昨日は福岡市の護国神社で福岡竹田研究会が開催されました。

4ヶ月ぶりの開催で会場は400名の満員札止め。

簡単に古事記を読んだ後の今月のテーマは、教科書では学ぶことの出来ない歴史の事実がいろいろ学ぶことが出来ます。

今月のテーマは前々回に続いて「韓国」。

実は韓国の歴史は戦争の歴史でもあるのですね。

日本はこの2000年間に外国から攻めてこられたのは5回だけだそうです。
これは元寇の時に2回、明治維新前後に2回、そして先の対米戦争です。

一方、韓国では2000年間に約1000回も外国から攻められていたそうです。
単純計算すると2年に一度外国から攻められる訳ですから、お城の城壁などつくる余裕がありません。
日本の茶道のような文化・芸術を楽しむ余裕もないのです。

そんな経験から、自らを守るために誰についた方が良いのか親分を見分ける力が鍛えられたと紹介されました。
そこで、日清日露の戦争の後に、韓国は親分の見切りを行い、日本からの併合を望んだそうです。

ここで「併合」とは「植民地」とも異なります。
植民地の場合、そこで得られた富は本国へ流れていきます。
植民地に住む人は現地人のままです。
ベトナムがフランスの植民地になって現地の人がフランス人になることはありません。
インドネシアがオランダの植民地になって現地の人がオランダ人になることもありません。
マレーシアがイギリスの植民地になって現地の人がイギリス人になることもありません。

一方で併合の場合、併合された土地の人たちは併合した国の国民になるのです。
1910年、韓国は日本に「併合される道」を選びました。
併合された韓国の人たちは日本人になることが出来たのです。
併合した韓国のインフラを整備するために日本政府は日本から資本を投入したのです。

韓国は弱体化する「清」という王朝に見切りを付け、ロシアの植民地になることを恐れて日本に併合される道を選んだのです。教科書では決して教えません。


今、韓国をみると新しい親分選びが始まっているのではと推測することが出来ます。

弱体化するアメリカに見切りを付け、新しい親分につくことを考えているのではないかと。

韓国に見切りを付けられた親分は悲惨です。

手のひらを返したように非難され、侮辱されます。

韓国の前の親分は「日本」でした。韓国のためだと思い献身的に働いていた日本人先輩達の行為を、まるで恩を仇で返すかのように振る舞う人たちがいます。
しかし、まもなくして韓国の親分が変わるとどうなるでしょう。韓国の歴史は前の親分(この場合はアメリカ)を手のひらを返したように避難・侮辱することになるでしょう。

今回参加した竹田研究会では、韓国の長い歴史から学ぶと、親分の交代を待つことで日韓関係は新しい時代を迎えることが出来るということを学びました。