飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
平成28年産は完売しました。平成29年産はジャンボタニシ食害のため、一般販売を見合わせることにいたします。

ラジオ体操会を開催します。
6月7日(水)〜10月4日(水)の月曜・水曜日(8月14日はお休みです)
時間は 6:25〜6:45  会場は、主に小城市三日月町樋口地区
 「7月24日は江利天満宮」です。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月12日(月)〜10月2日(月)の月曜日
ただし、7月17日、7月31日、8月14日はお休みです。
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 15:20〜16:50(人類の至宝インド哲學、眞理學入門)
 19:20〜20:50(ボーダレスな社会・定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当 (但し後援会会員は2回まで無料)
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

2015年10月

国内旅行業務取扱管理者試験・合格

 県知事選を終えた後に準備を始めた家族や小グループのための小さな旅行会社を作るプロジェクト。

001 課題の一つでありました国内旅行業務取扱管理者試験に無事合格することが出来ました。
 次のテーマは経験を積むことです。

小さな旅行会社の目指すところ
1.佐賀の家族やグループを、世界都市東京へ案内すること。
2.佐賀の人に眞理學を伝え、京都・奈良の国宝・文化財が使えるようにすること。伊勢・高野山を参拝すること。
3.全国の人々へ、佐賀の広さと奥深さを伝えること。

先の長いミッションになります。

大分・宮崎ドライブパスで鹿屋へ

013 10月4日(日)〜10月5日(月)の1泊2日で、鹿児島県鹿屋市にある海上自衛隊航空資料館を目的地に家族旅行に出掛けました。自宅を空けるのは、いとこの結婚式以来10数年ぶり。両親と3人、泊まりの旅行で行動を共にするのは人生初のことです。
 戦後70年の節目の年に、鹿屋の資料館を訪れることは強い思い入れがありましたが、公共交通で行くのは非常に難しい場所です。高速バスで行くか、JRで行くか、いろいろ検討していた8月に目に付いたのが、NEXCO西日本の大分・宮崎ドライブパスです。
 これを使うと、佐賀大和インターから都城インターまで通常の半額程度で利用できるのです。
 それならと、日産リーフのレンタカー70%割引で自動車を借りて、両親と共に出かけることにしました。

 仕事の都合で、土日2日間で出掛けることは出来ません。ちょっと割高になりましたが、3日間のパスを使います。
018 せっかく乗り降り自由のパス、単に九州道を利用して都城まで往復したのでは面白くありません。そこで立ち寄ることにしたのが、法友・渡邉さんが経営されている佐伯市のお店「かつ弘」です。

 佐賀大和インターから大分道を走ること2時間ほどで佐伯インターに着きます。
そこから15分ほどの場所にお店はあります。レンタカーのナビが正確に案内してくれました。

023 とんかつ屋さんでイメージした
「和風の落ち着いたお店」
ではなく、とても明るい店内でした。お芋豚のひれとロースの豚カツは、使用する油にもこだわりを持たれており、とても美味しくいただくことが出来ました。



 佐伯市内からは東九州道の無料区間を利用して霧島を目指します。ところが、ナビの地図は開通した無料区間が登録されていません。一旦引き返す形で、佐伯堅田インターから東九州道を利用しました。
 途中、道の駅・北川はまゆで休憩を取るとアンケートを依頼されました。
「今回の旅行の交通費は?」 「2万円くらい?」
「今回の旅行の宿泊費は?」 「2万円くらい?」
「今回の旅行の食事代は?」 「2万円くらい?」
「お土産に使う予定の金額は?」 「0円(笑)」

 宮崎県のアンケートなのに、宮崎県で使うお金が0円という事に、回答を終えて気づきました。でも、お昼の豚カツ、腹持ちが良くてパーキングエリアで間食する必要がなかったのです。

024 宮崎道の高原インターで下車して、狭野神社へ立ち寄ります。
 特に理由があるわけでもないのですが、2回目の訪問です。





026 境内には季節外れの紫陽花が咲いていました。
 晴天に恵まれたドライブ。霧島の山岳道路を一路、霧島神宮を目指して走りました。




029 日差しが西に傾いた霧島神宮。 
ここも2回目の訪問です。
11月に大祭があるということで、大規模な工事が行われています。
ちょっと、写真撮影には向かないようです。



015 2日目は林田温泉を7時半に出発、霧島神宮駅前、曽於市北俣駅前を経て、東九州道の無料区間・末吉財部〜鹿屋串良ジャンクション〜大隅縦貫道・東原インターを経由して9時半前に資料館に到着しました。



003 まずは資料館の2階から。海軍の歴史と共に、零戦の資料、特攻隊の資料がそれぞれの部屋に展示されています。
 零戦以外は撮影禁止になっていました。





011 展示されている零戦は鹿児島の海から引き上げられた3機の部品を組み合わせて復元されたもので、機体に触れることが出来ます(操縦席に乗ることは出来ません)。
 想像以上に軽く作られた印象を受けました。当時の日本人の技術力、すごいものです。


020 1階には現在の海軍に関する資料が展示されています。
 建物の外には、様々なヘリ、飛行機が展示されています。航空ファンではないのであまり詳しいことは分からないのですが・・・。
 2時間半、ゆっくり見学。敷地内には食堂もありますし、入場無料なので市内で食事をして戻ることも出来ます。が、両親はすでに飽きている様子。帰宅までの距離も考えると、少し早いようですが鹿屋を後にすることにしました。

022 帰りは曽於弥五郎インターで下車し、道の駅・大隅弥五郎伝説の里へ。昼食は、豚のステーキ肉です。2日間で3度の豚肉は、それぞれの違いを楽しむことが出来ました。




025 一般道で都城インターまでの道のりは、市内で少し混雑したものの快適なドライブです。
 前日に比べて、やや雲の多い南九州。えびのパーキングエリアを最後に一路、九州道で鳥栖まで北上、佐賀大和インターまで3時間、道路工事は行われているものの渋滞もなく、快適な2日間のドライブを楽しむことが出来ました。

佐賀県知事選を振り返って12 〜街宣隊の課題〜

 時間が経ってから振り返る佐賀県知事選挙。様々な反省点が思い出されます。

 選挙カーをいかに効率よく回すか、運動をスタートした時にはあまり意識していませんでした。なぜなら、ポスターを貼りながら選挙の街宣活動を行うつもりでいたからです。
 しかし、選挙カーに乗務してくれるスタッフに力があることと、ポスター貼りの協力者が増えたことで、選挙カーを効率よく走らせることも重要になってきます。ところが実際には、それを困難にさせるトラブルが続々と発生したので反省を含めてまとめておきます。

1.ウグイス嬢3人そろって遅刻

 選挙2日目。ウグイス嬢は3人とも佐賀駅前のホテルに宿泊していました。当日は久保田駅まで迎えに行くので、JR佐賀駅を7:43発の西唐津行きに乗車することを伝えていました。 ところが、普段佐賀駅を利用しない人にとって、佐賀駅から短い編成の列車に乗ることは難しかったようです。ホームは正しくても、唐津線の出発はエスカレーターと反対側。列車が発車して乗り遅れたことに気がつかれたのです。結局、10分ほど遅れて到着のためスタートが8時を回ってしまいました。
 列車の乗り方の指示が大切なことと、全員を同じ行動にすることが持つリスクを感じました。

2.ウグイス嬢 列車の乗り換えを間違える

 選挙終盤、朝から太良町を回るために、宣隊は太良町内に宿泊しました。県内に住むウグイス嬢は、前日19時に肥前鹿島駅で下車し、翌日9時半に多良駅で合流する予定でした。県知事選では運動員のために県内の公共交通が無料で利用できるパスと交換できる証書が15枚配布されます。JRで1枚利用すると選挙終了まで乗り降り自由のパスが1枚もらえるのです。
 ところが、佐賀県の人は普段、あまり電車に乗りません。佐賀から乗車して早岐・多良行に乗車していても、肥前山口駅で分割され、それぞれ別方向に行くことに気づかなかったようです。結局、有田まで行ってそのことに気づいたウグイス嬢は、11時頃に鹿島で合流することになりました。

3.運転手 睡魔と戦う

 運動当初、ワゴン車に2名の運転手を乗務させていました。交代要員の運転手は3列目で休んでもらい2時間弱で運転を交代できるようにと配慮していました。ところが、2列目に乗務するウグイス嬢は窓を全開して叫びます。時速40km以上で走る車に入る冷たい風はとても身体にしみます。3列目に座ることは極めて厳しいものだったようです。(NHKのレポーターにも経験してもらいました)
 さらに、トランクスペースにはマイクのアンプやバッテリーが積まれているので、3列目にはウグイス嬢の荷物も載っています。とても横になることなど出来なかったのです。結局3日目からは、運転手を午前、午後などで交代して乗務してもらうことにしました。
 ところが、運転手が眠気に襲われることがあるのです。乗っていて冷や冷やです。休憩が必要になります。候補者自身も運転手の届出を行っていましたから、いざとなれば運転することは出来るのですが、現実的ではありません。
 想定外の形で時間をロスすることになりました。

4.食堂のトイレの大きさが重要に

001 17日間の長期戦。運動員の健康にも気を遣います。昼食はなるべく手を抜きたくありません。しっかり食べてもらうことを心掛けました。同時に、佐賀を県民の力で活性化したいという思いから、立ち寄るお店からファミレスなどチェーン店を外していましたので、小さなお店に入ることもありました。
 さて、食事を済ませてさて出発、という時に全員がトイレに向かいます。小さなお店だと一人ずつならばなければならないケースもあるのです。「さあ、出発」の掛け声から20分くらい経つことも。
 これでは気持ちが空回りしてしまいました。

5.小さな食堂 だから注文は同じものを

 ちょっと大きめの食堂だと、違ったものを頼んでも要領よく食事は出されます。
しかし、漁村の小さな食堂ではこうはいきません。呼子で「朝一通り」の食堂に入った時に、なぜか全員が別のものを頼んでしまいました。厨房にいるおばちゃんはひとり。当然、一品ずつしか出てきません。新聞記者の取材も入った影響もありますが、滞在時間が1時間を超えることになってしまいました。
 メニューをとりまとめることは、とても重要なことでした。

佐賀県知事選を振り返って11 〜主張できなかった初心〜

 平成27年9月定例県議会の「交通・観光対策等特別委員会」を傍聴に出掛けました。仕事や所用で全てを聞くことが出来ず、11時過ぎから12時までの約1時間、西久保議員と中本議員の質問に耳を傾けることが出来ました。
ただ、この委員会で一番聞きたかった「九州新幹線西九州ルートの問題」を聞くことが出来ませんでしたので、今後インターネット中継や新聞などの記事を見て、考えてみたいと思います。

 さて、私が佐賀県知事を志し、一貫して掲げていた政策目標は3つです。その中の一つ、長崎新幹線(通称を改め「九州新幹線西九州ルート」とされている)問題に対する、前知事の対応への批判こそが本来主張したいテーマでした。

 しかし、前知事の辞職により批判の対象がいなくなりました。選挙戦略は急を要する上に、テーマの見直しも迫られました。わずかでも可能性がある以上、勝てる選挙を目指す。今回の選挙戦で名刺からポスター、ビラに至るまで統一カラーを出して作成に協力していただいた(株)マテリアの田村様からのアドバイスによるおかげです。
 2014年12月2日夜、ちょうど衆議院選挙の公示日に打合せを行いました。事前説明会の一週間前です。ここで、現時点で出馬見込みは3人。政策を比較して争点として明確に出来る部分を前面に打ち出して政策に掲げる、ということです。そこで決まったのが「玄海原発・食育・オスプレイの3つに絞り政策論争に持っていく」という事でした。
 事前説明会、青年会議所の公開討論、ここまでは出来ることを行う、という思いが実現できていました。

 しかし、第4の候補の登場、これにより政策論争の絞ったテーマが意味を持たなくなってしまいました。ポスターやビラといった紙のツールが効果を失ったのです。本来、この時点で選挙戦略を見直すべきだったのでしょう。決して得意とは言えない演説による主張へと。
 違いを明確にした政策論争から、思いの強い課題とその道筋について。

 選挙から半年以上の時間を経た今だからこそ、振り返ることの出来る事実だと感じます。


 今日の委員会を傍聴しても、メディアですでに取り上げられたような答弁で、余り活気を感じられずに残念な気持ちです。たとえば
 「新幹線西九州ルートの開業や、国民体育大会に向けた取組について」
の質問に対し、新幹線新鳥栖駅活用レベルの回答や関西などでの観光客誘致へのアピールにとどまり、西九州ルートとして佐賀市の駅ではどんな対応をするのか、や国体で混乱が予想される協議会場へのアクセスや宿泊施設の問題が議場で問題にされていません。

 早い段階で、幅広い議論がなされることを望みます。
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飯盛良隆


佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学・氣學を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!
実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。
そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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