飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
平成29年産はただいま年間予約受付中です。

ラジオ体操会を開催します。
6月7日(水)〜10月4日(水)の月曜・水曜日
時間は 6:25〜6:45  会場は、主に小城市三日月町樋口地区
 「9月25日は江利天満宮」です。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月12日(月)〜10月2日(月)の月曜日
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 15:20〜16:50(人類の至宝インド哲學、眞理學入門)
 19:20〜20:50(ボーダレスな社会・定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当 (但し後援会会員は2回まで無料)
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

思想

未来は夢があるからやってくる

未来は「時」が経つとやってくるものではありません。(出展を調査中)

創造力「」があるからやってくるのです。 夢を失ったときに老化が進みます。人生は寿命で終わるのではなく、思考の退化で終わります。

創造力は原子力と同様に世界を創ることも壊すこともできるので、欲望に墜落しないように正しく描かなければなりません。正しさの条件は3つです。

1.自分のおもいが、自分と人を幸福にできるか。
2.自分のおもいが、人を不幸にしないか。
3.自分のおもいが、自らの人格を向上させることができるか。


民主主義でつかう「民」という漢字は、目に矢が刺さって見えないことを意味します。
一方、大臣という「臣」は、大きな目で人々を監視する、という意味を持ちます。

正しい情報を手にすることが難しい人々の声を、政治に反映させることが容易でないことを古来より漢字て示しています。リーダーには正しい情報を見る目が必要であり、それを・ビジョンにして人々を導くことが求められます。


供養とはお経を唱えることではありません。
「おじいちゃん、おばあちゃんの夢を叶えることです。」 あなたの夢よりも先に。

2017年お伊勢参り

池袋から高速バスで9時間。
390伊勢市駅前に到着します。
今年も天候に恵まれたお伊勢参り。
まずは外宮から。






394今回の参拝で気になったのは、倒れそうで倒れない樹木。
周りの木に支えられているのかな?






396それでもしっかりと緑の葉を広げています。

目に映る全てもものはメッセージ





407 続いて内宮へ。
そして、月読宮、月夜宮と参拝。今回は、久しぶりにJRを乗り継いでの帰り道。
 伊勢市駅を15:25に出発。津、亀山、柘植、草津で乗り換えて新大阪駅へ。
 途中電車が7分ほど遅れたために、新大阪で新幹線へ乗り換える時間は5分ほどに。しかも、伊勢市から乗った乗車券は、新大阪駅の自動改札を通れないというハプニング。
 駅員さんを探すのも大変。結局、さくら571号には乗車できたものの、連休前で混雑する車内では、岡山まで立たされることに・・・。岡山から新鳥栖までは座っての移動。
新鳥栖で22:07発、多良行にて無事に久保田駅到着です。

自衛隊佐世保資料館を訪ねて

002 海上自衛隊佐世保資料館へ出掛けてきました。旧海軍佐世保水交社の跡地だったというこの場所。私は学生時代に、よくこの場所の隣りへ所用で来ていました。
 たぶん、月に一回くらいのペースで。
 30回くらいは。
 知らないことの怖さ。無関心の罪。


001 現在は高速道路の佐世保中央インターのすぐそばです。
学生時代、そして20代から30代は意識の欠如です。ここに旧海軍、佐世保鎮守府があったこと、40代になった今、学ぶべき指導者の一人として考える米内光政氏が司令長官として勤務された施設の一つが、この地であり、それを見過ごしていました。
 改めて大勢に流されることなく対米戦争へ一貫して反対した米内光政氏。そのお金の使い方と水雷艇「友鶴」の事故処理に当たる姿にも、学ぶべきことが詰まっています。
 
007 佐世保鎮守府後を振り返って考えると、30年前の文化祭頃に、吹奏楽部の演奏がそこで行われ、観に行ったような記憶があります。機会を設けて佐世保の町を改めて歩いてみたいと感じました。
 ちなみに佐世保鎮守府は、建設場所を佐賀県伊万里市と比較されたようです。当時寒村だった佐世保村が土地の安さが決め手となり、その後の発展を遂げることになりますが、その場所が伊万里に決まっていたら、どんな歴史が生まれたことでしょう。

公の木と書いて「松」

 人間よりも長い命を持つ樹木。先に生まれるから「先生」と呼びます。
自然は私たち人間の大先生なのです。その先生からのメッセージを「言の葉」と呼びます。言葉は人間同士の会話に使うものではなく、本来は自然から送られるメッセージのことです。樹木からのメッセージには「物事の本質」「家系」「指導力」があります。

036 我が家の庭に栄える松の木。数えてみたら18本もありました。
 そのうち3本は20年前に親戚からいただいたもので他に1本、弟が小学校に入学するときに取引先の大工の棟梁からいただいたものがあります。
 これだけの松の木、手入れも大変です。いつか切ってしまおうと考えていました。

 しかし4年前、氣の學問との出会いで、その考えが間違っていることに気づきました。

 ほんとうに大切なものは眼に見えない

「根本」という漢字があります。根は土の中で見えませんが、地上の木を支えています。物事の本質を知るなら、肉眼や知識の限界を超えないと真実を観ることが出来ないことを表しています。眼に見える部分は、上辺だけの世界です。そこで行われるとりとめのない議論を「枝葉末節」といいます。

 家族に置き換えるなら、祖霊は一家の「根」です。親が幹で、自分が「枝」。子供が葉で、将来の子孫が果実です。枝葉で騒いでも意味がありません。家系の繁栄は根である先祖供養抜きにはあり得ないのです。
 一人が生きている背景には親で二人、おじいさんとおばあさんで四人、江戸時代くらいまで(10代)さかのぼれば千人を超えます。現代よりもはるかに厳しい時代を生き抜いた祖霊のおかげで今の自分が存在しています。先祖が経験したどの時代より恵まれた現代、幾世代も命がけで守り抜いた先祖の「念い」や「願い」に叶った立派な生き方が、一家を支える家計への恩返し(供養)になるのです。

 戦後教育で私たちは、こうした先祖の思いに触れることができませんでした。
 しかし、1000年以上の時を超えて伝わる氣の學問に出会ったことで、両親からは伝えられない先祖の念いに気づくことができたのです。

松の木が表す意味 奉仕と信用を象徴する公(おおやけ)の木。

この地に移り住んだ先祖「飯盛房吉」が私たち子孫に残したメッセージです。

これまでも、自然に枯れることはありました。それもメッセージです。しかし、勝手に切ってはならないことを学びました。それを切ることが家系を切ることだということを。

防災を考える

 昨日は「防災の日」でした。各地で様々な訓練も実施されていたようです。
 ここで防災をテーマにしたのは防災をテクニックとして考えるためではありません。
「防災」という漢字から意味を考えてみたいのです。
 防災という漢字は「いをぐ」と書かれています。確かに、災害が発生した後、スムーズな対応が出来なければ人的被害が拡大します。しかし、素直に意味を考えれば、災害を起こさないことが防災なのです。災害を起こさないこと。

 堤防をつくることでしょうか?
 耐震住宅を作ることでしょうか?
 脱原発を進めることでしょうか?

想定外という言葉に象徴されるように、どれも間違いであることを學ぶ必要があります。

 20年前にこの世を去った司馬遼太郎氏は、子どもたちへ向けた作品「二十一世紀を生きる君たちへ」の中で
051 人間は、〜自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史のなかの人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身を慎んできた。
 その態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
 〜人間こそ、いちばんえらい存在だ。
という、思い上がった考えが頭をもたげた。二十世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といっていい。

と述べられています。そして、こうした考えの時代は、終わっていくにちがいないと。

 東日本大震災以降、人の心が変わりつつある一方、既製の利益を受けてきた人たちの思いを変えるには、まだ時間がかかりそうです。
 眼に見えないもの、神社をお参りする人も増えました。伊勢神宮をお参りする人の数が1000万人を超え、先人たちの行動に念いを寄せ靖国神社をお参りする人も、増えているようです。

 しかし「災害を防ぐ」ために必要なのは、身近な地域の神社を参拝し、自然に感謝し、この土地で暮らすことができることへの「感謝の祈り」をする人が増えていかなければならないのではないでしょうか?

 今から50年前。私の住む江利部落は世帯数が40戸程度の小さな集落でした。しかし、子どもたちは毎週日曜日の朝に神社に集まり、草むしり、掃き掃除、境内の拭き掃除を行っていました。夏休みをはじめ、様々な季節のお祭りごとに地域の人たちは、神社へ足を運んだものです。

 月日は流れ、4町合併により市役所が隣接した現在は、世帯数が200戸近くに増え、さらなる開発も予想されています。しかし、新しく転入された人に限らず、以前から住む人たちからも信仰心が失われ、神社の清掃はもちろん、お祭りに参加する人もわずかになってしまいました。

 宗教の自由を口実に、神社と関わらないのはこの世の価値観として認められています。しかし、地域を守護する毘沙門天をはじめ、土地の神様をお参りしないことは、自然に対する敬意を失い、共存共栄する日本の精神を否定するように感じます。
 住む場所を愛する人の割合が50%を割った今、この土地を自然災害から守る方法は、ありません。その現実と向き合う必要に迫られています。

二黒土星丙申

003 すっかりブログ更新がご無沙汰になって申し訳ございません。いろいろな経験がありすぎて、ブログを書く時間がない状況でございます。

 いよいよ明日は立春です。本当の意味で新しい年を迎えます。暦の上では2月4日18時46分ですから、佐賀では19分遅い、19時05分ということになります。
 二黒土星は補佐役として輝きを増します。今年三碧が勇気と行動力だったことに比べると、地味なイメージですがそれぞれの意味を踏まえて道を進めていきたいと考えております。

「老」のいなくなった村社会

「老」とは年寄り、年配者という意味ではありません。

 経験値が豊富である、という意味があります。それも、ちまたで起こる経験値や金儲けのことではありません。数百年の歴史を刻む自然からのメッセージを享ことからの経験値が豊富であるであることです。

 目の前に展開される人事自然の生態は、私たちへメッセージを届けています。学校や書籍を通さずに学ぶことの出来る教科書です。十干十二支を組み合わせる暦は、私たち人間の生涯学習として、還暦と呼ばれる60年周期の時間割を与えてくれています。
 大自然の講義は一日でも聞き漏らすと、同じ授業を受けられるのは60年後です。その授業をしっかりと身につけた人こそ「老」と呼ばれる人なのです。

040 昨日、地元の天満宮にあるご神木が切られていました。突然の出来事で驚いています。

 昔、家庭を支える大黒柱があったように、地域にも社会を支える大黒柱があります。家の内側にある大黒柱は天井と床の間に「生活の場」をつくる支柱として存在しますが、外側にある大黒柱は天と地の間「生命の場」をつくる支柱です。
 長い歴史の中でご神木や銘木として大切に扱われ、人々の生活を見守っています。風光明媚な日本の自然は「鎮守の森」が守っているのです。
 今、地域の樹を切ることに反対する「老」と呼ばれる重鎮が地域からいなくなっています。高齢化社会と呼ばれるように「老人」は増えても、経験値を元に自然と対話し、指導できる人がいないのです。神官や僧侶でも地鎮祭を依頼されて土地に問題があるからと
「ここに建ててはいけない」
と指導できる人がいなくなりました。天災により住まいを失う人、命を失う人は、ますます増えるのではないかと懸念されます。西洋から導入した拝金主義の思想が社会の根本を失わせているのです。
 
写真は2012年8月に天満宮の神殿が完成した時のご神木です。
027
 樹は家族関係を表してくれます。祖霊は一家の「根」です。親が「幹」で自分が「枝」、子が「葉」で将来の子孫が「果実」です。これを「生命の樹」といいます。地域のご神木を切ることは、葉を落とすことで子どもを傷つけ、枝を落とすことで自らを傷つけることになります。

 樹木を傷つけることで自然との調和を失い、社会の人間関係がゆがみ、歪んできたのかを今、考える必要があります。

佐賀市や小城市は信仰心が不足している?

 4月10日(金)の夕方、佐嘉神社へ足を運びました。この日から3日間、春の大祭・日峯さんが開催されているので、その様子を見に行きました。昼過ぎまで降っていた雨は上がったものの、県会議員選挙の期間中の影響でしょうか? 境内の人はまばらです。お正月初詣の賑わいを考えると、ちょっと寂しい感じでした。
 地域の人たちが、地元のお寺や神社のお祭りに集うことができなければ、どんなに行政がまちづくりにお金をかけても、また人に賑わいを生み出すためにイベント・フェスティバルを開催しても、自立した賑わいを取り戻すことは難しいのではないかと感じます。

 小城市は四つの町が合併して誕生しました。その北の方2町、小城町と三日月町は元々日蓮宗の檀家さんが多い町です。町の中心部、市民病院の北側には日蓮宗の九州本山(九州では一番格の高いお寺らしい)松尾山光勝寺があります。日蓮上人の月遅れ命日である11月12日、13日には御神輿と提灯行列がお題目を唱えながら当寺を目指して進みます。かつては町内はもとより県内各地や福岡県から列車などで駆けつけていただき、小城町中が賑わったものです。
 今、市民の多くがそのイベントのことを知りません。注目されているのは数日後に始まる、清水の滝周辺で開催される竹灯りまつりです。竹灯りが注目されることは良いことです。しかし、信仰心を失い続けては町の繁栄もないのではと危惧します。
 地方都市が再生する過程には、様々なイベントが町の伝統からなる信仰心と共存できることが、必要ではないかと感じています。

繁栄を続ける町に息づく信仰心

 人口減少が叫ばれ、安倍政権の政策テーマの一つに地方創生が掲げられています。しかし、税金でつくられた町の魅力が長い期間繁栄を続けるのかは疑問があります。地方都市が魅力を放つためには神社やお寺など伝統文化とそこに住む人たちの信仰心があって生み出されるのではないでしょうか。

088 伊勢神宮内宮のお膝元に並ぶ「おはらいまち」。この町の繁栄は行政がつくったものではなく、日本人の信仰心と地元の人々が「お伊勢さん」と言って愛するところから生まれています。一角のおかげ横丁は赤福によって江戸時代の街並みを復元されたものです。
 1970年代後半に20万人まで減少した参拝客を、1000万人を超えるまでに引き上げ地域を活性化できる信仰心。行政の力ではできないことを示す事例だと感じます。

 2012年3月に出会った日本の學問。この二年間で月一回以上東京に通い、学びを深めてまいりました。そして、各地の神社仏像に学び商業と信仰心の深いつながりを知ることが出来ました。今回の伊勢ツアーは私にとっての修了を兼ねた修學旅行です。

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 開山から1200年を迎え、世界が注目する和歌山県・高野山。


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 数え7年に一度のご開帳が行われ、700万人が訪れるのではないかと言われる
長野県・善光寺。

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 そして、あまり知られていませんが東京三越の本店にも神社はあります。

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 三越銀座店の屋上にも。

074 先日訪れた伊勢神宮では正宮をお参りした後に、企業からお参りに見えられている団体さんに遭遇しました。3列程度に並んで歩く皆さんに道を譲っていたものの、それはまるで貨物列車が走る様。切れ間なく、5分以上続きます。さすがに待ちくたびれて列を割り込むように横切りましたが、繁栄する企業にとって信仰心は欠くことのできない大切なものです。

戦後失われた日本人の信仰心と古事記を読むこと。
使えるお金が少ない日本を再生するために必要な要素だと考えています。

伊勢神宮巡礼のたびレポート

024 平成27年4月4日、學問を進める仲間達30人と伊勢神宮をお参りに行くことができました。平成19年の8月からはじめた私のお伊勢参りも、気づいたら今回が10回目です。当初は反省からスタートしたお参りですが、だんだんと探究心が湧いて、現地でガイドをお願いしたり、昨年は竹田恒泰先生と研究会の皆さん約200名でお参りする機会にも恵まれました。

037 前日の二見浦では小雨がふり、この日も天気予報はあまり良くない報道でした。しかし、みんなの思いが繋がったのか、飛行機雲がVサインをつくる青空に恵まれました。今回は義塾の先生とお参り、どんな気づきがあるのか楽しみにしておりました。


050 先生と他の方の違いは「1人でお参りに行ってもダメだよ、信仰の力が違うから」とおっしゃることです。また、他の案内される皆さんが伊勢を特別な場所として、説明なされることに対し、先生は日本人として信仰の対象とすべき所の一つとしてお話しいただくことです。
「神国と言いますが、人国とは言いません。神国では生活に密着した信仰心を身につけましょう。
 神国とは始めに神がありきです。後に神性を持った国民がいて、その国民を幸せにする政治を政といいます。神の叡智を「神話」と呼び、先祖の英知を「伝統」と呼びます。
 神なき国家に主権在民はありえません。己を空しくして天意、神意を自らの心として生きる信仰心の中に真の繁栄があります。」
と解説していただきました。そして、神国は日本だけではなく、(アメリカ合衆国以外の)歴史上繁栄をした全ての国が神国であり、神話があることを学ぶことが出来ました。

066 ただ気になるのは、塾生の中にもツアーで神宮の樹木に触れる方がいることです。一般の見物客にも多く見られ、中には樹に抱きつく人もいます。
 しかし、伊勢の案内人・濱口久孝さんは、こうおっしゃいました。
「神宮は神社一体が神域で、樹に触らなくてもパワーが溢れています」
「樹の下の方を竹のようなもので囲んだいる理由が分かりますか?」
「あれは、観光客の人たちが樹を触ることで、木が傷むので保護するために巻いているのです」
と。傷つけるつもりなどないことは分かっています。しかし今、日本を壊そうとする人たちがいます。
 京都奈良で国宝に油のようなものをかけられていることが報道されていました。學問を学び信仰心を持った私たちの行為を何も知らない人たちがまねると、その勢いは大変なものになります。昨年の神宮参拝者は1000万人を超えていますから、100人に1人が触ると一本の樹が、身も知らずの人から10万回も触られることになります。神宮のご神木を守るためにも改めて啓発していかなければならないと感じました。

青春18きっぷで日光まで往復

077 昨日は朝早く浅草橋を出発して、日光へ出掛けてきました。日光へ足を運ぶのはたぶん3回目。いつもは東武鉄道を使っていたので、初めてJR線経由で足を踏み入れました。もちろん「青春18きっぷ」ということで。

028
 東照宮にはまだ雪が残っています。


031 ここ東照宮は、私が政治姿勢の礎としている米内光政氏が、内閣総理大臣を辞職した翌月に訪れて、次の歌を詠んだとされています。

見るもよし 聞くもまたよし 世の中は
 いはぬが花と 猿はいうなり

寝たふりを  しても動くや 猫の耳

 三国同盟へと社会が流れそれを阻止しようとした当時と、情報によって左傾化された日本とそれを危惧する人々の対峙。
 国を代表する総理を辞職して間もない米内氏と知事を目指して選挙を戦い敗れた私。

043
 立場は大きく違っても、思いは同じ「日本の将来を危惧していること」でしょう。

048
「みざる きかざる いわざる」 を見て歌を詠んだ米内氏と、そこへは足を運ばず、
輪王寺で般若心経を唱えた私。

050
 迎えてくれた空の色はどちらも同じだったのでしょうか?

044
 ちなみにここは、スカイツリーと同じ高さの標高にあるそうです。

087
 滞在時間90分、日光を慌ただしく後にして宇都宮へ戻り「餃子丼」なるものをいただきました。650円です。



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 夕方の授業を前に烏山線へ。ハイブリッドディーゼル列車を見たくて計画したのですが、残念ながらそのエンジン音を楽しむことは出来ませんでした。
 しかし、行き違いの駅でその車両が入った時の静かさにはちょっと驚きました。現在、ここと小海線を走っていますので、機会を設けて乗車したいと考えています。

飛鳥の地を訪ねる

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東京から京都まで夜行高速バスで移動です。5600円ですから宿泊費程度と考えられるとても便利な乗り物ですね。この日は和歌山線に乗りたいな、と思っていたので京都駅で奈良線・桜井線・和歌山線・阪和線・大阪環状線・東海道線経由、新大阪から新幹線で博多までの切符を購入しました。最初の途中下車駅は宇治です。平等院まで足を伸ばしましたが、朝7時では開いてません。食事をするお店も開いてません。奈良へ移動します。

097
奈良駅で接続を見ると、桜井駅より先まで行く列車は1時間に1本と限られています。そこで、友人お薦めの畝傍駅(うねび)へと移動します。
ここで食事をしようと考えていたのですが、駅前にはこの時間に開いているお店などありません。

気を取り直して、八木西駅へ移動し、柏原神宮駅へ移動します。

柏原神宮で食事をすることを考えていたのですが、飛鳥へ向かう電車は30分に1本。ちょうど発車の5分前でしたのでそのまま飛鳥へと移動します。

036
飛鳥駅に降り立つと、お食事処の営業は11時半以降。結局、前の日の夜はパンを一切れ、この日は朝食抜きという、普段では考えられない偏食で過ごしてしまいました。

041
それにもかかわらず歩きます。

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飛鳥でどうしても立ち寄りたいのは天武天皇・持統天皇の御陵です。その他は、現地での思いつきで歩きます。

046
秋晴れの天気の中、空腹は忘れずに歩きます。気持ちいいです。

052
高松塚古墳を目指しました。吉野ヶ里遺跡と違って、田園風景の中を小さな古墳目指して歩くのも良いですね。

058
高松塚古墳資料館です。とてもこじんまりとしていてビックリしました。壁画の模造品が展示されています。

063
そしてお目当ての天武持統陵へ。

065
文献などで聞いたことはありましたが、両天皇のご功績に比べ、あまりに小さな御陵だったのでちょっとビックリです。

068
お参りさせていただくことと日本の国家をお築きいただいたことに感謝を申し上げます。
一時間半ほどの心地よい散策でした。

077
橿原神宮駅へ戻り昼食をとった後、橿原神宮を訪れます。

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広い境内

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あまりにも人が少ないのでビックリしました。
でも、お祭りの時などはとても賑わうのでしょうね。

この後、畝傍駅へ戻り和歌山線の旅を楽しみます。

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橋本駅で手に入れたマップを元に笠田駅で途中下車。近畿地方で一番という大楠を見に。

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そして、喫茶店でエネルギーチャージ。

和歌山市駅まで進めた後、羽衣駅までは南海の急行電車で移動し、車窓を楽しんで新大阪駅近くの宿に無事、収まりました。

山本五十六と靖国遊就館を訪ねる

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都心の暑さから離れたくて群馬県の水上温泉に宿を取りました。

010
川の流れをホテルの窓から眺めることの出来るお部屋は、窓を開けると天然クーラーです。ただし、水の音は騒がしいので夜中に何度か目を覚ましました。

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前日は越後湯沢駅でお酒の飲み比べを行った後、長岡へ向かい山本五十六の記念館を訪ねてきました。

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先の対米戦争で連合艦隊司令長官の職にあった山本五十六ですが、開戦前は米内光政、井上成美とともに海軍左派として日独伊三国同盟にも断固反対していたと言われています。

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3月に米内光政の生地を訪ねに盛岡へ向かった際に、長岡の友人と会うために宿泊したのがここ、長岡の三幸旅館。

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その旅館から100mほどしか離れていなかったにもかかわらず、当時は関心がなく訪れなかった山本五十六の生家。

110
この数ヶ月の間に理解を深めた視点で、山本五十六のことを感じることが出来ました。

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資料館があるところの地名が「坂の上」。
岩手を訪れた時にも、米内の住まい近く八幡神社当たりを「坂の上」と呼んだようです。
坂の上の雲に登場する「坂の上町」は確か愛媛県。

当時は全国的にこの地名が付けられたのでしょうか?


さて、この日は東京へ戻り靖国神社の遊就館を訪ねました。
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日本の様々な戦争を学ぶことが出来ると聞いていたのですが、壬申の乱についての資料を見ることが出来なかったのが心残りです。
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展示された様々な資料を見ながら、多くの皆さんが一つの資料館や考え方から先の大戦を学ぶのではなく、日本各地、様々な場所にある先人を偲ぶ資料館へ足を運び、それぞれの価値観で戦争を振り返ることが重要だと感じています。
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五十鈴川で禊ぎを体験しました

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今年2回目の伊勢神宮訪問最終日。

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早朝5時の赤福本店前。お店の前には人影がありません。

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普段は目にすることのない景色を見ることができました。

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いよいよ五十鈴川での禊ぎが始まります。

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前日の二見浦に比べて日差しがない分、寒く感じます。

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禊ぎを終えて宿へ戻る途中、まもなく6時になる頃に山影からお日様を見ることができました。やっぱり暖かいです。

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ちょっと怪しげな組み合わせ?

このあと朝食を終えて、内宮の正式参拝と神楽奉納を終えて、今回のツアーは終わりを迎えました。

二見浦で禊ぎして伊勢神宮を参拝

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二見浦の朝

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ホテルを5時に出発しましたので、日の出時刻は過ぎてしまいました。

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二見興玉神社でお祓いを受けます。

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いよいよ人生初の禊ぎを、ここ二見浦の浜で体験します。
水はやっぱり冷たいですが、5月の晴れた天気ですから海から浜に上がると暖かかったです。

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外宮参拝

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午後は伊勢125社巡り。松阪市にある神服織機殿(かんはとりはたどの)神社と同社内末社8社です。

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ちゃんと準備していないとどこに神様がいらっしゃるのか間違ってしまいます。

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続いて神麻続機殿(かんおみはたどの)神社と同社内末社8社です。

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竹田先生が事前にチェックされています。

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参加者の皆さんへご案内。

097
末社8社の内の4社。
こういう場所は、やはり案内して下さる方がいらっしゃると心強いです。

この後、宿舎に戻って2時間ほど講義を受けて、懇親会が開催されました。

翌日の禊ぎに影響しない程度に・・・。

竹田研究会の伊勢神宮ツアーに

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2012年12月から日本の歴史・神話について勉強させていただいてる竹田研究会。その竹田研究会で二見浦と五十鈴川で禊ぎをして、伊勢神宮をお参りするツアーが実施されるということで、今回5月23日から25日まで今年2回目の伊勢を訪れることになりました。

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ツアーでは新大阪からバスが組まれていますが、10時45分の集合に間に合うためには6時前の電車に乗らなければなりません。そこで今回も新幹線と近鉄特急を乗り継いで、現地にて合流するコースを選びました。

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伊勢市駅で下車して外宮方面へ。
でも、この日は外宮参拝は行いません。

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いつも立ち寄る食堂は変わらぬ景色。
しかし、この参道は来るたびに景色が変わっています。

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外宮前の赤福のお店。近鉄の「伊勢神宮参拝きっぷ」についている赤福をいただくために立ち寄りました。

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通常290円のセットです。

腹ごしらえを終えて、第2集合場所の徴古館へと向かいます。

この日は徴古館の見学、夕食、禊ぎの仕方についての研修と予定が組まれています。

米内光政氏の生地を訪ねて

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盛岡市へ来ました。
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第37代内閣総理大臣で最後の海軍大臣でもある盛岡市先人記念館を訪ねています。

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米内氏は戦後、玉音放送の全文を繰り返し模写したそうです。
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奥にかけられた「親和」の書。米内光政氏は私も学生時代に過ごした佐世保市に本店を持つ親和銀行の名付け親なのです。本物は親和銀行本店にかけられているとか。
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お話は前後してしまいますが、先人記念館は9時開館ですので、ホテルで朝食を済ませた後に、まずは盛岡八幡宮にある米内光政像を訪ねます。

八幡神社へ続く通りには
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米内が少年期を過ごした自宅がこちらにあったそうです。
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八幡神社の境内へ
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参道より、一つ右側の裏手にあった米内光政氏の像
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八幡宮から歩くこと15分ほど
米内氏のお墓がある円光寺へ
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第二次大戦中から日本の未来と国体維持を考え、終戦後の日本発展に思いをはせた米内氏へ、現代日本の危機を救うべく力を注ぐことを誓ってまいりました。

さて、盛岡駅前の「東や」でわんこそばに挑戦。
0312-51

112杯を食べて盛岡を後にしました。
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平成26年伊勢神宮参拝

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池袋22:40分発の高速バスで松阪駅前に着いて、
さらに7時25分の南紀特急バスで50分、瀧原宮に来ました。

063
伊勢の神様をまるで独り占めするかのような静寂に包まれた神宮の森。
正面から受ける光は神秘的です。

011
 JR滝原駅10時25分の普通列車で多気へ、
そこから参宮線で伊勢市駅へ、11時52分到着。
外宮への参拝です。
ここは、旧正宮。

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この中を、私が一人歩いて出てくる姿を、
観光客の皆さんはどのようにご覧いただいたのでしょう。

海軍大臣・米内光政大将に学ぶ

米内光政

37代内閣総理大臣(1940年1月16日〜同年7月22日)であり、最後の海軍大臣でもある米内光政氏。しかし、教科書で習うことのない同氏を知ったのはちょうど1年ほど前。
ある本を手にしたことで、私の祖母の弟がこの米内大臣の下で働いていたことを知ったのです。

無口だといわれる米内氏が、なぜ内閣総理大臣まで上り詰めたのか?
そこに興味があり、同氏が三碧木星であることから学ぶべきものがあると考え、
ただ今この本を手にしているのです。

とはいえ、厚くて文字がちっちゃいこの本。読み終わるのはいつになるでしょうか・・・。
頑張らねば。

一つ気になる記述が。満州事変後間もない頃に、同期の荒城二郎中将に送った書簡に
「大和民族は他を同化する先天的素質を持ってゐるということは、・・耳にもし自分も時々考えてみることであるが、事実は果たして如何か。東西両様の文明を統一融合して世界の平和を指導するのは、大和民族の使命であると威張るその意気は、至極結構だが、地上から足を浮かして雲をつかむやうなウヌボレと空元気では将来が思ひやられる」

80年前も今と同じようなことを考え、そのことを冷静にみる指導者とは。


大将にはそれ相応の識見を持っていなければならない。
人格でなる役ではない。

平穏な世に平穏なつき合いをしている分には、教養豊かで魅力に富んだ武将であっても、国の安危がかかってくるクリティカルな場面に、はっきりした見通しが持てず、横から下からの突き上げに合うとすぐ腰くだけになってしまうような和協円満の八方美人、支那学の素養だけの人格大将がいてくれては困る。

真の識見を持った大将とは明治期の山本権兵衛、大正の加藤友三郎、昭和の米内光政。(井上成美評)


戦いはしない方がいい、・・・。国の存立のためには立つ。国滅びるというのなら、国が独立を脅かされているときには、とにかく立つ。そのためには軍備というものが必要だ。国の生存を脅かされ、独立を脅かされた場合には立つ。その代わりに、見方をつくっておかなけりゃいけない。自分じゃ勝てない。正々道々の主張をするならば見方ができる、・・・。弱い国家を侵略してそれを征服して自分のものにしようとする者は、必ずほかの国の批判にあって、みそかの晩の金勘定の清算をさせられる時期が来る、と思う。軍備というものはいらないじゃないか、戦しないのなら___そういう意味じゃないですね。

今の日本、憲法9条の議論と絡めて一人ひとりが向き合う必要があると考えます。


ものの本にどうあろうと、力すなわち正義ではない。
日本の海軍は常時強い力を蓄えて正義の後ろ盾となるべきものであるけれども、此の力が正義そのものだと思ってはならない


人の使い方
人にはそれぞれの能力があるからね。物差しでいうと横幅が広いものもあるし、縦に長いものもある。物差しの具合をよく見て、その限度内で働いている間は、僕はほったらかしにしとくよ。ただ、能力の限界を超えて何かしそうになったら、気をつけてやらなくちゃいかん。その注意をしそこなって部下が間違いを起こした場合は、注意を怠った方が悪いんだから、こちらで責任を取らなくちゃあね。

土用の商業利用を考える

昨日は土用丑の日(二の丑)でした。江戸時代に平賀源内先生の考案により、土用丑の日にうなぎを食べる習慣は、すっかり日本の文化として定着しています。


そんな昨日、スーパーには
「夏の節分、恵方巻き・・・」
という売り込みの文字が!

確かに立秋の前日も節分ですし、大阪のある一部の地域行事で行われていた節分に恵方巻きを食べる習慣は、広く日本人に浸透してきています。
 

日本に伝わる風習を、ビジネスに活用する精神はさすが日本人、と尊重するところですが、一方でビジネスの妨げになる風習は省いていくことは、そろそろ改める時期に来ているのではないかと感じます。


本来、土用とは陰陽五行で木・火・土・金・水を「四季」に配当していく上で、配当する場所が無かった「土」を配当する場所としてそれぞれ季節の終わり18〜19日を出し合って設けたことにより出来た季節です。このために春夏秋冬、年に4回やってくるのです。


さて、この土用には
「土いじりをしてはならない」
という伝統があります。

しかし、現在の建築現場では
「土用に土いじりをしてはならない」
という風習を守られている会社を見かけることは非常に難しくなってきました。


土用に基礎工事を行わないとなると、大量生産で効率的な生産を行っている住宅会社にとって、自らの計画に不利益を被ると感じるためです。


しかし、皆さんは住宅の着工前に「地鎮祭」を行うことを進められるでしょう。

自らの都合上、不利益を生じる伝統は排除し、そうでないものやイベントに使えるものが残される現実。

ほとんどの人にとって、一生に一度の家づくりですから考えてみたいですね。




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おもいがつくり・育てる

「東京スカイツリーはタケノコと同じように雨が降ったからそこにたちましたか?それとも誰かが念ったから出来たのですか?」

この1年間、問いかけ続けて下さった先生がいらっしゃいます。

皆さんがこれから建てたいと思う住まい、これもあなたのおもいで出来上がります。」
このおもいは、漠然とした「マイホームが欲しい」ということよりも、「2階建ての4LDKのお家が欲しい」と念った方が、より現実的になりますし、インテリアのイメージを含めた絵(パース)や写真を示すことでより具体化され、良いものが出来上がるのです。


勝厳寺のイチョウの木 これは菩提寺の勝厳寺にあるイチョウの木です。







幹周りをよく見ると 時々幹の脇から新しい幹が出るらしく、それを切って処分されようとしていました。






天満宮にイチョウを移植する そこで、隣にある江利部落の天満宮境内にイチョウの大木が欲しいと思っている私は、切られた新しい幹を、副住職の大野英章君と一緒に天満宮の一角に接ぎ木してみる(立てただけ)ことにしました。





念いでイチョウを再生する 林業の知識も経験も無い2人ですが「境内に緑が欲しい、地域の人たちが集まるコミュニケーションの場になるようにしたい」との念いだけで、ほぼ毎日水をやり続けました。




翌日のイチョウ 毎日の水やりをすること1ヶ月。これまでに枯れずにいてくれたので、これから梅雨を迎えるので、水やりを止めてもなんとかなるのではないか、そんな淡い期待を持ち始めました。





2ヶ月後の天満宮 そして移植から2ヶ月がたったこの日、予想していなかった変化が見られました。







新芽が出ているイチョウ 移植直後には期待していなかった大きな幹。







新芽が出ている銀杏 なんと、新しい葉が出ているではありませんか?







もう一本のイチョウ まさに念いが木を再生した瞬間に写りました。







念いで「木」が再生することが分かりました。

家づくりのはじまりは、工務店探しでなければ、資金計画でもありません。

あなたの「マイホームが欲しい」という具体的なおもいです。

そのおもいを具体的に3Dにすることが大切です。

3Dにするお手伝いを出来るのが、私たち住まいづくりコンシェルジュであり、
インテリアコーディネーターの役割です。

文明は木を切ることで滅びる

 12月27日の佐賀新聞に「ご神木、不審な枯死」という記事で、巨木を薬剤注入により枯らして商品化しようという悪徳業者の問題を取り上げられている。今回の記事では、被害が愛知県以西の5県にある過疎地域に集中しており、高知県で5本、徳島県で3本、愛媛県で2本、ほかに愛知と和歌山で被害が出ているそうだ。
 樹齢300年以上のスギやヒノキの巨木に、深さ4cmほどの穴を開け養分を吸い上げる導管を通して木を枯らす薬剤が全体に行き渡るようにしているそうだ。

 先日、銘木店へお施主様と床柱を見に出掛けたときに、この話は耳にしていたが、こうした現実を新聞が取り上げてくれることで、早く対策が打てることに期待をしたい。
 現在、巨木を切るためには厳しい規制がある。それを無視するような行為は、戦後の林業がバブルに浮かれ、伝統的な山の姿を見失ってバブル崩壊を招いた現実に目を背ける行為ではないだろうか?
 並のスギ材、ヒノキ材の価値が急落する中、高級丸太への注目が集まるのは必然だろう。しかし、無計画な伐採は地域や国を滅ぼすことになりかねない。

 学校の歴史で「四大文明」というものを学んだ。エジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明である。しかし、これらの文明が何故滅んだのかは教えない。しかし、私たち建築や住まいに関わるもの、そして林業に関わるものは知っておく必要があるだろう。世界の文明は「木を切ること」で滅びていることを。

 日本が文明国家であり続けるためには、今回の記事に紹介されるような行為を、繰り返えさせてはならない。また、直接手をかけずとも環境を悪化させることなどで、家や神社のご神木が倒れることになってはならない。

 自然は「自らの先生である」という謙虚な姿勢が、家づくりには求められているのではないだろうか。



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福知山の元伊勢神宮へ行きました

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大人の修学旅行で、やり残したことがあったのでまずは東寺へ。
イチョウがとてもきれいです。

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新快速で尼崎へ抜け、川西池田〜宝塚〜柏原を通り福知山駅へ。さらに、KTR(北近畿タンゴ鉄道)で20分、大江山口内宮駅へ向かいます。
駅の名前にある「内宮」

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そうです。三重県伊勢市にある伊勢神宮と同じ、皇大神宮(ここは神社)があるのです。

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こんなに立派な神社です。

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ここには、全国の一之宮さんも祀られているとか。

夕方になったので、ゆっくりすることは出来ません。

タクシーも来ません。

車の通り自体少ないところです。

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内宮だけでなく外宮もあります。

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管理されている奥さんが電気を付けてくださったので、参拝することが出来ました。

でも、帰りの電車に乗るのが大変です。

走ります。でも、真っ暗で道が分かりません。

ホームは高架の上です。

必死で駆け上ります。

なんとか間に合いました。

無事に佐賀へ帰れます。

福知山から特急こうのとり。
新大阪で6分の乗り換え時間で「みずほ号」。
さらに博多駅7分の乗り換えで「かもめ号」。

タイトな行程でした。

日蓮宗総本山の身延山・久遠寺へ

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昨夜の新幹線で岡山へ出た後、サンライズ出雲で富士へ。
身延線に乗り換えて、ここ日蓮宗の総本山、身延山・久遠寺へ来ています。

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手前から見ると分からなかったのですが、すごく高いです。

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一段一段の蹴上げが半端ではありません。もも上げ(直角に膝を引き上げ)でないと上れません。

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72段、29段、30段、49段、32段、30段、38段、7段? あ〜数えるのも嫌になる、というより息が続きません。ちなみに手には旅行鞄を持っています。

それでも、無事に上り終えました。
なんと、左手にはケーブルカー?
そんな手法があるなんて、誰も教えてくれませんでしたけど・・・。

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ロープウェイで奥の院へ。

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富士山も望むことが出来ます。
いや、いい経験でした。

ロープウェイで下山した後の帰り道は、懲りずに身延の駅まで歩いて戻りました。

修業です(笑)。



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土用とは、うなぎの特売日なのか

 今年も夏の土用に入りました。土用といえば
「土用丑の日にうなぎを食べよう」
というのが、今や日本人の常識。これは、
「節分に恵方撒きを、恵方を向いて食べよう。」
と某コンビニがはじめた企画と同様、江戸時代に平賀源内が、夏場にうなぎの消費が落ち込むことに悩む商人のために考えたプロモーションだそうです。

 今年のうなぎは高い、という話はさておいて本来「土用」とは何を指すのでしょうか。

 古来、東洋では全てのものが「木・火・土・金・水」の5つの要素から出来ていると考えられていました。それを季節に当てはめると、
木は春
火は夏
金は秋
水は冬
と割り当てられたのです。ところが、「土」の場所がありません。そこで、各季節に割り当てられた約90日のうち、1/5の18〜19日を「土」の季節として供出してもらったのです。
 これが「土用」とよばれる期間で、今がまさに「夏の土用」なのです。

 そして、土用とは土の神様「土公神」さんを敬う必要がありますので、この期間は住宅建設において「基礎工事」をしてはいけないとされています。
 近代合理主義経済が全盛を極めた20世紀後半にこの思想は忘れ去られてしまいましたが、幸い佐賀県ではこの考えを大切に守り続ける業者さんもいらっしゃいます。

 これから長い期間、その土地と共に暮らす住まいづくりの第一歩は、そんな自然への敬意を払うところからはじめることも、あらためて見直す必要があるのではと感じています。



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 なお、どうしても土用期間に基礎工事をやらなければいけないという方には、「土用の間日」という神様が地上を離れられる日がありますのでこの日を選んで作業されてください。
 夏土用は「卯」「辰」「申」の日で、今年は7月22日、29日、30日、8月3日です。
 でも、本当はこの期間の作業は控えた方がいいそうですよ。

今日から春の土用です

 ある方から、
「現在の家づくりで土用という概念は世間一般では、気にされていないから話題にしない方が良い」
と助言を受けましたので、しばらく紹介することをやめていました。しかし先月、東日本大震災の経験地を訪問したときに、家づくりにおいて地球や自然への敬意を忘れるべきではないとあらためて感じ、あらためてこの話題も取り上げていきたいと感じました。

 土用という概念は近代合理主義社会の家づくりでは非常にやっかいなものです。季節ごとにやってくる18日間も土に関わる仕事(主に基礎工事)を中断しなければならず、1社が大量に建築現場を抱える現代ではビジネスの障害になってしまうのです。
 今回、弊社企画営業部の大野英章君が「土用」にスポットを当てて住まいづくりセミナーで話をしてくれました。

ポイントは2つです。
1.土用は土に触る人が「腐敗の気」にさらされること。
2.工事をしても施主に与える影響は「軽微」であること。

 ようするに、地鎮祭と異なりこれからそこに住み続けるお施主さんへの影響は、地鎮祭を行わないことによる弊害に比べてはるかに軽微であるとのことです。
 一方、そこで工事をする職人さんは「怪我・病気」といった影響が現れやすくなると言うことです。親方が職人の時代は「土用」を意識した仕事をしていても、経営者と職人が別のケースが多い現代では、触れたくない話題なのですね。

2010秋の土用入りです

住宅CMサービス佐賀

 今日から秋の土用に入ります。基本的に土いじりをしてはならないとされている土用ですが、考え方には工務店さんによる温度差があります。住宅CMサービスでは久留米市でも工事にかかりますが、土用には無関心です。そこで、佐賀県の人がこだわるのかなと思い、伊万里の工務店さんに聞いてみました。
「まったく、気にしない。」
との返事が返ってきました。どうやら佐賀地区の工務店さんのみが気にされているようです。
 そうとはいえ、豊かな家づくりを応援したいこのサイトでは、土用は原則として基礎工事をしない、ということで書かせていただきます。秋の土用は11月6日までです。7日から冬の季節となります。また、土公神さんが天上界での宴会のため、地上を留守にされている間日は10月24,26,28日と11月5日です。この日は土いじりをしても良いとされていますので、計画的なご利用を。






旧暦勉強会3

九星 今回の「暦の見方」セミナーで一番勉強したかったのが九星です。私は
運勢や相性を考えるときに空亡を使った統計学を参考にしています。
 一方、三夜待ち仲間にも僧侶がいるために、九星の占いはよく話題に上りますが、その仕組みが分かりません。だいたい、
「同級生の大半が三碧木星になってしまうのでは、相性など分かるはずないやろう。」
という気持ちからです。とはいえ、話を聞くと奥深いです。なぜ、その位置の九星が割り当てられたかは分かりませんが、相性を考える上で、五行の相生と相剋を用いて説明されるととても分かり易いです。また、「魔方陣」(元々の居場所)と「後天定位盤」(入る場所)の違いが分かったことは収穫でした。
十二支表に魔方陣の数字を付け加えています)

 今回の勉強会は暦を見るためのまさに基礎的な話題でした。しかし、日本のみならず、世界中の人々が自然を感じ、夜空を見上げて造り上げた暦の素晴らしさを実感しました。次回以降の勉強会では、今回学んだ基礎を活用し、生活(特に住まいには密接に関わると思われます)に取り入れる意味を学ぶことになりそうです。


 

旧暦勉強会2

暦の見方勉強会2 先週末、勝厳寺で行われました「旧暦を学ぼう」という勉強会。本で勉強するのと違い、大野君独特の口調、例えを用いますのでとても面白く分かり易いです。当ブログでも時々紹介しました、5行の関係や季節(四季)を五行に配当する意味など、暦に書かれていることを理解する基本が学べます。ただ、短時間での講習です。このあたりになってくると理解する早さに個人差が出てきます。
 建築で話題になる土用。これは四季を五行に割り当てたことから生まれたものです。

旧暦勉強会1

 14日午後、勝厳寺で行われました「旧暦を学ぼう」という勉強会に行ってきました。午後2時からみっちり4時間。業界関係者(お寺)の方の参加が約半数、10人ほどの勉強会でした。どんなことを教えるのだろうと興味心身。
暦の見方勉強会1 まず、陰陽について1時間、これは小中学校で習う理科・科学のようですが、学校では教えられない地球から見た宇宙の魅力という感じです。学校で理科が嫌いだったという方も、これを聞くと宇宙への興味が湧いてくるのではないかと思います。
 この後、「五行」「十干十二支」「九星」へと話題は続くのですが、1日4時間で学ぶには厳しい感じもします。個人的に五行と十干十二支を勉強してましたから、理解しやすかったけど始めて聞く方にはちょっとペースが速すぎる感じでした。とはいえ、住宅に携わる私たちにとってとても勉強しがいのあることだと思います。プログラムの見直しを提案して今後も続けてもらいたいと思いましたので、是非皆さん、次の機会は受講してみませんか?
 理科が嫌いになりかけたお子さんにもお薦めです。

旧暦を学ぼう

0204旧暦を学ぼう 住宅に関わる仕事に就いてますと、土用や方塞がりなど暦を活用する機会が多いと感じます。その暦について学ぶ機会がありますのでご紹介します。




日時 2月14日(土) 14時から(約4時間)
場所 勝厳寺(小城市三日月町樋口)
講師 大野英章(当ブログ情報表示顧問)
費用 5,000円

これまで知らなかった暦についていろいろ学べる機会です。
興味ある方、是非ご参加下さい。
申し込み・お問い合わせはこちらでも取り次ぎます。
  こちらから
  件名には「こよみ教室申し込み」
  本文に参加者の「お名前」「連絡先」をご記入下さい。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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