飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
お問合せはこちらのサイトから
2019年産は完売しました。2020年産の受付は8月末からの予定

ラジオ体操会を開催します。
7月2日(木)〜10月10日(土)の木曜・土曜日
時間は 6:25〜6:45  会場は、小城市三日月町樋口地区
                    江利天満宮です(小雨でも中止)

都合により、8月13日以降の実施を見合わせます。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月8日(月)〜9月30日(水)の月曜・水曜日
 13:00〜14:30(月曜・水曜) テーマ:「運命学」「食と健康と文化」
 20:00〜21:30(水曜)     テーマ:「日本の歴史と国際関係学」
会場は小城市三日月町樋口803

参加費は1回 1,100円相当
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

「コメント」「お問い合わせ」は、日本語でお願いします。
(日本語以外は無視または削除します)

2019年11月

平成のミスを令和にただす 4

半ドン

 私が20歳で学生生活を終えたときには存在したこの制度。国立の学校では、翌年から毎週だったか、隔週だったかなどの記憶は曖昧(経験していないからわからない)ですが、週休二日制がスタートしています。社会人生活をスタートしたブリヂストンでは、すでに制度化されており、非4−3勤務(日勤)は、年間120日の公休がカレンダーに記され、仮に土曜日が出勤日である場合には、お昼で帰ることはできない日になっていました。
 半ドンに似た制度は、入社3年目頃に「半日年休制度」が出来ましたが、お昼で帰ることはできるものの、職場の仲間がそろって午後からお休み、という経験をすることにはつながりませんでした。
 振り返ってみると、半ドンの土曜日が、一週間で一番楽しい時間を過ごすことができたように感じます。小学校の頃は地域のみんなと遊ぶ時間。中学校では部活動。他の学校へみんなと自転車で練習試合に良く通ったものです。高専では、寮生活でほっとできる時間。佐世保の中心部・四ヶ町商店街へ出掛けたり、地域を探索したり。
 経験したことはありませんが、会社や職場でもレクレーションや懇親会など、会社組織の結束力を感じる時間を過ごすことができたのではないかと感じます。

 平成3年以降進んだ週休二日制は、格差拡大の一員になったのではないかと感じます。土日を休める人とそうでない人。子供たちの遊びの時間は、平日授業の長時間化と土曜日のお休みで、様変わりしたと感じます。親が土日お休みの子供たちは、家族との外出を楽しむことができるようになった一方、主にサービス業に従事する土日が仕事の家庭で育つ子供たちは、親と接する時間が著しく減少したに違い有りません。

 労働時間が規制され、復活することへの道は険しいですが、令和に正したい制度の一つ、それが「半ドン」です。
 日本らしい地域のつながり、家族のつながり、そして職場の仲間意識を高める機会につながると思います。

平成のミスを令和にただす 3

ハッピーマンデー

国旗 昨日、11月23日は勤労感謝の日という祝日でした。これは戦後に祝日法が改正されてからの呼び方で、本来は「新嘗祭」が行われるための祭日です。
 祭日という呼び方が祝日という呼び方に変わったのは戦後です。とくに平成になってからは祭日という呼び方をほとんど聞くことがなくなったように感じます。

 11月23日の本来の意味から考えると、今年は「大嘗祭」が一週間前に行われ、新嘗祭は行われませんので、11月23日が祝日である意味を失っています。

 そう、祝祭日には本来、意味があって制定されているにもかかわらず、経済至上主義に走った平成の過ちの象徴が「ハッピーマンデー法」ではないかと感じます。
 成人式は1月15日に意味があり、1月の第2月曜日や新成人が集まりやすいからといって、お正月やそれ以外の日に行っては意味を失います。荒れる成人式が話題にもなりましたが、それは、式典の意味をはき違えた大人がまいた種のようにも思えます。

 祝祭日に意味がないのであれば、春分の日や秋分の日は3月21日や9月23日に固定することができます。それをせずに毎年、明石の天文台が計算して日付を変えているのいは、まさに祭日の意味を大切に守ってきた象徴なのです。

 損得で計算された祝日は廃止し、日本人みんなでお祝いできる祭日を復活させること。ハッピーマンデーの制度に終止符を打つことも、令和に正したい日本の文化です。

令和元年産の新米をいただく

2019111501 11月15日夜、大嘗祭が終えたこの日に新米を炊いていただきました。
 今年のお米は、天候不順を現すように、もち米のように白い粒(普通は精米すると透明になる)の状態のものが多く入っています。七分づきで食べていることもありますが、見た目には美しくありません。
 とはいえ、一番大事なのは「味」です。口の中に入れて噛んでみると甘い
とにかく「甘い」の一言に尽きます。平成30年産と比べてどちらがおいしいかといえば、私は平成30年産だと思います。でも、今年のShin-和の甘さには驚きました。
 種まき前から、お盆の穂肥と沢山の油かすを施します。その甲斐があっての甘みだと思います。
 

令和元年産 Shin-和(さがびより)は、5kg 5000円で販売中です。


2019111901 古米 こちらの写真は平成30年産。
違いは・・・。

平成のミスを令和にただす 2

ボジョレー・ヌーヴォーと新米の解禁日

 ボジョレーヌーボの解禁が話題に上るようになったのは、平成に変わる少し前。日本がバブ景気へ向かう昭和60年代になってからのことと記憶している。真偽は定かではないが、ボジョレーヌーボを日本でPRすることになった要因は、1986年4月25日に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故という説がある。この事故の発生で、ヨーロッパは農産物に大きな被害が及び、特に長い年月をかけて熟成するワインは、1986年産という理由で将来の価値を失うことが懸念され、その売り先として日本に目を向けたというのだ。

 その真偽はさておき、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日は毎年11月の第3木曜日と決められている。当然、解禁日前に店に準備されているのだから、それを無視して楽しむことはできるだろう。しかし、日本人は頑なに海外の伝統を守っているようである。
 一方で日本の伝統であり、神事でもある米作りと新嘗祭。毎年11月23日に新米が穫れたことに感謝し、神々にお供えしてからいただくのが日本の伝統であった。しかし、今年もすでに新米は市場に出回っている。私はまだ口にしていないが、すでに食べた人もいるだろう。

 海外の伝統には忠実で日本の文化伝統を破ること、令和に時代に正していきたいありかたです。明日11月15日は令和の大嘗祭です。私も夜に新米をいただきます。

平成のミスを令和にただす 1

早場米と新嘗祭

 昭和の時代は「食管制」があり、農家以外の人が新米を食べようと思っても、法を犯さなければ食べることはできなかった、であろう。
 自主流通米を経て、米の販売が自由化されると、佐賀県でも「七夕コシヒカリ」と呼ばれる、8月お盆前に出荷される超早場米を先頭に、新米の早出荷で市場のニーズに応えようとする動きが強まった。結果として、11月23日の新嘗祭は無視され、天皇陛下や神々より先に庶民が新米を口にすることになっていた。

 稲作、米作りは日本の伝統だから護らなければならない。

 政治家やJA幹部が、いくら口にしても、大切な伝統は経済優先、市場と金の原理で、自ら壊してしまったのではないか。海外から自由化される米に、精神文化を無視した人々がたち振る舞うことなどできるはずがない。

 平成の時代に壊した、稲作と新嘗祭の文化。

その基本、神々に新米を捧げ、収穫を感謝し、天皇陛下とともに新嘗祭を待って新米を食べる習慣。国を再興する上で、真っ先に正すべき伝統文化だと感じている。

本栖湖と富士山

057 1000円札の裏面に描かれている
「本栖湖に映る富士山」
 お札のような逆さ富士を見ることはできませんでしたが、その容姿はあこがれの美しさ。
 波立つ湖面は、そのときの心境を現すもの。同行したメンバーのものか、日々磨いていかなければなりませんね。

 ところで、最近道路標識などで、日本橋を「Nihonbashi Bridge」とか、隅田川を「Sumidagawa River」と表記するものを見かけます。
 なのに山だけ「Mt. Fuji」では、御山に対して失礼ではないかと疑問に・・・。
「Mt. Fujisan」
「Mt. 富士山」「Mt. Fujiさん」
自然ではありませんが、御山に対して敬意を払って読んでみるのはいかがでしょう。
 言葉にはエネルギーがあります。その美しい姿をこれからも、見ること、拝むことができますように。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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