らずの人から10万回も触られることになります。神宮のご神木を守るためにも改めて啓発していかなければならないと感じました。

二種免許実技試験合格

001 普通二種免許実技試験チャレンジ5回目。はじめは簡単に考えていた試験に、ここまでのお金をつぎ込むことになるとは!
 でも、10回以上挑戦している方もいらっしゃいます。4月に入ったとたんに試験場はガラガラになっています。高校生達のほとんどが、進学・就職で会場を離れたためでしょう。私もそろそろ卒業を、と気持ちだけは入っています。

 この日も3番目の受付で3コース。そして場内試験は方向転換です。無事に場内試験を終えて路上試験へ。5回のうち4回同じコースとなると、それぞれのポイントも分かります。慎重に意識しながら走ります。助手席に座る試験官のペンの動きも気になります。減点されても冷静に先のことを考えます。
 ぎりぎりか? 最後の難関、方向転換。県道31号線の交通量は多いので、安全確保までの時間も長くかかります。それでも、落ち着きを保つことができました。路上試験の時間は25分にも及びました。たぶん、他のコースに比べて長い時間を要します。
 3コースの最終ポイントは歩道の縁石がありますので、
「縁石を避けるために少し先に止めます。」
と告げて左寄せして停車。ギアをバックに入れて、手ブレーキをかけ、安全確認の上、車から降ります。

 試験場までの回送時間は、緊張します。試験官から3人の受験者に
「(縁石の上に)並んで下さい」
との指示。もしかしたら。
期待通りに私の合格でした。2コースを乗車した方も、結構うまく運転されていたのでどうだろうかと思いましたが、この日は私1人の合格でした。

事務手続きの後、自動車学校で受講する「普通旅客車講習」と「応急救護処置講習2」について案内を受けます。

受講後に免許が交付されることになります。

JAさが臨時総代会に出席して

 3月30日午後2時から佐賀市の佐賀市文化会館大ホールで開催されたJAさが臨時総代会に参加してきました。参加にあたり気になったのが、農業団体の大規模な支援を受けて就任された山口知事がどんな挨拶をなさるか、という事でした。
 ところが、来賓席は寂しいものです。国会議員の方々の姿はなく、知事の姿もありません。議員さんたちは国会開催中ですから仕方ないものの、知事の姿が見えないことにはちょっと寂しさを感じました。

 地元の農家の方から
「せめて小城だけでも、農政会の推薦をもらわんね」
といってもらったものの、JAにも問題がありますし、
「推薦をいただくことで言いたいことを言えなくなるのは、本末転倒でありますから」
とお断りした私としては、山口知事がご支援なさった団体の皆さんにどんな挨拶をなさるのか注目していただけに、肩すかしを食った感じです。

 一方知事はこの日、県内20の自治体の首長と会合をなさっていたようです。先月中旬に県内7箇所で県民との意見交換会意見交換会に続き、ご自身の目指すスタイルで取り組まれているようですね。

 ただ、首長が一堂に集まって話し合うことは、再考する必要があるのではと感じます。国には有識者会議など様々な諮問委員会があるようです。委員として参加する方は、そのメンバーであることにステータスを感じられる一方、運営する方は委員の数を増やすことで議論が煮詰まらずに、最終的に事務局一任という形での結論を得られることが目的で開催されているということも耳にしました。20人の参加者があるこの日の会合に、全員が同じように発言すると、1時間の会合で発言できる時間は1人あたり3分にしかなりません。とても議論が深まるとは考えられず、それぞれの首長が移動することにかける時間や県内全ての自治体で行政トップが不在となる危機管理上のデメリットを考えれば、公務としての効果は小さいのではないかと感じます。

 ある方から、身近な会合を開く時には6人以内で行うべきとアドバイスを受けたことがあります。7人を超えると座がばらけてしまい、一つのテーマで議論に集中することが難しくなるためだということでした。多くの人が発言し、議論を深め情報を共有化するためには、とても理にかなったアドバイスだと感じています。議論に集中できる時間も90分が一つの目安となりますから、より効果的な会合を行うことができます。
 そういえば、県知事選の討論会も90分〜120分に候補者3〜4名と司会・コーディネーターの6者以内で行われましたね。

 知事の演説や講演会に首長全員が集まるのであれば違った意味で効果はありますが、対等の立場で意見を聞くのであれば地域ごとに開催された方が、より地域に密着したテーマで議論できるのではないかと感じます。明後日は県会議員選挙の告示日です。首長と県議にはそれぞれの役割があると考えています。
 無投票が予想される選挙区もありますが、身近な地域の選挙です。投票に行きましょう。
飯盛良隆


佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。
平成24年6月 突然
唐津から釜山へ新幹線で!
実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。
そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
福岡インテリアコーディネーター協会監事
夏・佐賀で稲作
冬・東京で会社員
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