飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

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2016年03月

夜勤への道

京都市にある三十三間堂、ここでは約1000体の仏像が私たちを待ち構えてくれています。仏様たちは、それぞれ様々な道具を手にしていらっしゃいます。私たちが、いろんな仕事を経験できることを表す象徴です。45歳の私がこれからの人生でどれだけの仕事を経験できるか・・・?

経験できる仕事の数は限られていても、いろんな仕事を経験する人々とふれあうことは実現できるのではないか?
その人々の声に耳を傾けることの重要さに気づき行動しています。

さて、今月8日より、人生初(突発的な仕事はあるが)の夜勤を経験しています。昼勤は7:30から12時間勤務ですが、夜勤は19:30からの12時間。ちょうど昼夜が反対になります。はじめは不安もありましたが、いざスタートしてみると昼勤よりも仕事がやりやすいと感じます。

008 仕事帰りに比較的安い価格で朝ご飯をいただけます。こちらは490円。
 松乃屋では豚カツ定食が400円。夕方のスーパーお総菜の見切り販売とどちらがお得かは、分かりませんが、ゆったりと店内で過ごすことが出来ます。
 道路も空いていますし、通勤も楽です。うまく身体を休めることが出来れば、全然問題ないことに気づきます。

 人に聞くより、経験した方が分かりやすい社会の現状を一つ学ぶことが出来ました。

小学生の目に映る津波の映像は

213 昨日、天皇皇后行陛下が宮城県女川町を、お尋ねになったというニュースが流れていましたが、ちょうど10日前に女川町へも足を運んでいました。





216 鉄道が再開されて間もなく1年、駅前商店街も作られ、駅前には人々の賑わいが戻りつつあります。(震災前の女川町の様子を知らない私が書くのも変ですが)





254 一方で、高台移転の住宅地整備はまだまだこれからのようです。道路を歩くと、まきあげられた砂埃の影響でしょうか。鼻水が止まらなくなってしまいます。一瞬花粉症かと思ってしまいましたが、翌日以降にその症状は出ないので、明らかに埃の影響です。
 復興途上の町に住む人々の、伝わってこない日々の苦悩ですね。

264 駅前が賑わいを取り戻す一方で、2年前は人々で溢れていた希望の鐘商店街。こちらは、到着した時刻が13時半と食事時を過ぎた影響もありますが、人影がまばらで「地方都市の商店街」というイメージに写りました。
 被災地の中でも、地域隆盛の流れが出来ています。

298 今回の被災地訪問で一番影響を与えたのが、女川駅横の物産館で出会ったこの本です。
 当時小学5年生の子どもたちの目に映った、震災当日の様子。震災以降一転した暮らしの日々。月日が経つことで、出来事を風化させてはいけないとの思いから語り、綴られた内容です。

「避難した場所で流されるおじさん。手を伸ばして・・・・・・」

とてもリアルで、大人たちの声のようにフィルターのかからない声。

もし、自らが同じ立場を経験した時のために考えたいこと、そんな本です。

震災から5年 東松島市を訪ねる

036 3月7日月曜日、震災から1年後の2012年
3年後の2014年に続き、東松島市野蒜地区に足を運びました。
 
JR仙石線の野蒜駅、東名駅は山側の丘の上に移転して、新しいまちづくりのための区画整備が進んでいます。
032 次に足を運ぶ時には、新しい町が完成しているかもしれません。ただ、これまでこの町で暮らしてきた人たちが、この場所で暮らすことが出来るか気になります。仙台市のベッドタウンでもあるこの地域。5年前の震災で時計が止まった感じのする地元の人々がここに住むより早く、新しい人たちが新たな町をになうのではないか、そんな感じがする景色です。

084 一方で古い野蒜駅ホームは、前と変わらぬ姿で保存されています。







085 旧駅舎は観光案内所に衣替えされていました。職員の方とのお話しで、旧駅舎はこのままの形で保存することが決まったそうです。






086 観光案内所の様子。






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これまでと同じように被災現場へも足を運んでみます。町中の後片付けは終わっていますが、郊外施設の解体にはもう少し時間がかかりそうです。
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044 旧野蒜駅と新しい野蒜駅の間に残る仮設住宅。法の縛りで片付けることが出来ない現実が見えてきます。


 観光案内所で職員の方とお話ししながら、何も手助けできることがない私でも、現地へ足を運ぶこと、それだけでも力を与えることが出来るみたいでした。

青春18きっぷっで只見線を走る

017 平成28年3月6日。25年前からの念願が叶い、只見線に乗車することが出来ました。高専を卒業する年に企画した、このルートを通って北海道を目指すこと。当時人気のトワイライトエクスプレスのチケットが、偶然にも前日に手に入りルートの変更をしたのです。


025 紅葉の時期は特に人気のこの路線、雪が溶け始めるこの時期は、ご乗車なさる観光客も少ないようです。
 車窓の雪もほとんどなくなってきています。




035 紅葉はなくても車窓には美しい渓谷が見えてきます。







064 平成23年の大雨で不通になった区間。バス代替輸送のため線路を眺めながら走ります。






088 会津川口駅にて。これから会津若松を経由し仙台市内泊。明日は東日本大震災で津波被害を受けた、東松島市野蒜地区と石巻市、女川町へと足を運ぶ予定です。

消費税は引き下げるべきである

消費税は社会保障制度を構築する上で最良の税制度である
これまでの私の持論です。一方で消費税の引き上げごとに膨らむ一般会計の予算配分を見ると消費税と社会保障費に関連がないことが伺えます。

025 写真が逆さまでアップされていますが、今、ちょっとサラリーマンみたいなことをやっています。働く人々の社会保障負担の大きいことが分かりますし、同じ金額を企業が負担していることを考えれば、日本国内で日本企業が国際競争力を保つことがいかに難しいかの現実をみることが出来るでしょう。
 本来、この保険料のいずれかを無料にして国内コストを引き下げ、消費税を全てその費用に充てるのであれば、消費税の引き上げに賛成です。しかし、消費税を引き上げても、いずれの保険料負担が無くならないのであれば、制度はすでに破綻しています。消費税の引き上げは意味をなしません。

 先日、安倍政権が消費税の引き下げを公約に「解散同日総選挙」を行うのではないかという憶測を耳にしました。是非、実現して欲しいと思います。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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