原発から出るゴミのことではありません。

東洋思想で物質を考える時に「五行」という概念があります。「木火土金水」の5つの物質です。占いなどにも登場する、この五行には「五行相生説」というものがあります。

火は木(生命)が燃えることから生まれる。
土は火が燃えた残りの灰から生まれる。
金は土がたい積して長い年月、圧力がかかり続けることで生まれる。
水は金属が冷やされるとき、その表面に生まれる。
木は水によって育まれる。

というものです。古来、私たち日本人が暮らしていく中で使ってきたものは、この五行サイクルの中で循環し続けるものばかりだったのではないでしょうか?

このサイクルを維持することができれば、ゴミ問題は今よりも、はるかに容易に解決できるでしょう。

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しかしながら、現代社会で発生するゴミは、このサイクルに戻すことが非常に困難なもので溢れています。東日本大震災の後、特に原子力発電で生じる廃棄物に話題が注目されますが、海に沈んだ自動車、コンクリートの塊、さらには身近なところで捨てられるタイヤ、家電製品・・・・、どれも自然の中で五行の循環サイクルに戻るとは、考え難いものばかりです。こうした非循環系資材・ゴミの廃棄方法に規制を設け、違反者への罰則を強化することを提案すべきであると共に、これまで一律にゴミと扱われてきた、五行循環系のゴミの処理について柔軟に対応することを検討するべきだと考えています。

将来的には、非循環系の製品に課税することを含めて、なるべく地球に優しい物作りが進む社会に変えていくことを創意していく必要があります。

現在、佐賀県が積極的に誘致を進めているメガソーラーや住宅用の太陽光発電システム。現代社会において「電気」と「食料」、どちらが重要なものでしょうか?

2012年以来、佐賀県内の耕作放棄地を中心に農地がメガソーラー施設として利用されていることを危惧してなりません。人間は歴史上、電気がなくても生活できます。しかし、食料がなくては生きていくことはできないはずです。

確かに、現在の日本社会では食料品を海外から輸入することで、不自由することなく暮らしていけます。しかし、食料を海外に依存しているということは安全保障上、望ましいことではありません。食糧自給率の問題ではありません。いざというときに日本人の胃袋を満たすだけの、農地やエネルギーが確保できるかどうかということです。

佐賀県だけを見れば農地に恵まれています。しかし、お隣長崎県は農地がないために、諫早湾を埋め立てるという自然界への「暴挙」を行っているのです。

日本全体を見渡しても、佐賀県ほど耕作地に恵まれた地域は、数えるほどしかありません。自らが恵まれているからといって、無秩序に宅地に転用することはもちろん、メガソーラー施設を作るということは、自然の摂理から考えると許されるべきではないと感じます。

もちろん、太陽光発電を全て否定するわけではありません。住宅や工場など、建物の上に設置するように、土地を有効利用する場合には課題が小さくなります。しかし、地主の利益のみを考えたメガソーラーという土地利用のあり方は、資源が限られている日本においては、考え直すべき政策だと感じています。

本来、水田は私たちのお腹を満たすための食料をつくる場所です。一時的な時代に対応して個人が利益を得るためのものではありません。現在の地権者の利益のために存在するものではなく、未来を担う人たちの胃袋を満たすためにも、正しく維持していくべき資産ではないのでしょうか。

さらに太陽光パネルは将来寿命を迎えたときのゴミ対策が何も検討されていないことが、大きな課題であると感じています。学生時代に電気工学を学び住宅用の建材を販売した経験から、この問題には15年前から気付き、いくつかのメーカーに問い合わせをするものの、いずれのメーカーも
「太陽光パネルのゴミ問題は、温暖化の問題に比べて社会の問題ではない」
という態度を示され、業界に対する疑念を持ちました。

この懸念に対し2013年5月24日の日経新聞で初めて太陽光パネルのゴミ問題が取り上げられている記事を目にすることができました。「太陽光パネルの寿命は20〜25年とされ、その量はまだ少ないものの2年後には国内で7〜9万トンが、2030年には25〜70万トンが対象になる」とされています。

問題は寿命を迎えたときに、正しく回収・処分ができるかです。パネルには有害物質であるカドミウムなどの重金属類を含むものもあります。現在、太陽光パネルの普及のために、設置者に魅力のある金額を販売業者が提示していますが、ここに廃棄にかかるコストは含まれていません。県を含めて行政が行う費用の助成にもこの金額は試算されていません。

個人が設置する太陽光パネルが「空き家問題」と同じように放置されれば、周辺の環境はどうなるでしょうか?

企業が設置するメガソーラーが、企業破綻と共に放置されれば、どうなるでしょうか?

行政が太陽光発電を支援する時代は、もう過ぎているのではないでしょうか。常に将来を考えて、パネルの廃棄についても考えることが、行政の役割だと感じています。これから設置する業者や個人に対し、廃棄計画書を作成させることは、東日本大震災から学ぶべき行政の課題で有り、21世紀の行政が行うべきテーマだと考えています。