経済的に余裕がない人でも学ぶことができるように、県庁で中学卒業者を採用し、昼間は県職員として地域のために活動し、夜は定時制高校で自らのために学ぶことで、将来に活躍できる人材となることを支援していきます。さらに意欲のある人の中から、アメリカ合衆国への留学できる制度を設けます。

2013年8月28日の佐賀新聞28面において、佐賀県の世帯数は約20年前に比べて核家族が約2万5千世帯増加したことと、年間の離婚件数が当時に比べて1.5倍に増えているために一人親世帯も一万世帯以上増加していることが紹介されていました。

さらに、県内の生活保護や就学援助を受ける要保護、準要保護児童生徒数は2011年度に8千人で、全児童生徒数の10%以上を占め、その比率は20年前の3倍以上になったということです。子ども手当や高校の授業料無償化が行われてきましたが、こうした与えるだけの政策では社会の崩壊を招くことになりかねません。現実と向き合い、これまでは特別なケースとして対応してきた就学児童・生徒への助成を県としては廃止し、就業支援活動に力を入れていくべきだと考えています。

この20年、少子化が社会問題とされてきていましたが、これは問題の本質を隠しているのではないでしょうか?

問題は、少子化ではなく「仕事がないこと」です。たとえ子供を産み育てることができても、その子供が働いてお金を得ることができなければ、少子化が問題とされている課題は解決することができません。

これまで必要とされてきた労働力は確実にコンピュータやロボットに置き換わっています。単純な労働力なら、地球からいらないと言われているのです。

全ての人がいらないと言われないための生き方を身につけ、新しい仕事を創生していかなければなりません。バラマキ的な助成金制度は廃止し、生きる力を身につけていく仕組みをつくることが重要なのです。


これからは世界が協調して社会をつくっていかなければならない時代です。日本人の将来のリーダーが、20歳前後で世界の国々のリーダーが学び集う場所にいないことは、将来の日本にとってとても不利益を被ることになると考えられます。

佐賀県をリードし、日本の主張をしっかり述べることができ、国際平和のために活躍できる人材を育てるためにも、県が支援してアメリカ合衆国への留学生を実現させることが重要なのです。

2013年8月8日の佐賀新聞に
「高校生留学笛吹けど・・・ 内向き思考/重い費用負担」
として、昨年度海外留学をした高校生の数が19人だったことが紹介されていました。県教委は国際社会で活躍する人材を育てるために最大90万円の助成金を創設するなどし、年間50人を目標に取り組んでいるものの、思うように数を増やすことができずにいるようです。過去5年間を見ても3ヶ月〜1年に期間で留学した数は11〜19人で推移していると紹介されています。

そもそも「国際社会で活躍する人材」とはどのような人なのかがあいまいではないかと感じます。なりたい職業が明確にできない高校生に、国際社会で活躍できる人材といわれてピンと来るのでしょうか?

高校に入るときにはそこでやりたい目的があるはずです。いいかえれば、広く留学したい人を募るよりも、留学できる学校を絞って、そこに助成する方が留学する生徒にもビジョンが持ちやすいと感じます。

また、留学したい意欲はあっても、家計の都合で断念しなければならないケースもあるるでしょう。自己負担を設けずに、広く選抜する方法を設けることでこそ、国際社会で活躍できる人材を育てていくことができるのではないでしょうか。



若者が海外に留学する意味

20歳前後の多感な時期をいろんな考えを持つ世界中の人たちと共に過ごし、次の時代を担う仲間として学び生活することは、電話一本で戦争を防ぐことができる関係を築くことにつながります。

そんな学生をつくるには、高校生で一時的な留学をするのではなく、大学本学への留学にこそ意味を持つと感じます。20歳前後の4年間をアメリカの最高の大学、ハーバードやスタンフォードで学ばせることに、県としての資源を集中すべきなのです。

中学卒業者を期限付き職員として雇用し、働きながら定時制高校で3〜4年間学ばせ、家庭の収入に左右されることなく勤勉に励むことで能力を開発し、その中から意欲に溢れる人材をそれらの大学に留学させる仕組みをつくることができれば、その中から国際社会で活躍する、電話一本で戦争を止めることができる指導者を育てることができると考えています。

アメリカの大学に日本からの留学生が来なくなったことを、世界をリードしている方々が非常に心配されています。 幕末、佐賀藩がほかの藩に先駆けて西洋へ学びに行った成果が、遅れながらも明治維新の時に「薩長土肥」として名前を連ねることにつながったと考えると、改めて佐賀から世界を学びに行く学生を送り出す必要があると考えています。

その為には、既存の学びにとらわれることのない自由な発想ができる人を育てる必要があります。県に中学卒業の職員を採用し、昼間の業務と夜間の勉学に取組み、アメリカ合衆国へ留学する仕組みを設けます。


安倍晋三首相は6・3・3・4制の教育制度にまで踏み込んで教育改革を検討されています。一方で個人や自治体はこうした状況のなか、常にその状況や様子を傍観するだけで、積極的に行動してこなかったのが現実です。その結果、大学の国際的な評価が東京大学であっても30位台にとどまるなど、魅力のない環境をつくり出してしまいました。これは、春入学や語学の問題だけではありません。

この結果を真摯に受け止め、現実を変えていくためには国の結論を待つ時間がありません。県庁職員の採用を中学卒業者に門戸を広げ、その中で意欲のある職員に対し、アメリカ合衆国への留学を支援する仕組みをつくることで15歳で入庁した職員が10年後に世界を背負って活躍する姿が、私たちへの希望を与える姿に映ると信じております。経験を積んだ職員の中には、県庁職員としての業務を進める者ばかりでなく、退職してビジネスを創業する者がいるでしょう。個人が考えて行動できることが地域や日本、そして社会への貢献にもつながるのです。

現在の教育に対する不平・不満は沢山耳にします。ならば、義務教育を終えた子供達を、いつまでも同じ教育システムの中で育てることよりも、別の道を設けてあげる方が、より良い社会の構築につながるのではないでしょうか。

かつて吉田松蔭先生は、12歳で先生として人々の指導をされていたそうです。画一化された教育の中で、今の15歳に先生になることができる人がいるでしょうか?

人口減少社会においては10代後半の成長著しい時期を、利権に縛られた大人達の都合で無駄に過ごさせてはなりません。

多くの仲間達とふれあい議論する時間を確保するためにも、高等教育の機関は、一定数の生徒が在学していることが必要だと考えます。学校の生徒数を確保するためにも、県立高校の統廃合が必要になると感じています。