2012年3月27日、震災から1年が過ぎた宮城県東松島市野蒜地区を訪れていました。ここは、学生時代の1989年8月に訪れて、松島海岸とは異なる美しい砂浜が印象に残った場所でした。

あれからさらに2年が過ぎた今年、宮城県は瓦礫の片付けが完了したと宣言していますが、実際の様子はどうなのか気になって、同じ場所へ足を伸ばしたのです。
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今回2014年、野蒜駅のホームです。

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2012年は晴れの日の午後、今回は小雨の夕方という天気と時間に違いがありますので見え方は異なるものの、様子はほとんど変わりありません。

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土地の整備は確実に進んでいるようです。

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一方で、平気で捨てられるゴミは当時と変わりません。人の念いが天災を創り出すことを学ぶことは出来ません。

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2012年には至る所に積まれていた瓦礫の山は確かに片づいています。
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こちらは野蒜中学校
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校舎は取り壊され備品も片づいていました。
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お隣の公共の宿。
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こちらは2年前から変わらぬ姿勢を保っているようです。。
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2年前は瓦礫の山を積み替える車両が溢れていました。
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アングルが違いますが、片付いた部分とそうでない部分が混在する、瓦礫の定義にどんな意味があるのか考えさせられる東松山市の復興状況です。

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