056 信貴山を初めて訪れた二年前。有名な絵巻物があることしか知らずに訪れたこの時は、滞在時間わずか2時間。
 ご祈祷と宿坊を兼ねた千手院さんでお食事と法話をいただいて慌ただしく高野山へ向かったことを覚えています。



039 そんな信貴山を改めて訪れることができるとは思ってもいませんでした。しかも、先生や帝王学を学ぶ皆さんと一緒に。
 信貴山というと戦国武将・松永久秀をイメージされる方が多いようですが、日本の国造りの始まり、聖徳太子にゆかりの深い山なのです。


 今から1400年前、聖徳太子は物部守屋を討伐せんと河内稲村城へ向かう途中、この山に至りました。太子が戦勝の祈願をするや、天空遙かに毘沙門天が出現され必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも、寅の年、寅の日、そして寅の刻でありました。
 太子はそのご加護で勝利し、自ら天王のご本尊を刻み伽藍を建立し、信ずべし尊き山「信貴山」と名付けられたそうです。
 崇仏論争で、「そもそも日本には、古来より八百万の神がおり、外国の神様なんかを容認しようものなら大変なことになる」と仏教に反対した物部氏を、良いものは取り入れたいとする蘇我氏、そして聖徳太子。
 この戦いに勝利したことで、仏教が日本へと徐々にと広められていくことになるのです。この後国の制度をつくる過程で制定される冠位十二階は儒教の教えを基につくられたとされています。

109 千手院に宿泊、夕食の後に境内を散策。







110 目的は本堂・朝護孫子寺から見える町の夜景です。







005 こちらは朝の御来光。








112 夜の境内と








011 昼間の境内








013 朝ご飯を頂いて、山に登ります。








017 本堂の脇から空鉢堂まで、ポットに水を抱えて上ります。ポリバケツに水を治めることで功徳を積んだことになるそうです。
 空鉢堂まで、まつわる絵巻「飛倉巻」をはじめ国宝の絵巻3本(ただし模造品)は必見です。



 日本の成り立ちから考えて神社巡りをなさる方は沢山いらっしゃいます。しかし、天皇家が約1300年にわたり、日本の神様と並べて祈った仏教の祈り、忘れているような気がします。

毘沙門様のご加護について、次のような説明がなされていました。

御利益を得るためには、それなりの努力と信仰が大切です。
何にもまして、運(強運)を頂かなければなりません。その強運を頂く最大の鍵が信仰心なのだと。福を頂くためには次の十ヶ条を守ることが必要で、この実践により生活が変化することで、自らが良い方向へ導かれることになるということです。

1.感謝の生活をする人
2.収入以下で生活する人
3.夫婦仲の良い人
4.金や物を大切にする人
5.健康に心がける人
6.独立自尊心の強い人
7.仕事を趣味とする人
8.一事をつらぬく人
9.常に節約をする人
10.儲けをあてにせぬ人

簡単そうで、意外に難しい生き方。そう、今の私たちには日本人としての生き方が問われているのです。