飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

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政策指針

事業所得倍増させることを目指す

事業所得の倍増を目指し、起業家の育成生涯現役の環境を整えます。

県の財政を安定させるためには、佐賀に住み佐賀で働く皆さんの所得を増やし、それによる税収を増やす必要があります。まずは事業所得を倍増させることを目指さなければなりません。そのためには企業を誘致することはもちろん、起業家を育成すること・ご自身の積み重ねた経歴・年齢に満足せず生涯現役で働く意欲を持てる環境を整備することを図っていきたいと考えます。

人間をつくるものはハードは食べ物、ソフトは教育です。学ぶことは子供だけの務めではありません。地球が自転しているように、私たちが住む世界も、ものすごいスピードで廻っています。時代に取り残されないように、私たちは勤勉である必要があります。

ところで皆さんは今、かつて学校で勉強したことが、どのくらい役に立っていますか?なかには大いに役立っている方もいらっしゃると存じますが、多くの皆さんは、仕事を始めて身につけたことの方が、はるかに役に立っているのではないのでしょうか?

大人でも子供でも楽しく、自分のためにお金を出して学びたくなる学問を提供し、皆さんの成長と社会の発展に貢献できる学びの環境を整備していくことが必要なのです。企業が増え起業家が増えることで、事業所得を倍増させたいのです。その結果、雇用も拡大し県の税収も増やすことができるのではないでしょうか?

現代社会では定年という概念が浸透していますが、これからの社会を維持していくためには、この概念を持ち続けていては成り立ちません。公務員やサラリーマンとして給料をもらい続けていては、新興国以上のサービスを提供することができません。

従来の概念にとらわれない新たな発想で事業を立ち上げ、所得が増加していく仕組みをつくる必要があります。その為には地球の環境を維持するための規制以外を、順次廃止して行政のスリム化を行い、新規事業の障壁になることをなくしていきます。

この取組を実現するためには、従来の「消費者保護」という言葉を用いた規制をなくすことも必要になります。皆さんには、自己責任という形でサービスと向き合う覚悟が求められますが、税負担を軽減し産業を発展させるためにもご理解いただきたいと考えております。

海外市場へ進出すること

企業の海外進出を後押しするということで、佐賀県では特に中国へ進出する企業を支援する活動がなされています。しかし、行政が行う支援として中国が適当なのか考え直す時期に来ているのではないでしょうか?

中国へ進出した企業のうち成功しているのは25%です。一方、アメリカ合衆国へ進出した場合の成功率は90%です。メディアの報道を見ていると、アメリカのマイナスイメージと中国の将来性を意識させられますが、それぞれの国家理念を冷静に考えて政策を打ち出す必要があると考えます。

中国は「一党独裁軍事国家」です。
アメリカは「自由経済国家」です。

企業から海外進出の相談を受けるなら、どちらを選ぶかは歴然とするはずです。経済発展の著しいイメージがある中国ですが、本当に力のある中国人はアメリカへ進出しています。どうしても中国人と取引したいなら、そんなアメリカへと飛び出すだけの実力がある中国人と行うべきではないかと感じています。

日本人を雇用し、アメリカへ進出しようとする企業を、県として支援できる体制をつくっていく必要があると考えています。

企業支援と同時に、学生が留学できるように支援する仕組みを整える必要があると考えています。

企業の税負担軽減

法人県民税を0に、法人事業税を減額することを目指します。

ただし、前年実績で県との取引が確認される企業はこの対象にはしません。税制度の改正は住民の皆さんの声に耳を傾けると共に、国との調整が最大の課題となります。

企業を誘致するためには、当初数年間の税金を免除して誘致するケースがこれまでよく見かけられました。しかし、新しくやってくる企業を優遇して、これまで地域のために雇用の場を確保してきた企業をこれに加えないことは疑問に感じます。

優遇政策を受けて進出した企業が、課税される時期になって存続し続ける保証は、産業の構造変化が激しい現在、どこにもありません。

新しいビジネスを起こすには勇気が必要です。新しい土地でビジネスを拡大するにも勇気が必要です。この勇気を持った人たちが佐賀で事業を行い、拡大してくれることが佐賀県民・皆さんのために雇用の場を確保してくれるために必要です。

共に地域の発展に力を注ぐ、パートナーを増やしていくためにも法人住民税を0円にすることを目指したいのです。

地域の産業を活発にするためには、企業の税負担を軽くする必要があります。日本から製造業が海外に流出している最大の要因は、厚生年金・健康保険などの社会保障の事業者負担が大きすぎることにあると感じています。本来、消費税を上げるときにこの負担額を軽減するべきだと思いますが、これは県で実現できることではありません。

そこで、雇用を確保する事業者の負担を少しでも軽くして、事業利益を確保し、その収益を株主や労働者に還元して、消費に回してもらえるようにするために、法人事業税の軽減を目指すのです。

地方公共団体が提供するサービスの受益者は、個人である場合が多いと感じています。その負担を企業に求めている現在の制度は、高齢化社会の実情には合っていません。法人事業税の軽減を図ることで、勤労世代の所得拡大を目指すと共に、60歳を過ぎても新しくビジネスを起こすなど、企業意欲を促し魅力ある社会の構築を目指すのです。

事業者の受益者負担という考えでは、各種手続きの費用引き上げということが適しているのではないかと感じております。

2013年6月30日の日経新聞社説で、法人税の引き下げについて言及されていました。現在復興増税分を合わせて法人実効税率は38%とされており、国際標準といわれる25〜30%より高い水準にあります。しかも政府の見解で「7割以上の赤字企業が法人税を払っていないのに、実効税率を引き下げても経済的な効果は乏しい」といわれるように、そのほとんどが一部の企業によって負担されているのです。

しかし、これから日本の再興を目指していくためには、こうした利益を上げる企業が国内に居続けることが重要なのです。それだけではなく、利益を出し雇用を生み出す企業が日本や佐賀に必要なのです。グローバルな時代、このままでは法人・大企業に厳しい日本から企業・経営者は誰もいなくなります。株式会社である以上、株主の利益を優先しなければならないところがあるためです。その魅力を増し、雇用を確保していくためにも法人税の引き下げは必要なのです。

法人税の引き下げに、東京や大阪など都市を優遇しようとする特区案があります。しかし、法人税の引き下げ特区こそ地方で実現する必要があるのではないでしょうか。特区構想では地方で起業したベンチャーでも、経費の高い東京へ移転を考えることになります。ブランド力を持つ東京本社で富を得るのは、地代・家賃を得ることができるオーナーさんばかりではないでしょうか?

国や地方公共団体のお金で仕事をすることなく、多くの人たちを雇用してくれる企業を佐賀に増やしていくためにも、県として法人事業税の減額、法人県民税の引き下げを目指さなければならないのです。

法人税の減税を行うと言うことは、その分の費用をどこかで穴埋めしなければなりません。その方法の一つが、各種事務手続きなどにかかる費用の値上げです。行政にかかる費用は受益者が負担し、必要のない行政組織は新たな時代のニーズに合う組織に変えていく必要があるのです。

諸費用の受益者負担を検討する

許可・審査にかかる費用は税金で広く県民に求めるのではなく、原則として事業当事者による受益者負担というに改めることが必要です。各種事務手続きなどにかかる費用の値上げです。これまで行政にかかる費用は住民サービスとして無料同然で実施されていました。しかし今のやり方では行政サービスを利用する人とそうでない人の、受益に対する不公平感は今後広がることになるでしょう。
「住民サービスを利用できなくなる」
と批判されると思いますが、過剰なサービスは民間企業の事業参入に対する足かせになりかねません。そもそも、財政赤字である自治体が、無制限に規律なく赤字を出し続けることができるわけではありません。徳政令を出すか、破綻するかの道を選ばなければならなくなるのです。

そうした事態を防ぐためにも、行政にかかる費用は受益者が負担し、必要のない行政組織は新たな時代のニーズに合う組織に変えていく必要があるのです。

この仕組みを実現することにより、県土の開発にも制限を設けたいと考えています。宅地取得の際にかかる不動産取引税の減額し、空き家が課題になっている市街地の土地利用を促進するための施策を打ち出し活用される街・活用される土地の割合を増やしていかなければなりません。空き家や町中の未利用宅地を流通しやすくする一方、宅地以外を新たに開発する場合には、それにかかる手続き費用を申請者にご負担いただくことで、農地を宅地化することが経済的に不合理であることを認識していただき、農村環境の維持にも効果を出せるように、制度を改めるべきだと考えています。

農地など宅地以外を工場や住宅地として開発する場合にかかる手続き費用を、原則として全額申請者負担とすることで安易な農地転用、山林の開発を防ぐことができ、自然環境の保護につなげるのです。


宅地以外を開発する場合にかかる手続き費用の申請者負担を目指します。

農地転用、森林の開発と行った自然環境を変える開発は、人口減少時代には極力避けなければなりません。しかし佐賀県内を回っていると水田や沼地を造成して住宅地として分譲されているところがあまりにも多いと感じます。一方で市街地には、空き家問題や空き店舗の対策に頭を悩まされています。

こうした開発行為を抑制するための方法として、従来は行政が負担している費用(人件費を含む)を開発行為により利益を得ようとする企業・個人の負担とするように仕組みを改めるのです。

開発の範囲を広げていくと、水道・下水道といった社会インフラを将来的に整備・維持・管理を行う範囲も広がります。市街地を拡大していくことで、こうした費用を増大させることは、行政のスリム化を目指す上でも、控えていく必要があります。

安に規制という形で制限するのではなく、開発者が費用対効果という視点で、事業を判断できる仕組み作りが重要だと感じています。開発によって増える行政コストも開発者が費用対効果の中に組み入れて事業化するのです。

2013年8月28日の佐賀新聞で「空き家対策」の論説が掲載されていました。佐賀県内の空き家は35,700戸で住宅全体の11.1%。そのうち「その他の住宅」と呼ばれる長期間住民が不在であったり取り壊し予定などに該当するものが17,600戸もあるそうです。

空き家を放置しておくことは自然倒壊や犯罪の温床になることに加え、台風や大雨などの自然災害が発生したときに、その被害を拡大する要因になりかねません。現在の税制では、家屋を撤去して更地にすると固定資産税が膨らむ要因になっているため、持ち主自らが解体することは少なくなっているようです。

固定資産税には法律で上限の基準があるために、自治体の判断でこれを引き上げることができませんが、解体に多額の費用がかかる現代、この現実を放置しておくことはできません。

国に働きかけて、現在1.4%の固定資産税の上限を「住民が住んでいない場合」の規定を設け、上限を2倍に引き上げることなどを働きかける必要があると考えています。これにより居住目的ではなく、相続などに関連した放置住宅を減らすことができ、納税が遅れた場合には自治体が権利を差し押さえ処分しやすくすることで、再開発への妨げも解消できると考えられます。

また、固定資産税の引き上げができない場合には、「まちづくりに関する税」を創設して、居住・管理がなされていない住宅への課税する仕組みをつくることも必要になると感じています。

土地を個人の資産と考えて保護する時代から、公共の財産として適切に管理活用できる社会をつくっていくことが、これからのまちづくりには欠かせないと考えています。

これからの時代、単に規制を設けスタンプラリーを行わせるのではなく
「従来のやり方(木を切ること、水田や畑を埋めること)には厳しく、それ以外の規制は簡素にする」
ということが、地域を発展させるための基本になると考えています。

世界の四大文明の消滅は木を切ることからはじまったという歴史の事実に学び、山林の開発と農地の転用は厳しく制限する必要があります。開発許可にかかる費用を全て事業計画者の負担とすることで、十分な効果の期待できない開発を制限することができるのではないでしょうか。

2012年9月、九州の新聞社7社が主催する九州創発塾で宮崎県を訪れる機会がありました。会場はシーガイア国際会議場です。司会者の方からは古事記が編纂されて1300年の年にあたるという切り口で宮崎の観光スポットが紹介されました。

2012年9月、九州の新聞社7社が主催する九州創発塾で宮崎県を訪れる機会がありました。会場はシーガイア国際会議場です。司会者の方からは古事記が編纂されて1300年の年にあたるという切り口で宮崎の観光スポットが紹介されました。 その古事記ゆかりの観光ポイントのひとつに、会場の国際会議場から徒歩で5分ほどの場所にある「江田神社」と「みそぎ池」があります。みそぎ池は伊邪那岐命が祓いをおこなった場所と伝えられいるそうで、あとで調べてみると、この場所で35柱もの神様がお生まれになっているようです。

そんな日本誕生に関わる場所・宮崎市一ツ葉地区には防風林として植樹されていたとはいえ、海岸部の松林を伐採してリゾート施設シーガイアが造られました。完成したのは1993年7月。振り返ってみるとバブル経済が崩壊し、日本の失われた**年がスタートしたのも、このときからではなかったのかと考えることができます。

地元佐賀県に目を遷すしますと、鏡山から見る唐津湾と美しい虹ノ松原、その手前には季節により色を変える田畑が広がっていたのもこの時期までではなかったでしょうか。大手ショッピングセンターが出来てその景色は一転し、唐津市中心部の賑わいも過去のものとなってしまいました。

日本を再生し、佐賀の魅力を守るため・再生するためにも、山林の開発、農地の転用に歯止めをかけることが重要です。

同時に、市街地を再生するプロジェクトは、制約になってる様々な規制・条件を見直し、街の魅力を高めるための支援を行う必要があると考えています。


林業の課題

みどりの日である2013年5月4日の佐賀新聞に特集で掲載されていしたが、佐賀県では2008年度から「森林環境税」を年間個人に500円、法人に1,000円〜40,000円課して「さがの森林(もり)再生事業」に取り組まれています。この仕組みと活動はとても大切なことで、今後も拡大していくべきだと考えています。

ただ、広報活動の中で林業における過去の反省的な記述が見当たらず、この部分を欠いた中での事業拡大は、いずれ同じ過ちを犯してしまうのでないかと危惧するところがあります。

戦前の林業は、時代劇の悪代官にも見られるように、とても大きな財をなすことのできる産業だったはずです。それが昭和40年代以降、急速に衰退していった主な理由には
1.輸入外材が安価で手に入るようになったこと
2.石炭・石油と燃料やエネルギーとなる資源として、木材(特に間伐材)が使われなくなったこと
が上げられています。この点は皆さんにも周知されており、ご理解頂いてることだと思います。ただ
「なぜ輸入外材が国内市場を席巻したのか」
を、ご存じの方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?

日本の林業では、長年「空気売り」という商いがまかり通っていたそうです。これは、たとえば
「12cm角の3m柱」
といえば、
0.12×0.12×3.0=0.0432㎥
の体積の商品をイメージされると思いますが、日本の林業では長さの3mは正しく確保されているものの、幅と厚みである部分の12cmは、最大部分の寸法が表示されており、丸みを帯びたり欠けたりした木材、さらにはまっすぐでない木材も含めて商品として売っていたために、実際の現場では使えないものが多数含まれていたのです。表示されている体積が商品としては不足しているのです。そんな日本の林業市場に、材質としては劣るものの「寸法が正確である」欧州からの商品が輸入されはじめ、規格化されたハウスメーカーを中心に積極的に利用されていくようになったのです。

東海地方や岡山県の一部の市場には、早い段階でこうした商慣行を改めるところもありましたが、国内の林業が正規の寸法を確保した商品を市場で流通させるようになったのは、品確法が施行される1990年代後半からなのです。こうした理由で、日本の林業が衰退していったにもかかわらず、自らの恥じるべき行為は反省せずに、山林を再生しなければ大変なことになると危機を呼びかけ税金を集める行為は、将来同じ過ちを繰り返す危険性をはらみます。

このことは林業に限らず農業の分野などでも、同じ危険性を持ち合わせています。

正しい報道がなされ、業界の姿勢も改められることを前提にすることで、県民のみなさんへご負担をお願いし続けることができると考えています。


ガソリン税を地方税に・軽油取引税を国税に

受益者負担の考えに沿う政策として実現したいことに揮発油税を地方税にすることがあります。現在の軽油取引税が地方税のままで、仮にその税率を自治体が上げたなら、多くの営業車両は別の自治体で給油するようになるでしょう。自治体が税率を下げると、その自治体へ給油する車両が増え、自治体同士の値下げ競争になりかねません。安い自治体から軽油を購入する動きを生むだけです。

しかし、揮発油税を負担する自動車は多くのみなさんが利用する「ガソリン車」です。あなたの住む自治体の税率が高いからといって、わざわざあなたはお隣の県へ給油をするために出掛けるでしょうか? 給油のたびに他の県へ足を運んでいては、そこへ移動するために必要以上の燃料を消費することになってしまいます。

揮発油税を地方税にすると、道路が欲しいという皆さんの声に応えるために税率を高くして道路を造ることができます。一方、道路はいらないという声が広がれば、道路を造ることを止めて税率を下げることもできます。受益者である「皆さんの声を反映した負担と政策が実現できる」のです。

国との交渉が必要になる内容ですが、地域の実情に合わせた政策を行うためにも実現したいテーマです。

中学卒業で採用する臨時職員

経済的に余裕がない人でも学ぶことができるように、県庁で中学卒業者を採用し、昼間は県職員として地域のために活動し、夜は定時制高校で自らのために学ぶことで、将来に活躍できる人材となることを支援していきます。さらに意欲のある人の中から、アメリカ合衆国への留学できる制度を設けます。

2013年8月28日の佐賀新聞28面において、佐賀県の世帯数は約20年前に比べて核家族が約2万5千世帯増加したことと、年間の離婚件数が当時に比べて1.5倍に増えているために一人親世帯も一万世帯以上増加していることが紹介されていました。

さらに、県内の生活保護や就学援助を受ける要保護、準要保護児童生徒数は2011年度に8千人で、全児童生徒数の10%以上を占め、その比率は20年前の3倍以上になったということです。子ども手当や高校の授業料無償化が行われてきましたが、こうした与えるだけの政策では社会の崩壊を招くことになりかねません。現実と向き合い、これまでは特別なケースとして対応してきた就学児童・生徒への助成を県としては廃止し、就業支援活動に力を入れていくべきだと考えています。

この20年、少子化が社会問題とされてきていましたが、これは問題の本質を隠しているのではないでしょうか?

問題は、少子化ではなく「仕事がないこと」です。たとえ子供を産み育てることができても、その子供が働いてお金を得ることができなければ、少子化が問題とされている課題は解決することができません。

これまで必要とされてきた労働力は確実にコンピュータやロボットに置き換わっています。単純な労働力なら、地球からいらないと言われているのです。

全ての人がいらないと言われないための生き方を身につけ、新しい仕事を創生していかなければなりません。バラマキ的な助成金制度は廃止し、生きる力を身につけていく仕組みをつくることが重要なのです。


これからは世界が協調して社会をつくっていかなければならない時代です。日本人の将来のリーダーが、20歳前後で世界の国々のリーダーが学び集う場所にいないことは、将来の日本にとってとても不利益を被ることになると考えられます。

佐賀県をリードし、日本の主張をしっかり述べることができ、国際平和のために活躍できる人材を育てるためにも、県が支援してアメリカ合衆国への留学生を実現させることが重要なのです。

2013年8月8日の佐賀新聞に
「高校生留学笛吹けど・・・ 内向き思考/重い費用負担」
として、昨年度海外留学をした高校生の数が19人だったことが紹介されていました。県教委は国際社会で活躍する人材を育てるために最大90万円の助成金を創設するなどし、年間50人を目標に取り組んでいるものの、思うように数を増やすことができずにいるようです。過去5年間を見ても3ヶ月〜1年に期間で留学した数は11〜19人で推移していると紹介されています。

そもそも「国際社会で活躍する人材」とはどのような人なのかがあいまいではないかと感じます。なりたい職業が明確にできない高校生に、国際社会で活躍できる人材といわれてピンと来るのでしょうか?

高校に入るときにはそこでやりたい目的があるはずです。いいかえれば、広く留学したい人を募るよりも、留学できる学校を絞って、そこに助成する方が留学する生徒にもビジョンが持ちやすいと感じます。

また、留学したい意欲はあっても、家計の都合で断念しなければならないケースもあるるでしょう。自己負担を設けずに、広く選抜する方法を設けることでこそ、国際社会で活躍できる人材を育てていくことができるのではないでしょうか。



若者が海外に留学する意味

20歳前後の多感な時期をいろんな考えを持つ世界中の人たちと共に過ごし、次の時代を担う仲間として学び生活することは、電話一本で戦争を防ぐことができる関係を築くことにつながります。

そんな学生をつくるには、高校生で一時的な留学をするのではなく、大学本学への留学にこそ意味を持つと感じます。20歳前後の4年間をアメリカの最高の大学、ハーバードやスタンフォードで学ばせることに、県としての資源を集中すべきなのです。

中学卒業者を期限付き職員として雇用し、働きながら定時制高校で3〜4年間学ばせ、家庭の収入に左右されることなく勤勉に励むことで能力を開発し、その中から意欲に溢れる人材をそれらの大学に留学させる仕組みをつくることができれば、その中から国際社会で活躍する、電話一本で戦争を止めることができる指導者を育てることができると考えています。

アメリカの大学に日本からの留学生が来なくなったことを、世界をリードしている方々が非常に心配されています。 幕末、佐賀藩がほかの藩に先駆けて西洋へ学びに行った成果が、遅れながらも明治維新の時に「薩長土肥」として名前を連ねることにつながったと考えると、改めて佐賀から世界を学びに行く学生を送り出す必要があると考えています。

その為には、既存の学びにとらわれることのない自由な発想ができる人を育てる必要があります。県に中学卒業の職員を採用し、昼間の業務と夜間の勉学に取組み、アメリカ合衆国へ留学する仕組みを設けます。


安倍晋三首相は6・3・3・4制の教育制度にまで踏み込んで教育改革を検討されています。一方で個人や自治体はこうした状況のなか、常にその状況や様子を傍観するだけで、積極的に行動してこなかったのが現実です。その結果、大学の国際的な評価が東京大学であっても30位台にとどまるなど、魅力のない環境をつくり出してしまいました。これは、春入学や語学の問題だけではありません。

この結果を真摯に受け止め、現実を変えていくためには国の結論を待つ時間がありません。県庁職員の採用を中学卒業者に門戸を広げ、その中で意欲のある職員に対し、アメリカ合衆国への留学を支援する仕組みをつくることで15歳で入庁した職員が10年後に世界を背負って活躍する姿が、私たちへの希望を与える姿に映ると信じております。経験を積んだ職員の中には、県庁職員としての業務を進める者ばかりでなく、退職してビジネスを創業する者がいるでしょう。個人が考えて行動できることが地域や日本、そして社会への貢献にもつながるのです。

現在の教育に対する不平・不満は沢山耳にします。ならば、義務教育を終えた子供達を、いつまでも同じ教育システムの中で育てることよりも、別の道を設けてあげる方が、より良い社会の構築につながるのではないでしょうか。

かつて吉田松蔭先生は、12歳で先生として人々の指導をされていたそうです。画一化された教育の中で、今の15歳に先生になることができる人がいるでしょうか?

人口減少社会においては10代後半の成長著しい時期を、利権に縛られた大人達の都合で無駄に過ごさせてはなりません。

多くの仲間達とふれあい議論する時間を確保するためにも、高等教育の機関は、一定数の生徒が在学していることが必要だと考えます。学校の生徒数を確保するためにも、県立高校の統廃合が必要になると感じています。

高等学校のありかたと配置の検討

時代に合うように学科と学校定員を見直していきます

中学卒業者の人数がピークを迎えた1988年から25年が過ぎ、その人数は約半分に減少しています。一方で、定時制クラスの学校こそ減少しているものの、1985年以降に私立高校が3校増えており高等学校の過剰感は否めません。今後の人口バランスを考えながら早めに再編に取り組む必要があると感じています。少子高齢化で2050年には人口が現在の6割に減少するともいわれています。そうした環境が変化する中でも、生徒が充実した時間を過ごせるように、学校を変えていく必要があります。


現在佐賀県では、2020年までに13の学校を6校に統合する再編計画案を、関係者からの意見を踏まえて修正し、7月の公表を目指して検討を重ねられていました。この素案では、合併予定として
伊万里商業と伊万里農林
佐賀農業と杵島商業、白石高校
神埼清明高校と神埼高校
唐津西高校と厳木高校
鹿島高校と鹿島実業
塩田工業と嬉野高校
が上げられています。かつての合併案では、高志館高校と牛津高校という案も出ていましたが、この案が何故消えて、現行の6案が進められようとしているのか、分かりやすい基準がありません。少子化による生徒数の減少に対応しなければならないことは理解されても、地域から学校が消えることや母校がなくなることは当事者の方としては、容易に受け入れられるものではないでしょう。そうした感情を超えて、分かりやすい判断基準を示されることが求められていると感じます。


「新たな生徒減少期に対応した佐賀県立高等学校再編整備実施計画」
再編計画概要書
再編計画書
( 2013年11月14日)


これからの高等学校のあり方を考えた時に、学校が商業高校、工業高校、農業高校というカテゴリーに分けられていることが現実的なのかを考えなければなりません。 21世紀の社会に必要な枠組みはどういうものかを検討する必要があります。


かつて合併候補に上げた牛津高校、昭和期には女子校だった同校が共学になった結果、学校の特色を出しにくくなっていることも合併候補に挙がる要因だと考えます。また、ほとんどの企業でコンピュータが導入されていることと事務系職員の高学歴化がすすむ中で、商業高校は独立して存続する意味があるのかを考えていく必要があるでしょう。


こうした点を踏まえて次の基準で佐賀県高等学校の再編を提案したいと考えています。

1.普通科の県立高等学校は県内10市に各1校設置し、人口が10万人を超えるごとにさらに1校追加する。郡部にある高等学校4校(三養基、白石、太良、唐津青翔)は廃止しない。

2.農業高校、工業高校は原則維持する。

3.商業高校および生活系学科の高校は、市立高校としての存続を各自治体で検討する。


この基準を元に考えていくと、普通科の学校として三養基、白石、太良、唐津青翔、鳥栖、神埼、小城、多久、武雄、鹿島、嬉野、伊万里の12校を維持することが決まります。続いて佐賀市では佐賀西、佐賀北、佐賀東、致遠館のうち1校を廃止することになります。唐津市では唐津東、唐津西、厳木のうち1校を廃止することになります。


農業高校と工業高校を原則維持する考えに基づき、高志館、佐賀農業、伊万里農林、唐津南の4校と鳥栖工業、佐賀工業、塩田工業、有田工業、唐津工業を維持することになります。


残りの学校(鳥栖商業、佐賀商業、杵島商業、伊万里商業、唐津商業、牛津、鹿島実業、神埼清明)については、

1.存続する学校との統合すること

2.市立の高等学校として運営をそれぞれの市にゆだね、施設、事務職員、専門教科教員及び校長をそれぞれの市が担当し、普通教科の教師のみ県から派遣する。希望があれば私立の運営も排除しない。

3.該当校同士の合併で意見が集約されれば、県立高校として維持する。


この考えにより、現在示されている県立高校の再編案に比べて効果は小さいものの、地域の実情と社会ニーズに合った学校の再編が出来ると考えます。学ぶ生徒にとって必要な環境を維持・構築するためには、それぞれ学校の定員を見直すことや統廃合も実施することになるなるでしょう。時代に即した學問を提供し、子供達に時を無駄にしない生き方を教えることも先輩としての務めではないのでしょうか。


タブレット端末による授業の問題


2014年度から全ての県立高校で、タブレット端末による授業が始められました。さらに端末を導入することで「購入するタブレット端末の自己負担額が、5万円と大きいことや授業中のダウンロードに想定外の時間がかかるなど、様々な問題も耳にします。


そもそも全ての学校に一律導入することが適当なのか疑問に感じます。確かにITの技術は日夜進化しておりそれに即応できる力は必要です。また、その技術を活用することで授業環境を整備できることも確かであると考えられます。 しかし、タブレット端末を導入することでは、これからの社会に必要な人材である心の良い人は育ちません。 また、せっかく端末が導入されても教職員の数を減らすこともできないでしょう。 先生達はこうした端末で授業を行うための対応に時間が取られて、生徒指導にかける時間が減少してしまうのではと危惧しなければなりません。 今回のような機材導入は、一律に導入することよりも学校ごとに分けて導入するべきではないのでしょうか。 進学が目的である普通科高校にはこの端末を一律導入すべきではありません。それは、大学卒業を最終目的とする新入学生達は、社会に出てこの端末を活用するまでに7年の時間を要します。その間の技術革新を考えると、社会に出るときまでこの端末を使い続けることができるとは考えられません。さらに、大学に進学した時点でそれぞれに適した端末の購入が再び求められることになります。 こうした理由から、個人の持ち物として5万円の費用負担をさせてまで購入する価値があるものには当たらないと考えることができます。 一方で、商業・工業・農業系の高等学校などの場合には、3年のうちに就職活動や起業活動を迎えますから、授業以外での活用できる機会に恵まれると考えることができます。家計への負担は大きいものの導入を進めるに値するものではないでしょうか。ただ、導入に当たっては家庭の負担を考慮し月々2千円程度の分割購入を検討できる様な仕組み作りも大切になると考えています。 いずれにしても、時のニーズに合う教育システムの確立が必要になると考えています。(この場合の時とは今ではなく、その人が社会に出るときです)

県立博物館・図書館を考える

県立博物館と図書館の老朽化への対応は今後、県が主導するインフラの整備・維持の象徴的なものになると考えています。

武雄市の新しい市立図書館が注目されるなど、図書館に求められるものは時代と共に変化しています。高齢化社会を迎えた今、人を迎え入れる図書館という考えにこだわらず、図書や資料を保管し、要望に対して図書館が移動することも検討していく必要があると感じています。従来の閲覧型の図書館は、それぞれの市町にゆだね、県立図書館は佐賀県に関する資料の保管・閲覧、貸し出しに特化した施設として運営できるものに整備していくべきではないでしょうか。

国の地方分権会議も再び道州制の実現へ向けて動き出しました。これまでの「県」という概念にとらわれて施設を整備することよりも、市町での充実を図る方が住民の皆さんの利便性を高めるでしょう。県が合併して州という単位になったときに「佐賀県」として後世に残しておかなければならない文献・資料が沢山あるでしょう。これを保管していけるための施設として、新しい図書館のあり方を考えていくべきだと考えます。

一方、耐震性の問題を抱え老朽化も進む県立博物館ですが、こちらは吉野ヶ里歴史公園に隣接する形での建設を提案します。

佐賀県のホームページによると、佐賀県のミュージアムは佐賀市城内にある「県立博物館・美術館」のほかに、同じく城内にある「佐賀城本丸歴史館」、有田町の「九州陶磁文化館」、武雄市の「宇宙科学館」、唐津市の「名護屋城博物館」があります。

それぞれ地域ごとに時代とコンセプトを持つ展示が行われていることを考え、さらに佐賀県の人口が県東部地区で増加傾向にあることなどから、この地域の人たちが気軽に県立のミュージアムを訪れることができるようにするためにも、吉野ヶ里歴史公園に併設して、古代を中心とした展示を行うことが良いのではと感じています。これにより、多くの県民の皆さんがいずれかの施設でイベントを楽しむことができるようになるのではと感じています。(将来的には唐津市中心部と鹿島市も考える必要はありますが)
・古代を学ぶ吉野ヶ里公園
・中世を学ぶ名護屋城
・江戸の文化を学ぶ有田町陶磁
・幕末・明治を学ぶ佐賀城本丸
・未来を創造する武雄市宇宙科学館
という形で、学びたい時代やコンセプトを元に、資料を展示することができるのではないかと感じています。

その時には、県立博物館の跡地をどうするかと言うことも考えておく必要があります。美術館を拡張することも考えたいのですが、佐賀大学が美術館を建設した今、佐賀県がその拡張に動くのは適当ではありません。

今の美術館は特別展示が開催される時の土日に、駐車場が常に満車になるなど不便を感じることがよくあります。また、駐車する1台当たりのスペースも狭く利用しにくいと感じます。

これを改善するためにも、博物館の跡地は城内公園の駐車場再整備などに活用することが有益ではないかと考えています。市内中心部に芝生の広い公園があることは防災の面からみても有効になります。

地方都市では、自家用車の利用を前提とした施設の必要性は、当面変わらないでしょう。市内中心部にある施設だからといって、駐車場の不便な施設を増やすべきではありません。利用者目線と将来の維持管理コストを考えた、施設の整備計画が必要になる感じています。

有明海の課題について

閉め切りから15年を越えた諫早湾干拓事業。この間に全面開門への行動をとらなかった行政のあり方は日本の悪しき仕組みの縮図といえるのではないでしょうか。さらに、問題解決を司法に判断をゆだねた結果、佐賀県も支持する有明海漁業者の訴えに福岡高裁が5年間の開門調査の実施を命じた判決を確定させたことに対し、長崎県も支持する諫早湾干拓農業者の開門差し止めの訴えに対し長崎地裁が開門差し止めの判決を下す、行政・司法を含めた泥仕合になってしまいました。

こうした悪しき仕組みの中で壊された環境をどう取り戻すのかは、そこに利害関係が生じない私たちが真剣に考えるべき重要な課題だと感じます。

孫子の兵法には
「人は死んだらよみがえらせることができないように 国も滅んだらよみがえらせることはできない」
とあります。同じように
「自然や農地もよみがえらせることはできない」
と感じます。だだし、奇跡を起こすことで自然をよみがえらせた事例はあります。

NHK・プロジェクトXで2001年3月に放送されたえりも岬に春を呼べにあるように、青い海を取り戻したいという人々の念いが一つになり、自然を復元させようとしたとき神仏の力で奇跡を起こすことができるのです。
NHKアーカイブス
プロジェクトX 一覧

諫早湾の堤防閉め切りの問題を言葉で「開門します」ということは簡単です。しかし、自然環境を元に戻す意欲が全ての人々にない中での開門は、自然を元に戻すことはできません。今の諫早湾干拓問題は、人々の欲望の中で議論が平行線をたどっています。こうした中で開門調査を行うことができても、有明海の豊かな海を元に戻すことはできないでしょう。

長崎県の人たちは、美しい海がそこにあることが当たり前のように考え、佐賀県の人たちは、耕作できる農地があるのは当たり前だと考えていることが平行線をたどる問題の要因としてあるのではとも感じるのです。

人々がもっと自然に敬意を払うようになり、有明海の美しい豊かな海を取り戻したいという気持ちが一つになったとき、諫早湾の潮受け堤防を開門する意義が生まれてくるのではないでしょうか。

有明海の再生事業は、20世紀の反省と21世紀への希望が重なったときに実現できる大事業になります。そんな大事業を人々の欲望と利害関係が渦巻く中で、スタートすることは困難です。自然を取り戻すためには、人々の啓発なしには取り組めません。

諫早湾干拓の遊水池には水鳥など新しい生態系が育まれています。開門すれば自然や有明海にとって全てうまくいくという時をすでに過ぎてしまっているのではないでしょうか。

この場所をどのような手法であれば地球が喜ぶ姿に変えられるのか。現地の漁業者とも議論を重ね、より良い結論を導き出す必要があります。 ここまで長引いた課題は、単純に「開門する・しない」の議論では片付けられないところへ来ています。

諫早湾干拓の問題ではネガティブな印象を与えている有明海ですが、一方では荒尾干潟が2012年に、ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)の指定湿地に登録されました。これに続こうと佐賀市でも東与賀海岸をラムサール条約指定湿地としての登録を目指す活動が始まっています。

有明海をラムサール条約の登録地にしようとする流れは、夢の最終章「世界の人々がその美しさを求め足を運ぶ県にする」ことに通じる、自然と人間の共存共栄の理想像だと感じています。

東与賀海岸が登録されれば、佐賀県内の有明海全体に指定地を拡大していくことも可能になるでしょう。そうなると、水産資源はもちろん、農産物を含めた食料品全般にその効果を波及させることも可能になります。

有明海で積み重ねた経験を生かすことで伊万里湾の干潟でも、同じような人と自然の共生活動を広げていくことが可能になるでしょう。

今は対立が強調される海・有明海。その本来の姿である「和」を取り戻すためにも、佐賀県の海が観光資源として世界に認められるように取り組んでいく必要があると考えています。

玄界灘の離島を考える

「神集島に橋を架けて欲しい」
とおっしゃる方の意見が2013年3月13日の 佐賀新聞の広場に掲載されていました。残念ながらこれからの時代、人口減少地域に新たに橋やトンネルといったインフラを整備するべきではありません。

過疎の問題は今のところ地方だけの問題です。しかしこれからは人口構成が変わます。日本の人口が減少する現実を受け止め、30年後に日本の人口が8000万人になることを見据えて社会を構築していく必要があります。佐賀県の人口は約85万人が50万人台になることを想定しなければならないのです。人口が減少していくことが分かっているから、農地や山林を宅地として開発することもすべきでありません。

神集島も人口が減ることを嘆くよりも島の美しい姿を維持できること、あるいは自然本来の姿に戻せることをを喜ぶべきではないのでしょうか。

日本中、どこに行っても同じ食べ物が食べられて、同じ番組が見られるという金太郎飴のような社会づくりは卒業するときです。予算が限られ人口が減少する社会の中で、人が住みやすい場所として整備すべき地域、人が食べるための作物を作る地域、動物たちが自然に育むことのできる地域など、県が行う事業にも地域による色分けが必要なのです。

橋や道路といったインフラの整備が難しい一方で、神集島を含め玄界灘に浮かぶ島々は、日本を支える意味で重要な役割を持っています。島外から漁業を営む若い人を迎える環境を整えることが重要なテーマではないのでしょうか。玄界灘に浮かぶ離島は、時に東アジアからの武装難民に備えなければなりません。自ら自立したコミュニティーの形成が必要なのです。

道路交通に対する取組

2020年の東京オリンピックが決定しました。東日本大震災の復興事業と合わせて、これから2019年までは、日本中で土木・建築現場における資材不足や人手不足が起こると予測されます。さらに人口減少が必然的な状況で、県が独自の新規事業を出すことは将来の維持費用を含めて財政と工事品質の両面に課題が生じるため控えるべきだと感じています。この間に急ぐべき課題は、高度成長期以降に整備されたインフラの再整備、つまりトンネルや橋・道路などの維持管理であります。維持を続けていくことが難しいところは、廃棄することを含めて検討する必要があります。当然、伊万里港から佐賀方面へ向かう道路や有明海湾岸道路、佐賀〜唐津道路など、地域ごとに強く要望される事業もあると思いますが、未着工部分の工事は一旦ストップして、2020年の東京オリンピックに政府が総力をかけられるように支援できる体制を整えるべきです。

オリンピック特需が終わった後の土木・建築業界には一転して、引き締めの圧力がかかるでしょう。佐賀県が実施すべきプロジェクト事業は、この時に実現できるように計画を遂行していく必要があります。その為にも県の財政に余裕を持たせていかなければなりません。

これからの時代は公共事業でも民間の開発でも木を切ること、農地を転用することには厳しく判断していく必要があります。一方で商業地・住宅地の再開発には地価を下げることに地権者が同意していただけるならば、積極的に費用を投じて将来につながる事業を進めていく必要があります。


新鳥栖駅の接続道路について

2011年3月に開業した九州新幹線と県内唯一の駅である新鳥栖駅。2014年3月のダイヤ改正で大阪直通の「さくら」が全て停車することに決まりました。この新鳥栖駅の利便性を向上させ九州を旅した皆さんが帰りの駅として利用していただくために、長崎自動車道山浦PAに大型バスが利用できるスマートインターを設けJR新鳥栖駅までの県道を整備しアクセスを向上させることを実現させたいものです。

九州新幹線新鳥栖駅の利用客は、JR九州の目標通りで推移し、関西直通列車の停車を増やすという希望のダイヤ改正が実現しました。一方で、駅前に観光バス用の駐車スペースがあるにもかかわらず、十分に利用されているとはいえません。

新鳥栖駅へのアクセスは現在、高速道路の鳥栖ICまで5km(約10分)と利便性の良い場所に位置していますが、アクセス道路である県道31号線・国道34号線は慢性的に渋滞しており、所要時間を担保することは難しいと感じています。

今後、関西方面からの修学旅行や観光客を誘致するには、博多駅と比較したときに交通渋滞に悩まされることなく行程を組むことができるということを、強くアピールしていく必要があると感じています。

そのためには、山浦PAに大型バスが利用できるスマートインターを設け、そこから直接新鳥栖駅へアクセスできる県道を整備し、高速道路から駅まで5分で確実に到着するようにインフラを整備する必要があるのです。

この道路を実現することで、旅行会社にはツアーの帰りに利用しやすい駅として売り込み、駅のお土産売り場などが、さらに賑わうように取り組む必要があります。山浦PAを実現することで、博多駅でも久留米駅でも実現できない、高速鉄道と高速道路の連携ができるようになると感じています。


女山トンネルについて

限られた予算の中で公共事業を行うには、地域をどのように発展させるかのデザインが必要になります。その上で、事業に優先順位を設ける必要があります。

港湾の整備においては、伊万里港を国際貨物の港として整備する一方、唐津港は一部の旅客のほかは漁業が中心であるべきだと感じています。

それに合わせて唐津伊万里道路の整備を急ぐ一方、県道25号女山峠のトンネル事業は、一時凍結することを考えるべきです。事業を進めることで需要を生み出すのではなく、需要があるから事業を行わなければなりません。その意味では、現在の予算規模で工事を行うのは、適当でないと感じています。

女山トンネルはまもなく工事着工という段階にまで話が進み、議論の余地がないのかもしれません。しかし、判断を行う機会に恵まれるのであれば、現在女山峠を通行するトラックの実態調査を行う必要があると考えています。

これは通行量の調査ではありません。どこからどこへ移動しているトラックなのかということです。実態調査を行った結果、伊万里〜多久・小城を結ぶトラックが多数を占めているのであれば、これまでの流れを受けて女山トンネルを着工する必要があります。一方で、通行車両が多久インターチェンジへ向かうものであったり、福岡県大川市方面へ向かう車であるのなら、別の対応策を準備する必要があります。

伊万里から福岡方面へは西九州道路の整備が進んでいます。現在北波多まで伸びているこのルートが伊万里まで延伸したときに現在の女山峠の通行量が、同じ程度見込めるのでしょうか。西九州道路が佐世保・佐々から平戸口方面へと延伸されたとき、これに伴う影響はどうなのでしょうか。限られた予算の中で、有料道路を利用する車とそうでない車が別々のルートを走るために道路を整備するということは、予算が限られてくる時代に行うべきではありません。

また、女山峠を通行するトラックが、大川市方面へ向かうのであれば、こちらのトンネルを整備するよりも鹿路峠を越える国道498号線から武雄市北方町大崎へ抜けて、国道34号線江北町へのルート整備を実現することが重要だと考えています。特に国道34号線の江北町から武雄北方インター間は、片側1車線のため慢性的な渋滞が続いています。これは長崎自動車道高速道路が開通して25年が経つ今でも継続しているにもかかわらず、いまだに対策が行われていません。2013年春に開業した県道江北〜芦刈線や有明海沿岸道路とリンクしていくためにも、女山トンネルの実現より国道34号線・498号線の拡幅工事に取り組むべきだと考えています。さらに、国道34号線は現在JR佐世保線と並行して走っており、10年後には佐世保線が長崎新幹線の一部区間となるため、列車本数が倍増することが計画されています。国道だから県の管轄ではないという考えでは、県民生活により大きな障害を生み出すことになります。

大きな視点に立った需要見込みを立て、限られた予算の中で暮らしやすい環境をつくることが重要ではないかと感じています。


交通の取り締まりについて

現代社会を自動車で走っていると、社会を象徴するように規制の標識が溢れています。本来の規制・取り締まりのあり方は、何か起きたときのためや起こらないために行うではなく、社会が円滑に回るために行うことが必要だと感じています。制限速度を40km、50kmといたずらに規制するのではなく、本当に減速しないと危険な箇所は30km以下で速度規制を行った上で取り締まりを強化する一方、それ以外の箇所では法定速度60km/hでの制限のみにとどめるべきです。道路に立つ標識を減らすことによる景観美化ができるのです。

交通違反の取り締まりは、小さなスピード違反よりも一旦停止や信号無視など、交差点事故の防止に重点を移すべきだと感じています。当然、自動車ばかりでなく自転車や歩行者も対象になります。

騒音や排ガスに関する規制や取り締まりは、環境が重視されるこれからの社会では、重要な意味を持つと感じています。

佐賀空港は貨物輸送に活路を見いだすべき

7月にオスプレイの話題が上った今、この問題をここに掲載すべきではないのかもしれません。
しかし、これまでの佐賀空港が抱えていた問題はきちんと提起し、オスプレイの話題は沖縄県知事選が終わる11月まで静観したいと考えています。
(基本的なスタンスはこちら)
 佐賀空港にオスプレイが来る!
 佐賀空港が軍民共用にはなりえない


2013年7月28日に開港15年を迎えた佐賀空港。開港前の計画では、10年後の利用者が年間81万人と想定していたものの、現在の利用者は30万人前後にとどまっています。確かに、航空運賃の自由化など航空業界を取り巻く環境が大きく代わったとはいえ、当時の指導者に時代を見る目がなかったと言わざるを得ません。

そんな佐賀空港の利用促進策などに当てられている県の支出は2億9千万円で、開港から2011年度までの累計で42億円に上るようです。さらに2013年には9億円をかけて国際線のLCC航空を誘致するのための国際線専用の施設を建設しています。

開業計画と実績にこれほど大きな誤算を生んだ施設に対し、新たな数値目標を定めずに投資を行うことは疑問に感じます。県民の半数が佐賀空港よりも福岡空港や長崎空港までのアクセス時間が短いという環境の中で、旅客を中心とした施設が本当に必要なのか、あらためて検討する必要があるのではないでしょうか。

LCCの効果は、運行を始めて2年後には検証できるでしょう。それでも利用に改善が見られないのであれば、旅客中心の利用を改めることを検討すべきではないでしょうか。

中国春秋航空の日本法人・春秋航空日本が、2014年5月に佐賀〜成田路線を1日2往復で開設されることが決まりました。佐賀〜上海線を週3便運行する春秋航空に佐賀県が路線開設を働きかけていた成果であり、今後同社が求める運行に関する支援がどのようなものになるか注意しておく必要はあるものの、空港利用の選択肢が広がるという意味では良かったと感じています。

都心へのアクセスが良い全日空の羽田便に比べて、成田空港へのアクセスはビジネスとしては利用しにくい面があります。しかし、グローバルな時代を迎える中で、海外への出張・旅行を計画する場合に、佐賀空港から成田空港へアクセスできることは乗り換えの面で非常に便利になると考えられます。

ただ、全日空への支援とのバランスを考えれば、着陸料や駐機料の減免を超えた支援を行うべきではないと考えていますので、今後の動向には注目したいところです。

路線が拡充するといっても運航に公的支援を行っている以上、佐賀からの利用客が増えることよりも、佐賀への利用客を増やし、佐賀へのビジネス客、観光客を増やさなければなりません。西鉄バスが、佐賀空港から福岡への高速バス運行を決めましたが、空港だけの利用になるのであれば、本来の目的から外れてしまいます。


佐賀空港の利便性という面では無料駐車場のあり方も検討する必要があると感じています。春秋航空・佐賀〜成田の運航に併せて佐賀県は空港利用者の増加を見込み800台収容の駐車場を増設する予定です。無料駐車場をアピールしてきた佐賀空港ですから、需要が伸びれば駐車場がこれまで以上に必要になることは仕方ありません。しかし、駐車場の増設が必要な中でターミナルビルに近い第1駐車場(431台)を無料のままにしておくことには疑問があります。第1駐車場の無料は、空港への送迎や飲食を目的とする利用者に対し2〜3時間と時間を区切って認めることは良いのですが、それ以上の時間を過ごす方や宿泊を伴う利用者が、玄関口を占有できることには疑問を持ちます。今回の増設計画では、工事のための調査・設計費だけで3000万円の予算案が県議会に提出されています。

参考にすべき駐車料金の仕組みが2011年に開業した新鳥栖駅前の駐車場にあります。入口すぐの場所が
 30分〜1時間100円
  1〜3時間 300円  
  3〜6時間 600円
  6〜24時間1000円
以後1日ごとに1000円
で設定されていることに対し、道路や線路の向こう側の駐車場は
 40分まで無料 
 40分〜24時間 100円  
 以後1日ごとに 100円
となっています。佐賀空港でも今回の増設に合わせて、少なくとも第1駐車場は有料化すべきだと感じています。また増設する部分が無料駐車場であることを考えると、立体駐車場ではなく少し離れても県有地の活用が望ましいのではないでしょうか。

ますます活発になりそうなLCC航空の発着と企業支援ですが、限られた予算の中で、どこまでを許容できるのかも考えていかなければなりません。
そもそも空港維持のために行う支援が本当に適当なのでしょうか?

新しくソウルとの間に開設しようとされているLCC航空会社へは、着陸料の免除など年間1億5000万円が予定されています。これは中国春秋航空と同程度ということでした。もし、この費用を支援するだけで中国や韓国からの利用客を獲得でき、その人達が佐賀県に宿泊して佐賀県で企業活動をし、佐賀県に納税する人たちがその恩恵にあやかれているのであれば、この支援に理解をすることができます。

しかしLCCを誘致した上に、その航空会社の利用を促進するために県民や県内企業にPRする費用や時間をかけているのであれば、外国の特定企業に利益誘導することにつながりかねません。

企業と行政のつきあう距離には難しいところがあります。

飛行機の就航に便利を計り、それを利用するお客様を集めることにも尽力するのであれば、計画そのものに無理があります。目先の利用率向上に力を注ぐのではなく、海外から「佐賀のここに行きたい」という魅力的なものを発掘し、PRしていくことにこそお金を使う必要があるのではないでしょうか。

県外・国外の人々に伝えるべき魅力を秘めているのが佐賀県です。航空会社に使う1億5000万円は、支援が終わると観光客の足もそこでとまるでしょう。しかし、魅力を創造し世界に向けてアピールする活動は、その時だけに留まるお金ではないと感じます。開港以来利用率が低迷している佐賀空港。これは開港の時期と同じ頃から、航空業界の価格競争が激しくなったことが要因に上げられ、福岡空港の条件と価格・運航ダイヤのいずれを比較しても、その差が歴然としている現状では、公費を使って空港を維持しているのが現実ではないでしょうか。

佐賀空港はお盆やお正月の帰省にはメリットがありますが、駐車場の無料化など、本来収益として考えていた部分まで無料化している現状では、経営が全くうまくいっていないことになります。

LLC航空の国際線に期待が寄せられていますが、春秋航空の利用率が日中の政治問題で低迷するなど、描いたとおりには行きません。新しく韓国のジンエアーとソウル線を開設しようとしましたが、こちらは長崎に奪われました。代わりにティーウェイ航空が就航するようですが、これから企業が海外進出のする後押しをするための飛行機なら、シンガポールや東南アジア諸国、成田経由のアメリカ西海岸やロシア・ハバロフスク、ウラジオストクへのルートを創設することが重要だと感じます。

春秋航空を支援する際にも多額の公費が使われていますが、その飛行機で佐賀に降りた中国人ツアー客を、佐賀県での滞在時間より長く熊本・福岡・長崎を案内するツアーに公費で支援することがそもそも適当なのか考える必要があります。北朝鮮の動向が不透明な中、ソウルとのLLC運行に県が助成することが適正なのかにも疑問があります。

国内線に目を向けると、行政が多額のPR費用を負担して東京線の維持・拡大を目指している現状は、本来安価で利用できる福岡〜東京線を使わないことにつながり、経費の無駄遣いではないのかということも考えなければなりません。公開されている佐賀空港に対する収支のみでなく、県や市町の職員が出張などの時に、福岡空港を利用することで削減できたであろう経費が、佐賀空港を利用することで高くなったという数値など、検討すべき点も多いと感じています。

さらに2022年には長崎新幹線が開業します。空港関係に使うことのできる予算は今後縮小しなければならないことは、明らかです。

LCCやほかの航空会社に支払う助成制度の中で注視すべきことは、佐賀へどのくらいのお客様を運んできたかという実績です。単に搭乗率や利用客数をみるのではなく、佐賀に空港があることで、「ほかの地域からどのくらいのお客様を佐賀空港に向かえ、佐賀の宿泊施設や飲食店でお金を使っていただけたのか」という点が、空港への助成制度でもっとも評価されるべきポイントだと考えています。

2013年6月19日の参議院本会議で国や自治体が管理する空港の運営権売却を認める民活空港運営法が可決成立しました。日経新聞では運営権が見込まれる主な空港(10箇所)を地図で示し、佐賀空港もその一つに上げられています。

1時間に1本以上の東京行き飛行機が発着し、佐賀市や唐津市といった県民の約半数が、自動車を利用すると1時間でアクセスできる利便性の良い福岡空港と共存するために毎年多額の税金が投入され、さらに長崎新幹線開業に合わせて関西方面への新幹線直通運転が実現することになれば、これまで以上に厳しい運営が予想される佐賀空港です。

これからは民間活力を導入することにより、従来のビジネス・観光という枠を越えた空港の可能性を追求することで未来を切り開いていくことが必要だと感じています。

熱気球というスカイスポーツの盛んな佐賀の空を有効に利用していくためには、それぞれの団体との調整も必要になるかとおもいますが、恵まれた環境だからこそ実現できる空の活用法に期待を膨らませることができないでしょうか。

様々な厳しい条件と向き合いながら、将来に活路を見いだすならば、2000年代半ばに比較的うまくいっていた、夜間貨物便の運行に活路を見いだすべきではないでしょうか?

羽田空港の拡張により減便された影響で、そのメリットを耳にすることが少なくなりましたが、今後も旅客需要の拡大が予測される福岡空港に変わり、貨物に力を入れることで空港の魅力をアピールすることは可能でしょう。

佐賀空港にアクセスするための有明海湾岸道路が順次整備されています。九州道みやま柳川インターから国道443号バイパス、湾岸道路を経由して佐賀空港へアクセスすれば、物流拠点の鳥栖から1時間以内を確保できるでしょう。

さらに、鳥栖市の物流能力が飽和状況を迎えつつある中、福岡県のみやま市付近や大川市がその機能を分散していけば、佐賀空港に貨物のニーズは今まで以上に高まると期待できます。

佐賀の農産品を素早く運ぶ事のできる空港だけでなく、九州の部品を関西、中部、東京に、そして海外からの製品を物流へという加工物流の拠点として整備することが重要になると考えています。

佐賀の発展のみではなく、ほかの地域との共存共栄が佐賀空港を生かす鍵になります。

株式会社が農地を所有することは認められない

TPP加盟への賛否で揺れる現在「農業を強くするために」という言葉の下、株式会社が農地取得を行うことを認めようとする強い動きがあります。しかし、株式会社が農地を取得することは外国人が日本の農地を持つことを認めることになり食料安全保障の観点から非常に危惧すべき事だと感じています。このことを防ぐために佐賀県の農地および山林を法人および外国人に売買・譲渡することを制限する条例の制定などを行う必要があります。

株式会社が持つことのできる農地への権利は「耕作権」までにとどめ、所有権を持つことを認めるべきではありません。所有権を認めると日本人の食が将来、さらなる危険にさらされます。そもそも食糧の自給率を金額ベースで比較するなど無意味なことを行ってはならないのです。日本の農業を強くするための株式会社参入なら耕作権を長期契約(20〜30年)で取得することができるようにすれば十分です。

安倍政権は基本的にTPP参加へ前向きな姿勢をとっているように感じます。これに対し県やJAをはじめとする各種団体が、TPP参加に対する懸念を表明しています。しかし、TPPの問題はこれらの団体が主張する農業の問題ではなく、ISD条項をはじめとする、日本のメディアがほとんど話題にしないところにあるのではないかと考えられます。貿易立国であり自国を守るための軍隊を持たない日本は、自由貿易を否定して国際社会で存在感を示すことは難しいと考えられます。TPPの問題の賛否と自由貿易の賛否は別々に考えるべきなのです。その上で今は賛成・反対を主張するのではなく、加盟後に起こる混乱を想定し、農業にできる限りの対策を講じるべきです。「私がもっとも危惧するのはTPP加盟後、日本の耕作地が失われることです。そして、食に関する正しい情報を国民の皆さんに伝えることにも制約がかけられるのではないかということにTPP参加の課題を感じています。」
一旦失われた農地はもはや取り返すことはできません。

TPPへの参加で、日本の食事情は大きく変わらざるを得なくなります。米だけは聖域という時代は終わりました。1kg1ドルのお米が市場に出回ることが想定されるでしょう。その時、一時的に日本の米作りは大きな打撃を受けるのは想像に難くありません。しかし、長期にわたり安い米が日本市場に供給されるとは限りません。今、カリフォルニアでは水不足が問題になっています。地球規模での環境の変化は、食糧の安定供給へも近い将来問題を起こすかもしれません。

その前に日本の農家がやる気を失い、農業に見切りを付け農耕地を放棄し、無秩序に他用途転用すると日本の農業は根本から崩壊します。それでも私たちはこの美しい農地を失ってはなりません。今、佐賀県が進めている「耕作放棄地をメガソーラーに」という考えなどもってのほかです。食料を外国に依存した私たちは、独立国家として二度と自立できない事態となるでしょう。

貿易立国で資源の乏しい日本農業の課題は、「日本の消費者が必要としていないコメに補助金を出して作り続けていること」にあります。コメの輸入自由化反対を叫ぶ前に、日本人がお米を食べる文化を失わせている要因は何か、そのことを考えて改めていく必要があります。

人のハードは食べ物・ソフトは教育

日本人は本来、お米をお腹いっぱい食べることにあこがれていた民族であり「日本人の身体は玄米だけを食べると健康でいられる」とも言われています。漢字の「和」という文字には「人と人が仲良くしなさい」という意味のほかにの「稲穂を口にする」という意味があります。その倭の国でお米を食べることを止めている人たち(1970年より前の日本人のコメ消費量は一人当たり年間120kg、つまり1日2合以上食べていない人はお米を食べることを止めつつある)が、日本の農業を守るためにTPP反対と言っても力強さがないのです。コメの価格を維持するためには「お米を食べる日本人を増やす」のか、「お米を食べる人を求めて海外に輸出する」のか、いずれかの方法を取らなければなりません。

日本の農業の基本がコメと考えるのなら、自由貿易を推進して海外に輸出することも考えていくべきではないのでしょうか?

TPP対策と称して農業の大規模化の流れが加速しつつありますが、日本の農業がアメリカやオーストラリアと同じ土俵に上ろうとしても、競争できる環境にはありません。TPPに参加することが問題ではなく、その対策を打つことで農業が疲弊することが問題だと感じています。

1993年の冷夏大凶作の後にコメの輸入が始まりました。日本の農業はその後、大きな打撃を受けましたが、冷静に振り返るとコメを輸入したことよりも、その後に行われた輸入対策事業により農村のコミュニティーが失われたことに問題があるのではないでしょうか。2013年6月、私はJAさがの一総代として総代会に参加しました。総代会の名簿には私の住む地区24名の名前が掲載されています。しかし現在農業を営む方は5名しかいません。稲作を行う4名で生産組合を運営しています。これは、前の自民党政権時代に農業の大規模化を目指した集落営農の制度化により、ほとんどの農家が米作りをあきらめた結果です。

地域の水環境を守るために十分な税金をかけられる時代は終わりました。防災の面でも国や地方自治体が直接事業を行える範囲は限られています。地域の安全はその地区の住民の皆さん(私たち)で守っていかなければ成りません。

そのことを実現していくためには、兼業農家の地位向上を図り、農村の環境維持ができるように努めなければならないのです。

米の現物支給について

生活保護など社会福祉費の増大が日本の社会基盤を揺るがす時代になってきました。

これまでの現金給付の仕組みを継続していれば、制度そのものが行き詰まる危険性をはらんでいます。制度設計が衣食住の最低限度をしっかりと支える仕組みとなるように構築し直す必要があります。

自由貿易と農業問題の課題を考とき、平時において豊かな食生活をおくることができる日本人は、主食であるコメが持つ意味合いを軽く考えてしまっています。貿易の自由化により、アメリカから安いカリフォルニア米が入ってくることは、自由貿易と消費者利益の面から容認すべきだと考える一方で、国内で作るコメをはじめとする農産物の種子を、海外の企業にゆだねることは、決して行ってはならないと感じています。

コメを中心とする種子をしっかりと研究し、活用・保存して日本人を守っていくためにも、農業の基礎研究予算を確保することと、その作物を消費する体制を整備していかなければなりません。

佐賀県産の種子の研究に活用する産物の有効利用を図るために、県内の小学校や県庁の食堂で、玄米食を無料で提供し、新しい産品の普及に力を入れることが重要です。

生活保護者などへの対策としても、こうした農産物の現物支給など、相互に活用できる仕組みを整えていく必要があります。

組織がその力を最大限に発揮するためには、そこで生活する人々が健康でいることが、とても重要です。幕末の武士達が、今よりもはるかに貧しい食事でありながら、江戸と長崎を30日間歩いて何度も往復していたことを考えると、その力の源を失ってしまったと考えなければなりません。現在の私達は、豊かな食生活を送っているにもかかわらず、福岡空港から小城の自宅まですら歩いて帰ることもできません。

その力を回復する方法の一つとして、食生活を改善するために小学校の給食に毎日、米食を無償提供すること、県庁において常時玄米ご飯の無料提供することを提案します。私たちが小中学校の頃、三日月町では各自白いご飯を持参していました。保護者の方にとっては手のかかることだったかもしれませんが、健康な食生活をつくる第一歩だったと感じています。

米作りの地として歴史を重ねてきた佐賀県も、この40年間の減反政策により農家はもちろん、農地までもが疲弊してきています。政府による米価のコントロールでは、米を食べない日本人が増えてしまった現状を打開することはできません。

美味しい佐賀のお米を子供たちや、県職員、県庁を訪れる人々が口にすることで、佐賀のお米消費量を拡大し、農家や農地の再生を目指すのです。県職員が玄米食を身につけることで、失われた力を再生し、組織力の向上を目指します。県庁の食堂が混雑して大変なことになった場合には、食堂の利用時間に応じて課金する仕組みをつくることや、同じように玄米食を無料(または安価)で提供してくれるお店を周辺にも広げていくことができないでしょうか。

個人の所得が伸びず税収の増加が見込めない現代において、これまでのやり方で社会保障を継続していくことはできません。生活保護の制度を含めて現在の社会保障制度は破綻することも予想されます。その時に備えるためには、年齢や環境にかかわらず、職種を選ばずに働いて賃金を得る努力が必要になります。

そんな中でも、支援できる仕組みがこの玄米食の無料提供ではないかと考えています。農業に対してできる助成も当然限られてきます。所得補償としては不十分かもしれませんが、県による種子の開発・供給とその消費体制をしっかりと築いておくことで、激動の時代を乗り越えなければなりません。

佐賀のお米をしっかりPRする

米の消費拡大をPRするという点では、東京など都市や海外でPRすることのほかに、佐賀県内の飲食店(大手チェーン店を除く)で提供されるご飯を、県内産の美味しいお米にして頂くことにも取り組む必要があります。

県内東部の有名ラーメン店にて、ラーメンセットを注文しました。そのお店はお昼の時間に行列が出来、観光バスもやってくるほどのお店です。ラーメンの味は、その行列が示すとおりの美味しいものでしたが、ご飯を口にしたときに愕然としました。人気店でこんなご飯を提供していたのでは、せっかく佐賀に足を運んで頂いた方に、佐賀に対する満足感を台なしにしてしまうのではないかと。

東京や大阪で佐賀のお米をPRすることも大切です。しかし、県内の旅館やホテル、飲食店などせっかく佐賀へ足を運んで下さった方にこそ、佐賀のお米の魅力を伝える必要があるのではないでしょうか。

まずは地元のこうしたお店に、佐賀米を提供することの魅力を伝え、佐賀を訪れた人たちが、佐賀のお米を探して購入してもらえるように取り組みたいと考えています。同時に「佐賀米(今ならさがびより)を提供するお店」ののぼりを設けるなど、お店のPRにも努める必要があります。

県内には福岡や関西・関東にもその名が届く飲食店(ラーメン、ちゃんぽんなど)があります。東京などへお店を出されている飲食店もあります。

そこで提供されているご飯は、佐賀の魅力を伝えてくれているでしょうか。

「さがびより」のおいしさををPRするためには、東京でイベントを開催することも重要です。しかし、地元佐賀で営業をする飲食店に純・佐賀県産のお米を使って頂く工夫をすることは、それ以上に大切なことではないのでしょうか。

必要があれば、佐賀県産のお米を採用して頂くことに対し助成金を出す仕組みも検討すべきだと思います。佐賀に住む皆さんが、佐賀の美味しいお米を食べ、佐賀に来た人にその魅力を知って頂くことに取り組むことが、長い目で見た佐賀のPRにつながると考えます。

兼業農家を再評価し農村環境維持を

「農業の大規模化・産業化」といいますととても響きがいいのですが、効率化された農業が、これからの時代が求めるやり方なのか疑問に感じています。

浜野浦や蕨野、江里山の美しい棚田の景色を維持するにしても、専業農家として生計を支えながらそれを行うことは非常に困難です。棚田に限らず、佐賀平野の美しい美田も多くの兼業農家の人たちにより日々クリークなどの環境維持活動が行われて守られてきたのではないでしょうか?

ところが、前の自民党政権時代に導入された「集落営農」により、多くの農家が離農してしまったことで、地域を保全する農業者数が減少し畦草が放置されたり、これまで以上に農薬に頼る管理が行われていることを危惧しています。さらには、農地を宅地や太陽光発電施設などに転用するケースがこれまで以上に目につきます。

兼業農家として生きていくための地域の雇用が失われ、農業外所得で農地を維持していた現実を軽視した政策を続けては、財政が行き詰まったときに日本人が食べることすらできなくなる危険性をはらみます。そうした危機に遭遇しないためにも、兼業農家の地位を確保し、地域の雇用の場を確保しなければなりません。

一方で農業の収益を高める方法には、コメ中心の農業から現代日本人の消費に合わせた作物の生産に切り替える方法もあると考えられます。この場合に考えておかなければならないのは「農業が地球環境に与える負荷の大きさ」です。保存期間の長くない野菜を、常に消費者へ届けるには、生産するためのビニルハウスや空調設備を整えた環境づくりが必要となります。こうした設備で生産する食料品は、「農業=環境に優しい」とは言い切れないものになってしまいます。

これから議論を重ねていく必要が多い分野ですが、「TPP反対」と言いながら、輸入農産物に対抗するために「農業の規模拡大」を唱える政策には疑問を感じます。

そもそも、アメリカやオーストラリアのように広大な土地で生産される穀物と、耕地を拡大しようとしてもすぐそこまで住宅地が迫り、「病害虫対策にわら焼をしようとするならば近隣住民の苦情が広がり、結果として化学肥料と農薬に頼らざるを得ない」日本の農業では、補助金をつぎ込んだところで比較になりません。

確かに、農業の6次産業化などは魅力的に聞こえますが、そのことで仕事を失う人やライバルにならなければならない人も生まれます。規模拡大に限らず「農地を大切にする心を伝承すること」ができるのであれば、兼業農家の地位向上を図り、農村の環境維持に努めることが重要な政策ではないかと感じています。県内の農業は社会の流れに合わせて大規模化を進めるのではなく、一歩立ち止まり、土地を大切にする農業のあり方を考えて、未来へ引き継ぐことのできる政策に舵を切るべき時ではないでしょうか。

佐賀県の魅力は、地域における食糧自給率の高さです。恵まれた土地と風土を生かして、人々を豊かにできる素晴らしい環境を持っています。その環境を持続していくためにも、種子の研究、開発は県が責任を持って取り組む必要があります。
現在、佐賀市川副町にある農業大学校、農業試験場を充実させると共に、佐賀市富士町や唐津市七山村に、研究施設を設け良質な水を活用し環境に適した無農薬栽培などに取組み、種子に関するノウハウを蓄積して農業が持続的発展できるよう、基礎研究活動を行っていく必要があります。

計量法の改正で今は使われていない量の単位に「一石」というものがあります。
一合の10倍が一升、一升の10倍が一斗、一斗の10倍が一石です。
平均的な日本人が1年間に必要なお米の量が一石だといわれています。つまり、佐賀県知事は県民80万人をあずかる者として、県民と日本の自衛隊員約23万人が1年間に必要とする食料約100万石を常に生産できる体制を維持すること、これは指導者としての義務ではないでしょうか。

日本人のしっかりした精神は、米を食することから始まります。お金を配る一方で食べ物の中身をチェックしない福祉政策では人々の健康も守れません。生活が厳しい方でも、きちんとした食事をいただくことができる環境を整えることが、10年後の社会発展の礎になると考えて、行動しなければならないのです


農業政策のおわりに
交通・通信のインフラが発達し世界は小さくなっています。鎖国ができる時代ではありません。日本だけが環境を厳しく規制したとしても中国大陸からは汚染物質が流れてきて、私たちの空気を汚しています。
交通インフラの発達は、東京とアメリカの都市を2時間で結ぶ飛行機を実現させます。自由貿易を否定したのでは社会の中で生きていくことができなくなるのです。必要なものは自らの組織を維持するための規制ではなく、全ての人々が健康で生きられるようにするための農薬や排ガス、樹木の伐採に関する共通の規制ではなでしょうか。

職員や県民支援のための食堂のあり方

県庁職員の残業をなくし、業務を効率化して人員の再配備をするには時間がかかると考えられます。当面の業務をこなすためには、早出による対応が必要となるでしょう。そこで職員が早朝出勤することに対応すべく、庁内食堂の早朝営業を始め、玄米ご飯と味噌汁を提供する体制を整えます。

特に、「玄米ご飯は終日無料で提供する」ように検討する必要があります。これは、職員のみならず県民の皆さん、県外から訪れるビジネスや観光客の方にも同様にサービスを提供しなければなりません。県庁の食堂が玄米ご飯を無料提供することで、佐賀県産のお米のおいしさを広く宣伝することができますし、その効果が佐賀県における新品種の開発と生産量の拡大につながっていくと考えられるからです。

劇団四季の食堂では、メニューの料金がポイントで示されているそうです。入団から間もない団員には食事の負担を軽減し、余裕のある先輩達はその分を高く負担するという方法が取られているのです。

この事例を参考にして、20歳未満の職員・県民には80%、一般職員は100%、管理職以上や職員以外の利用者は110%といった負担の仕組みを、導入することができればと感じています。また、食堂の滞在時間で課金する料金設定ができれば、玄米ご飯を無料提供することによる混雑の緩和にもつながると期待できます。

注)現在の栽培方法で生産されるお米の多くは、玄米で食べると残留農薬が多く含まれる危険性も指摘されています。当面、白米を安価で提供することも考えていく必要があります。

公共事業現場の道徳を考える

公共事業の現場から「立ち小便」「つば吐き」「ポイ捨て」の全廃を目指したい

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東日本震災の現地を訪れて残念に感じたことのひとつに、がれきの後片付けを終えた場所(道端など)に捨てられている「がんばろう・・・・」とラベルに書かれている空き缶をいくつも目にしたことがあります。そこには、ふるさとを再生しようという人の心を踏みにじるように、人々の欲望が渦巻いていると感じました。

美しいふるさとを築くには、その仕事に携わる人たちの行動を変えていく必要があります。その第一歩が県の関わる公共事業の現場です。

昔、日本の商人は朝にお店を開ける前にまず店の中を掃除して、店の前の通りを掃除して、そこに打ち水をして、お天道様に手を合わせて、それから商売を始めたそうです。

今の公共事業の現場では、作業開始前に缶コーヒーを飲んで、たばこを吸って、そのゴミは・・・?
どうなっているのでしょう。

商売にかかわらず、公共事業の現場でも人としての「道」を考える必要があります。作業終了後と作業開始前に現場はもちろん、その現場に接する場所もきれいにするように心がけてもらわなければなりません。

その実現のために、公共事業の現場において見つけられた「立ち小便」「つば吐き」「ポイ捨て」の行為を、公共事業参加業者の評価対象とし、工事費の減額、参加資格の変更・停止など厳しい対応をとっていく必要があります。

税収が不足するときに常に話題がのぼる「たばこ」。
「百害あって一利なし」
と以前からいわれていましたが、不思議と禁止されないことからも、魅力の大きい産業なのでしょう。たばこを吸う方へは
多額の納税をいただきまして有り難うございます
と敬意を払う一方で、そのマナーの悪さは、まちの魅力を半減、いや台なしにしていることを、もっと理解してもらう必要があります。

「マナーは精神の問題だから教育をたださなければならない」
とおっしゃる方と出会います。そのことには賛同できますが、社会が被る不利益、地球が感じる迷惑は、そんな悠長な時間を待ち続けるものではありません。可能なら、国税当局がたばこ税を上げるのではなく、フィルター1本10円程度のデポジット制を導入してその回収に努め、たばこのポイ捨てをしなくなる心理と、たばこのフィルターを拾い集めたくなる心理を生み出すことが必要だと感じますが、県が独自でおこなうことはできません。美しい佐賀のまち再生を目指すためには、たばこのポイ捨てに罰金を設け厳しく対処していく必要があると考えています。

世界1位の繁栄を誇る国の一つシンガポール。その背景を考えると初代首相・リー・クアンユーがリーダーシップを発揮し、立ち小便とつば吐きを徹底して罰した成果であるといわれています。

私たちが小学生の頃までは、ジュースの瓶をお店に還すと10円や30円もらえるデポジット制度が機能していました。一方、缶ジュースではリングが捨てられてペットが怪我をするという課題が指摘されていました。空き缶のリングは缶から外れないように造りが換えられたものの、運搬が大変な瓶がほとんど市場から消え、今ではデポジット制度のない「缶」と「ペットボトル」が飲料市場を席巻しています。ペットボトルのキャップは鳥がえさと間違って飲み込む事故も多数報告されています。

農家として水田を耕す者にとって、この空き缶などのゴミが水田に捨てられる現実は悩みの種であり、環境をテーマにした2003年の九州発見塾で「デポジット制度」の提唱をしてみたことがあります。しかし
「捨てないように教育することが重要」
という思想家の皆さんの勢いに押されて、意見はかき消されてしまいました。

確かに教育を立て直すことは重要です。しかし、教育を正してこのことを解決するには10年以上の年月が必要になります。現実の課題は目の前にあるのです。そして、教育が変わることなく10年が過ぎてしまいました。

お金をかけずに、しかも警察による罰金などの法制化を行わずに立ち小便・ポイ捨てをなくす方法。それが、「県発注の公共事業の現場において空き缶類の放置、立ち小便、休憩設備以外での喫煙を禁止する」ことです。違反の場合は、契約金額の減額や指名停止の行政処分を科すことを契約書に盛り込みます。もちろん、周辺環境への配慮も受注者の責任です。条例の制定を必要としないこの方法を手始めに、身近な環境の美化に取り組んむ必要があると感じています。

将来的には広域連携を行い、空き缶・ペットボトル・たばこのフィルターについて、デポジット制度を実現することで、地域からゴミのポイ捨てをなくせればと考えています。

人と共存できないゴミの問題

原発から出るゴミのことではありません。

東洋思想で物質を考える時に「五行」という概念があります。「木火土金水」の5つの物質です。占いなどにも登場する、この五行には「五行相生説」というものがあります。

火は木(生命)が燃えることから生まれる。
土は火が燃えた残りの灰から生まれる。
金は土がたい積して長い年月、圧力がかかり続けることで生まれる。
水は金属が冷やされるとき、その表面に生まれる。
木は水によって育まれる。

というものです。古来、私たち日本人が暮らしていく中で使ってきたものは、この五行サイクルの中で循環し続けるものばかりだったのではないでしょうか?

このサイクルを維持することができれば、ゴミ問題は今よりも、はるかに容易に解決できるでしょう。

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しかしながら、現代社会で発生するゴミは、このサイクルに戻すことが非常に困難なもので溢れています。東日本大震災の後、特に原子力発電で生じる廃棄物に話題が注目されますが、海に沈んだ自動車、コンクリートの塊、さらには身近なところで捨てられるタイヤ、家電製品・・・・、どれも自然の中で五行の循環サイクルに戻るとは、考え難いものばかりです。こうした非循環系資材・ゴミの廃棄方法に規制を設け、違反者への罰則を強化することを提案すべきであると共に、これまで一律にゴミと扱われてきた、五行循環系のゴミの処理について柔軟に対応することを検討するべきだと考えています。

将来的には、非循環系の製品に課税することを含めて、なるべく地球に優しい物作りが進む社会に変えていくことを創意していく必要があります。

現在、佐賀県が積極的に誘致を進めているメガソーラーや住宅用の太陽光発電システム。現代社会において「電気」と「食料」、どちらが重要なものでしょうか?

2012年以来、佐賀県内の耕作放棄地を中心に農地がメガソーラー施設として利用されていることを危惧してなりません。人間は歴史上、電気がなくても生活できます。しかし、食料がなくては生きていくことはできないはずです。

確かに、現在の日本社会では食料品を海外から輸入することで、不自由することなく暮らしていけます。しかし、食料を海外に依存しているということは安全保障上、望ましいことではありません。食糧自給率の問題ではありません。いざというときに日本人の胃袋を満たすだけの、農地やエネルギーが確保できるかどうかということです。

佐賀県だけを見れば農地に恵まれています。しかし、お隣長崎県は農地がないために、諫早湾を埋め立てるという自然界への「暴挙」を行っているのです。

日本全体を見渡しても、佐賀県ほど耕作地に恵まれた地域は、数えるほどしかありません。自らが恵まれているからといって、無秩序に宅地に転用することはもちろん、メガソーラー施設を作るということは、自然の摂理から考えると許されるべきではないと感じます。

もちろん、太陽光発電を全て否定するわけではありません。住宅や工場など、建物の上に設置するように、土地を有効利用する場合には課題が小さくなります。しかし、地主の利益のみを考えたメガソーラーという土地利用のあり方は、資源が限られている日本においては、考え直すべき政策だと感じています。

本来、水田は私たちのお腹を満たすための食料をつくる場所です。一時的な時代に対応して個人が利益を得るためのものではありません。現在の地権者の利益のために存在するものではなく、未来を担う人たちの胃袋を満たすためにも、正しく維持していくべき資産ではないのでしょうか。

さらに太陽光パネルは将来寿命を迎えたときのゴミ対策が何も検討されていないことが、大きな課題であると感じています。学生時代に電気工学を学び住宅用の建材を販売した経験から、この問題には15年前から気付き、いくつかのメーカーに問い合わせをするものの、いずれのメーカーも
「太陽光パネルのゴミ問題は、温暖化の問題に比べて社会の問題ではない」
という態度を示され、業界に対する疑念を持ちました。

この懸念に対し2013年5月24日の日経新聞で初めて太陽光パネルのゴミ問題が取り上げられている記事を目にすることができました。「太陽光パネルの寿命は20〜25年とされ、その量はまだ少ないものの2年後には国内で7〜9万トンが、2030年には25〜70万トンが対象になる」とされています。

問題は寿命を迎えたときに、正しく回収・処分ができるかです。パネルには有害物質であるカドミウムなどの重金属類を含むものもあります。現在、太陽光パネルの普及のために、設置者に魅力のある金額を販売業者が提示していますが、ここに廃棄にかかるコストは含まれていません。県を含めて行政が行う費用の助成にもこの金額は試算されていません。

個人が設置する太陽光パネルが「空き家問題」と同じように放置されれば、周辺の環境はどうなるでしょうか?

企業が設置するメガソーラーが、企業破綻と共に放置されれば、どうなるでしょうか?

行政が太陽光発電を支援する時代は、もう過ぎているのではないでしょうか。常に将来を考えて、パネルの廃棄についても考えることが、行政の役割だと感じています。これから設置する業者や個人に対し、廃棄計画書を作成させることは、東日本大震災から学ぶべき行政の課題で有り、21世紀の行政が行うべきテーマだと考えています。

転換期を迎えている福祉政策

社会人口の高齢化に伴い、これまで20年間のように産業が高齢者福祉に傾斜することなく、年を重ねても「働いて社会に貢献できることを喜びにできる社会環境づくり」を創生していかなければなりません。

医療や介護の分野へは、これまでの保健医療に特化することなく、海外からの患者・入居者を受け入れて、市場規模の拡大に取り組めるように支援していく必要があります。

現在TPP交渉が進む中、反対の姿勢を取るグループの一つに医療福祉に携わる業界の方々がおられます。しかし昨年の麻生財務大臣会見にもあるように
「年間1兆円ずつ増える医療費の増加を考えると、消費税の10%への引き上げは、来年(2014年)のうちに判断しなければならない」
というのが政府の判断です。医療費が毎年1兆円ずつ聖域のように伸びていくことに、そろそろ私たちは疑問に感じるべきではないのでしょうか。医療・福祉の分野が成長産業といわれ雇用の受け皿とされることが本当に良いことなのを考えなければなりません。消費税が際限なく上昇する現在の福祉制度では困ります。このままでは消費税が60%になる日も現実味を帯びてくるでしょう。

人々が健康で暮らせることが豊かな暮らしであり、医療により寿命だけを延ばすことでは、真の幸せは手に入らないのではないのでしょうか?

人々が健康になれば、医療費は抑制できます。人々が年金に頼らずに働くことができれば、健康な暮らしをおくることもできます。すなわち、年齢にかかわらず仕事ができる環境を整えることが、行政として一番に取り組むべき課題ではありませんか。

自由な働き方、人それぞれが自分の発想で働くことの妨げになる様々な規制を追求し、その規制をなくしていくことに取り組んでいかなければなりません。規制をなくした環境でビジネスを行うことこそが、世界の企業と対等に渡り合うための条件になると考えています。
「100年あんしんの年金制度」
という言葉を10年ほど前の与党がつくりました。しかし30年後に残すことのできる最高の福祉環境は「日本という国家が存在し続けていること」ではなでしょうか。

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2012年8月私は世界遺産に登録されている石見銀山・温泉津温泉を訪れ、お土産を買うために、一軒のせんべい屋さんに入りました。そこで販売していたのは見た目が80歳を過ぎたおばあさんです。お店の奥からは若い人の声も聞こえたのですが、ベビーカーを押しながらお店に出てきたのはこのお祖母さん一人です。あまり時間がない時でしたので正直
「入るお店を間違えた」
と思ってしまいました。しかし、割れたせんべいをサービスしていただくなど、一生懸命に不自由な身体で接客をしてくださいます。ひと缶のせんべいを買う私が支払うお金に涙を浮かべながら、何度も頭を下げてくださいました。まさに、商人のあるべき姿を見せていただいくことができました。

2008年のリーマンショックで世界が失った富は7京円にのぼると言われています。もちろん、日本の金融界もその中に含まれています。金融取引による虚業で失った富を実業で取り返すことは不可能でしょう。虚業の世界で動くお金は、私たちが働いて動かすことのできる世界のお金より約18倍に上るためです。

私たち日本人は神話の時代から神様が労働されることに象徴されるように、年をとったらからといって年金をもらって余暇をゲートボールしながら楽しむような民族ではなく、働くことに喜びを感じて生きてきた民族ではないのでしょうか。

いま、社会をリードしようとする私たちの役割は、少子化を問題にして嘆くのではなく、それぞれの世代に応じた仕事を創造することです。仕事があれば、高齢者の方でも年金に頼る必要がなくなります。若い人の負担が減ることで社会の構図も変えることができるでしょう。

一人ひとりの暮らしを支援するお金は国にも地方自治体にもありません。一人ひとりが何をできるか、社会に何を提供できるかを考えて暮らすことを求められる時代に変わっています。

2013年5月、県立病院厚生館が佐賀市嘉瀬町に移転オープンしました。佐賀大学付属病院と共に、県内医療の中核になるこの病院は、これまでの病院イメージを払拭する明るいスペースに仕上がっています。皆さんからの評判も良さそうです。

県立病院は県内のほとんどの地域から1時間でアクセスできるメリットがあるものの、地域医療の中核となる施設は、より身近な場所に必要になると思います。一方で、行政が支援できる施設は予算の都合で限られてしまいます。地域医療を県立病院、佐賀大学病院と連携して、一体となって運営できる医療機関を公立・私立を問わず県内10市に指定できるように取組、ソフト面の充実を図り整備していくことが重要になるでしょう。

原則としては、公立病院を支援することになると考えられますが、地域の実情に合わせ、私立の病院が選定された場合でも10の行政市に1つという考えであれば、等しく支援する必要があるでしょう。こうした仕組みで整備を進め、県内全ての小学校から深夜の計測で、病院までの到達時間を20分以内にすることが目安となります。これが実現できない地域には別途、個々の医師に対する支援を考えることが必要になります。


今後、医療費の自己負担が引き上げられていく中で、利用者の目線に立った施設の充実がなければ、将来にわたって人々から支持を集めることはできません。また県民の皆さんが、今以上に健康になったときに、患者さんがいなくなる病院となっても困ります。地域の人が健康になっても、ほかの地域・他の国から佐賀の医療施設で治療を受けたいと思われるような、患者さんに人気のある医療施設とそのネットワークづくりを目指さなければなりません。県内10の市に、救急患者を受け入れることができる中核となる医療施設を運営できるように、人的面からも財源の面からも集中して支援することが必要になると考えています。

鳥栖重粒子線ガン施設を考える

鳥栖市に建設された重粒子線ガン施設への寄付金が九州電力から入金されずに問題になっています。原子力発電所が再稼働できないばかりでなく、電力会社と行政のあり方が見直しを迫られている以上、この寄付金が入金されることはないと考えて新たな対応策を考える必要があると感じています。

2013年5月に完成した施設はサガハイマットの名称で翌月から診療を開始し、その診療に対するニーズも高く想定した利用率を大きく上回って推移しているようです。しかし、計画した寄附が集まらなかったということで県の予算を継続してつぎ込むべきではありません。

対策のひとつとして、施設の運営を「株式会社」にして、一般から広く株主を募集することを考えます。

医療の株式会社参入には抵抗も大きいと思います。しかし、先端医療だからこそ、ほかの施設とは競合しないメリットがあります。施設を運営していくためには、その効果をアピールして海外からの医療ツーリズムによる佐賀への集客を働きかけることも、現在の運営方法より株式会社の方が期待できるのではないでしょうか。

借入金のまま、いつまでも金利負担をすることよりも、社会情勢を考えて、県民と利用者になるべく負担がかからない方法で結論を出すことが必要ではないのでしょうか。

さが桜マラソン開催を考える

2013年春、佐賀桜マラソンがフルマラソンとしてスタートしました。私も30歳までの15年間にフルマラソンを3回(うち1回は途中棄権)するなど、競技経験がありますので佐賀でフルマラソンが実現したことは喜ぶべきなのかもしれません。

しかしながら、昨今の社会環境を考えると、4月の佐賀でフルマラソンを実施することの是非を検討する必要があると感じています。

2013年はPM2.5という物質も問題になりましたが、例年3月から6月にかけては中国大陸から飛んでくる黄砂や光化学スモッグが特に問題になります。

また、4月は人事異動の時期と重なるために、大会運営のためのスタッフを集めることにも苦労が多いと耳にしておりますし、交通規制の時間が長時間に及ぶことで県民の生活にも支障をきたしてしまいます。

大会を開催したことで得られた高い評価もあり、簡単に見直しできることではありませんが、選手・スタッフの健康を考えるとフルマラソンを佐賀で4月に開催することは再考する必要があるテーマだと感じています。

まちづくり政策を考える

これからのまちづくりという考えは、県が主体的になって取り組む課題というよりも、それぞれの市が考える課題なのかもしれません。商業高校を市立化する考えは身近なまちづくりを、そこに住む若い人たちと考えることが出来るきっかけにつながると考えています。

ただ、それぞれの市町で中心市街地の空洞化が問題になりはじめて20年が過ぎようとしていますが、対応がうまくいっている事例を佐賀県でみることは、今のところありません。様々なリーダーの元で、この課題に取り組まれているものの、1年間を通して商店街が賑わう姿には、ほど遠いのが現実です。

これに対し、大型ショッピング施設を見ると核テナントを中心に、それと連携する形でいろんなショップが軒を連ね、週末を中心に多くの人出で賑わっています。一方では、人口が増加している鳥栖市で鳥栖シティモールが、地権者との20年契約満了に伴い2013年8月で営業を終了し更地にされることをはじめ、多久市や鹿島市のように計画通りに集客できずに核テナントの変更が繰り返されるところもあります。

こうした現状を踏まえ、単に商店街に賑わいをという政策から、成功しているショッピングモールと地域が共存できるまちづくりへと、そのあり方を見直していく必要があるのではないかと感じています。

自動車による移動がほとんどの佐賀において、無料駐車場に自動車を止めてショッピングモールで遊ぶというスタイルは、当面否定できるものではありません。しかし、今は自動車で行動している皆さんが年を重ねて将来、自動車を利用できなくなったときのために、こうした施設へどのようにアクセスできるかを常に考えておく必要があると感じています。ショッピングモールでさえネット通販と競争しなければならない時代がそこまできています。

では、買い物客がいなくなった商店街をどうするのか。その一つの方法が、働く場所の創出ではないでしょうか。

新しく企業を誘致する、工場を誘致すると言う場合、常に郊外に工場団地を造成するという発想で実現してきました。しかし、工場もリストラの影響で閉鎖されているところも出てきています。こうした、工場跡地に新しい企業が入ることや、これまで商店だったところに新しい産業の人たちが入りやすくすることで、新たな賑わいをつくり出すことが必要になるのではないでしょうか。土地の用途規制を守り、大切にしておきたい景色があるのも事実ですが、それにとらわれすぎると町の発展もありません。バランス感覚を持ってこれらの課題に取り組むことが求められているのです。

三重津海軍所跡の世界遺産登録

佐賀市川副町早津江にある三重津海軍所跡が「明治日本の産業革命遺産」の一つとして日本政府からユネスコの世界文化遺産候補として推薦されることになりました。10月3日(金)には国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関イコモスによる現地調査も実施されました。

この決定・進行は本来喜ぶべきことなのでしょうが、世界文化遺産という制度そのものに疑問を感じること、また佐賀県内にはほかにもお金をかけて保存すべき遺跡が沢山あるにもかかわらず、予算の都合で実現できない中で、三重津海軍所跡が世界遺産に決まれば、それを維持するための義務的費用が発生し、ほかの史跡と比較して予算を公平に配分ができなくなる恐れがあるために複雑な思いになります。

もし、「世界自然遺産」の候補地が県内にあるのであれば、総力を挙げて実現するべきだと思います。しかし、文化遺産という制度は、歴史的な価値観が変われば評価も変わるものです。現在の価値観を将来まで残そうとすれば、自然と歪みが生じるものではないのでしょうか?

三重津海軍所跡は、県民として誇りを持って日本中の人々に紹介する史跡の一つだと思いますが、それが世界中の人々に等しく評価していただけるものではないと感じています。単に観光客を呼び込むための世界遺産登録ならば、今回の決定は政治判断の誤りです。

内閣官房の有識者会議が2015年の世界文化遺産の推薦候補に佐賀市の三重津海軍所跡を含む九州・山口エリアを中心とする「明治日本の産業革命遺産」に選んだ一方で、文化審議会は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を推薦していました。両方に対象施設がある長崎では取組への温度差も発生します。この三重津海軍所跡を含む九州・山口エリアの世界遺産登録に関しては、世界文化遺産にふさわしいのか?
世界遺産の登録が世界的に見てどのように評価されるのか?
再度考えていく必要があるのではないでしょうか。三重津海軍所は幕末から明治にかけて、日本の歴史を動かすことには大いに貢献したと思われます。しかし、150年という浅い歴史しか持たないこうした施設が、現時点で世界的な評価を受けるにふさわしいものでしょうか。世界自然遺産と異なり、その時代によって価値観が変わる施設を、客寄せのために利用するべきではないと感じています。

日本の近代化は、日本の一歴史に過ぎません。世界の歴史と呼ぶにはまだまだ、時が短すぎます。国の文化財としてきちんと保存し、国際的にもより多くの人がその施設に関心を持ち、地域の人たちが誇りを持つようになって初めて世界遺産の候補地として名乗りを上げるべきではなかったのかと感じます。

ラムサール登録湿地となる意義

佐賀市が東与賀町沖合の干潟を2015年度に「ラムサール条約登録湿地」になることを目指し横断組織を立ち上ています。これまでの県としての姿勢は、
・有明海ののり養殖に制限がかかるのではないか
・佐賀空港の運航に不都合が生じないか
という観点から消極的な姿勢でありました。その後、申請面積が当初の1/5程度に縮小されたことで、県有明海漁協からの賛同も得られ申請への動きは加速しつつあります。今後、オスプレイの配備問題が影響を与えるのか懸念されますが、県としても最善の策をとって登録を支援するべきだと考えています。

21世紀のテーマは「共存共栄」です。自然と共生できない産業は継続できなくなるでしょう。有明海を美しくして、自然環境を再生していくという考え方から、東与賀海岸に限らず、県内のほかの地域から登録の動きが出れば全面的に支援を行うべきだと感じています。

日本では昭和の時代から北海道を中心に登録されてきた湿地の数が、いまでは46に上ります。2012年には熊本県の荒尾干潟も登録されています。同じ有明海を共通のテーマで自然環境を再生していくことはとても重要な取組になると期待されています。

クールビズと地域振興を考える

クールビズの普及を後押しするために夏場の議会服を和装とすることを提案します。

明治維新からまもなく150年を迎えます。当時は文明開化ともてはやされ、様々な西洋文化が取り入れられました。しかし、2008年のリーマンショックに象徴されるように、西洋的な考え方の行き詰まりを目にすることができます。新たな思考で時代をリードするためには、ファッションやインテリアへの考えかたを変えていくことも一つの方法だと感じます。議会服が和装に変わることで、地域経済・地元商店街へ与える効果も期待できるのではないでしょうか。

県議会の本会議を佐賀城本丸歴史館としてはどうでしょう。県民に開かれた親しみやすい県議会を開くことができるのではないでしょうか。
「県議会の議場が県庁の中になければならない」
確かに運営の効率化を考えれば当然のことです。しかし、議場から斬新なアイディアが生まれるためには、型にはまったことを続けてばかりでは、いけないのではないのでしょうか?

幕末に世界へ視野を広げることで日本をリードした佐賀藩と同じ場所で、社会を立て直す議論をおこなうことで、新しい時代の政治・経済を築き上げていきたいと考えています。

欧米社会から学ぶことも大切ですが、世界へ日本の思想・教育・文化を発信することから生まれる「経済」に光があたるように努め地域を成長へと導かなければなりません。


2013年2月28日、初めて佐賀県議会を傍聴しに出掛けてきました。その議場の重厚感と広さにちょっと驚き、
「これが議会の権威なのか」
と感心しながら、初めて佐賀県議会を傍聴してきました。しかし「議会の品位」という言葉とは裏腹に、身体をのけぞるようにして居眠りしている議員がいるなど、議場と議員のギャップに驚くところがありました。

県議会に足を運んだことで、明治初期に初めて佐賀県議会が開催された場所が、エスプラッツの東側・佐賀市高木町にあるにあるお寺「願正寺」であったことを知りました。現代の硬直化した議会のあり方を見直せればとの思いで提唱する本会議の「佐賀城本丸歴史館」への移動ですが、明治初期に活躍した佐賀の偉人達の活躍を思えば、十分に検討すべきテーマだと認識しました。

最近の本丸歴史館は独自イベントで週末を中心に利用率が高まっておりますので、別の意味で障害になる可能性はありますが、エネルギーの需給に課題を抱える現代、これまでと同じスタイルで社会を繁栄・発展させることは難しくなります。高さ9mほどもある今の県議会でエアコンを効かせながら行うよりも、佐賀城本丸歴史館で開催し、議員が和装で出席し、一般の人が傍聴しやすい議会にすることなど、発想の転換が必要な時代だからこそ有効ではないかと感じました。

日本の良さを再認識しながら、硬直した社会を変えていきたいと考えております。

多様な運営が求められる消防団

阪神大震災の後に、建築物の耐震性が強く求められました。今度の東日本大震災では、津波への対策、土地そのものの安全性を求められています。しかし日本人は本来、こうした自然災害とも調和を取りながら、繁栄してきた民族ではなかったのでしょうか。

自然から発せられるメッセージに耳を傾け、自然災害に立ち向かうのではなく調和を取って生きていく姿勢が求められているのだと感じます。

災害を防ぐための土木工事で、人々を守ることはできません。これからは、人と人のつながりを持って災害の被害を最小にしていく必要があります。その手段の一つとして、地域の消防団が果たす役割は大きいと感じます。


多様な運営が求められる消防団活動

現在の消防団の仕組みは1948年に公布された消防組織法により「消防団は地方公共団体に附属する消防機関」として規定された仕組みのもとで消防団の仕組みが整えられており、働き方が当時と大きく変わる現在では消防団団員への負担が大きく、団員の数を伸ばすことが出来ません。

これは個人の働き方の変化ばかりでなく、活動範囲が火災から水害、人捜しまで、様々な機会へ拡がり団員一人に対する負担が大きくなっていることが要因に上げられると感じています。私自身は約8年ほどしか消防団員として活動していませんが、職場における自衛消防隊活動と共に、基礎的な消火活動を身につけることができた点で、大きな意味を持つ経験が出来たと感じています。このように、同じ人が何十年も団員として留まり負担が大きくなるよりも、より多くの人が消防に関する経験を持ち、いざ近所で火災が起きた、大雨で大変だ、という時に先頭に立って対処できる環境をつくることが重要になると感じています。

多くの皆さんが消防や水防のスキルを身につけるためにも、ある年齢を超えて県内に住む場合に、3年程度の基礎訓練活動を求めることが必要なのではないでしょうか。それは、消防団であっても、企業活動の一環であっても、また学校教育の一部であってもかまいません。その経験の上で、個人の都合に応じた「総合防災団員」「水防団員」「消防団員」「夜間警備員」など区分を設けて、各人が負担の少ない形での防災活動に携わることの出来る仕組みをつくることが重要になると感じています。

こうした活動を積み重ねていくことで、地域に独立した防災意識を根付かせることができると考えています。防災意識を高めることで、災害の時に「助けてもらう」人を減らし、「助ける人」を増やすことができるのです。

AED設置場所と管理の見直し

自動体外式除細動器 (AED) の普及は、突然の心臓トラブルから多くの人々の命を救うことにつながっています。これからAEDを一般市民が使うケースは非常に多くなると考えられます。

さて、日本では救急車が現場到着するまでの時間は平均で約7分といわれ、救急車の到着以前にAEDを使用することが出来れば、救急隊員や医師が駆けつけてからAEDを使用するよりも、救命率が数倍も高いことが明らかになっています。佐賀県内でも1000を越える場所に配置されている事から、県民の皆さんが使用方法を学ぶことと身近な設置場所確認しておくことは非常に役に立つ事だと感じます。

ところで、最近は早朝のジョギングやウォーキングを楽しむ方が増えていますが、夏の朝5時半頃、ご家族と一緒にジョギングをして帰ったところであなたが意識を失ったとします。この時あなたの家族は、AED設備を使ってあなたを助ける事が出来るでしょうか?

この状況で皆さんはまず、119番通報で救急車を呼ぶでしょう。同時に別の人が、AEDを準備して救急車の到着より早く作動させる事が出来れば、あなたが助かる可能性は飛躍的に高まります。

ところが現在、県内に設置されているAEDのほとんどが、この時間は営業していない病院や公共施設の中にあるために、家族がAEDの設置場所を知っていたとしても、救急車よりも先に措置をすることは難しいと思われます。

こうした事態を防ぐために、AEDの設置数を増やすのではなく、身近なお寺や公民館、民間のビルやマンションのエントランスホールなど、風雨にさらされず鍵のかからない場所へ普及させる事が重要になると感じています。また、電池や備品などのメンテナンスが行き届く仕組みをつくる事も重要になります。

地震対策と費用

阪神大震災以降、学校や公共施設、道路に堤防まで耐震補強が求められ現在も進められています。しかし、東日本大震災では、私たち人間が自然の力に対して力で対抗しようとしても無意味である事を思い知らされたはずです。

鉄筋コンクリートの寿命は70年といわれています。私たちの平均寿命より短いものを作り続けて、地上のゴミを増やす事が本当に必要なのか考えて事業を行わなければなりません。それは耐震工事をやらなくて良いという意味ではありません。しかし、人口が減少する中で全ての学校を耐震補強するよりも、学校の将来を考えて必要な学校や教室に補強を行うべきではないでしょうか。

災害避難所になる体育館などの耐震基準が足らないという声も耳にします。しかし、全ての避難所が地震に対する避難所である必要があるのでしょうか。佐賀県の場合、避難勧告が出される場合のほとんどが台風と大雨です。避難場所に求められる条件は、耐震性ではなく風雨に耐えられることであり、水害から住民の身を守る事です。

このように、想定される災害の割合が大きく異なる事を考えれば、災害の避難場所は一次避難所と二次避難所という形などで、災害の内容や規模に応じて対応できる仕組みをつくることが重要ではないかと感じています。

一次避難所は台風や水害のときに自宅にいては危険を感じる人たちが、その状況が過ぎるまで避難できる環境を整えることです。耐震性よりも台風に耐えることと情報が正確に入手できること、トイレが整備され簡易的な食事が出来ることが求められます。

二次避難所には一週間を超える避難や地震の時にも避難できることなどを要求されます。耐震性はもちろん、調理施設の完備や食料品などの備蓄、救援物質の受入が出来ることも条件になるでしょう。限られた予算の中で画一的な基準で避難所を設けるよりも、原子力発電所事故対応を含めたピラミッド型の避難システムを構築していくことが重要なのです。

政策指針書・「和」 のおわりに

「TPP反対」の運動が活発な農業団体ですが、そもそも現代の日本は「自由貿易」によってその経済や財政を賄っていることを忘れているのではないかと危惧することがあります。

農業に対する予算の原資、福祉に対する予算の原資はどこにあるでしょうか?

近年、医療法人のコマーシャルや広告を多く見かけるようになりました。そのことで業界が日本の財政に貢献しているように錯覚してしまいますが、単に国債の増発により流通するお金の量を増やしただけで有り、日本の富を稼ぎ出したわけではありません。

農業でも、福祉でも現状では国の予算配分次第で、経営が成り立たなくなる業界ではありませんか?

この予算を確保するためには、日本に来てお金を落とす外国人を増やすか、輸出産業を強化するしか方法はありません。農業は作物を輸出することで日本社会にお金をもたらします。医療・福祉も同様に外国からの患者さんを受け入れることで日本にお金をもたらすのです。

TPP反対を唱えている農業・医療の団体の発言には、自分たちの利権を失うことばかりが書かれており、日本のためにどう貢献していくのかという視点が不足しています。

農業政策も、国の補助金依存からの脱却を目指し、ご自身の別の収入から国土を守るための費用考えて、農業に取り組む人たちを育てる必要があると感じています。

「国造り=土作り=人創り」という考え方があるそうです。こんな考えはいいですね。ただ、先頭になって取り組むことを既存団体に求めることは容易でないと感じます。

戦後の農地政策で、農地解放、圃場整備、減反政策、農地転売と進めた団体の取組は、国土を売り物にして私腹を肥やすことを目的とし、今に至るまでその考えを改める気配がありません。

結果として優良農地にできたところでさえ、住宅が点在する不便な農地になってしまいました。手間を惜しまず「国を思い郷土を思う」人を、一人ひとり育てることが重要だと感じています。


社会の人口高齢化に伴い、これまでのように高齢者福祉に力を入れ続けては県の財政は保ちません。そこに予算を傾けることなく、年を重ねても「働いて社会に貢献できることを喜びにできる社会環境づくり」を創生していかなければなりません。原子力や自動車産業が生み出すお金で、福祉を充実させる時代はもう終わりました。これからは、それぞれの産業が自立して人々を雇用していかなければならないでしょう。

その手助けとして行政が支援できることは、「規制をなくす」ことだけではないかと感じています。新たなアイディアに前例がないと言うだけで規制したり、業界保護、消費者保護という言葉を巧みに使って新規事業の創生を阻んでいたのでは未来がありません。

もちろん、事業を始めるときに年齢の制約などありません。これまで、退職して「老後」と呼ばれていた時期を社会保障で支え続ける仕組みは崩壊していくわけですから、常にチャレンジが必要なのです。

土地の用途変更は農業・森林保護、水環境の保護という自然環境に直接影響を与えるものでなければ、必要なコストを負担していただくことがあっても、役所の権限で事業を差し止めることは行うべきではありません。その事業の成否は、事業者の能力にゆだねてこそ、自由主義経済の発展があると考えています。

医療や介護の分野でも、これまでの保健医療に特化することなく、海外からの患者・入居者を受け入れて、市場規模の拡大に取り組めるように支援していくことが必要になります。

佐賀県議会の定数を考える

 4月12日投票の佐賀県議会選挙に立候補予定の青木かずのりさんの事務所を、先週月曜日に訪ねてきました。昨年暮れ、県知事選挙の直前に私の事務所へ足を運んでいただいたものの、私が外出しており名刺がポストの中に入っていましたので、その時のお詫びと、どんな考えをお持ちなのか関心を持って行ってきました。

 約30分間、いろんなことで話が弾みました。組織選挙とそうでない選挙。真夏の選挙と年またぎの真冬の選挙。形は違えど同じ佐賀県全県を17日間駆け回った2人の経験は同じです。それぞれに感じるものがありました。その中でこんな会話も(敬称略)

青木 「このあとはどうされるのですか?」
飯盛 「まだ未定だけど、議会には興味ないし。・・・・。」
青木 「私はもっと若い人に政治を目指して欲しいと思っています。佐賀市の選挙、定員11名に12〜13名の立候補予定ですが、本当はもっと沢山の人が立候補できるようにならないといけないのですよ。」
飯盛 「それでも、今は全国の業者に物品の手配が出来るから費用を抑えることも出来ますよ。それよりも同じ選挙で性質が違いますよね。佐賀だと11名当選できるけど、小城だと2名ですから。市議会とおんなじで毎日同じところを選挙運動でまわります。」
青木 「確かに。佐賀市だとけっこうありますけど。」
といった会話をしてきました。

 よく、行政改革のためにまず、政治家が身を削れといわれます。私はこの考えには反対です。公務員と違って安定した身分が保障されない政治家。そこに、これまでの身分や経験を捨てて挑戦するわけですから、その報酬が削減されることには反対です。議員の数も住民の意見を届けるために一定の数が必要だと考えますし、行政をチェックする上でも、一定の議員数が必要だと考えます。
 しかし、現行の制度が機能して60年が過ぎます。その間に、市町村が再編されたことと同時に、交通機関と道路事情が発展しました。県内に10の市が存在しそのほとんどが、市議会・市長と同じ選挙区で県議会の議席を争います。この仕組みは、議会の硬直化を招く一つの要因と考えることが出来、また定数11の佐賀市と定数1または2の選挙区では、選出される議員の性格も異なってしまいます。この事象を改めることがこれからの県政の発展のために必要だと考えます。

 まずは、現在の定数38はそのままで、選挙区を「佐賀市選挙区」、鳥栖市・神埼市・三養基郡の「東部選挙区」、小城市・多久市・鹿島市・嬉野市・杵島郡・藤津郡の「南部選挙区」、唐津市・東松浦郡の「唐津選挙区」、伊万里市・武雄市・西松浦郡の「西部選挙区」の5つに分けます。
 次に、それぞれの選挙区の定数を前回選挙の選挙人名簿を下にドント式で配分します。今回の計算には、先日の県知事選挙の際の数値を用いました。

佐賀市選挙区(定数11)
名簿数 187,909
÷2の商  93,954
÷3の商  62,636
÷4の商  46,877
÷5の商  37,581
÷6の商  31,318
÷7の商  26,844
÷8の商  23,488
÷9の商  20,878
÷10の商 18,790 (34位)
÷11の商 17,082 (37位)

東部選挙区(定数 現7 改8)
名簿数 136,442
÷2の商  68,221
÷3の商  45,480
÷4の商  34,110
÷5の商  27,288
÷6の商  22,740
÷7の商  19,491
÷8の商  17,055 (38位)

南部選挙区(定数8)
名簿数 141,939
÷2の商  70,969
÷3の商  47,313
÷4の商  35,484
÷5の商  28,387
÷6の商  23,656
÷7の商  20,277
÷8の商  17,742 (36位)

唐津選挙区(定数6)
名簿数 107,130
÷2の商  53,565
÷3の商  35,710
÷4の商  26,782
÷5の商  21,426
÷6の商  17,855 (35位)

西部選挙区(定数 現6 改5)
名簿数 102,329
÷2の商  51,164
÷3の商  34,109
÷4の商  25,582
÷5の商  20,465
÷6の商  17,054 (39位)

 選挙制度のバランスを考えれば、佐賀市を2つに分けることも必要になりますが、定数が小さいために議席配分を難しくしている現状の課題を取り除くことが出来ると考えています。
 ここに、議員1人あたりの最低有権者数を規程(17,000人)と定めておけば、議席配分を行った上で商が17,000より小さくなる場合には議員定数が自動的に削減される仕組みとすることが出来ます。

 これにより、新人が挑戦しやすい議会の仕組み、将来の道州制にも対応しやすい政治環境をつくることが出来ると考えます。

2023年佐賀国体開催に対する意見

 国体を2023年に佐賀県で開催することで、様々な課題が生じるでしょう。
大きなテーマとして次の3つが考えられます。

1.メイン会場の問題
2.障害者スポーツ大会との同時開催の問題
3.スタッフの問題

 1976年の開催時とは、予算に対する見方が違います。職員の年齢構成も違うでしょう。そして、様々な危機管理が求められる中で準備を進めることが必要になります。限られた予算の中でイベントを行うには、インターハイがブロック開催に変更されたように、国体もブロック開催が検討されても良い時期を迎えるのではないでしょうか。
 また前回開催のときは、スポーツインフラ整備も脆弱でした。今では県内各地に陸上競技場や競技施設が整っています。一方で十分な駐車場が確保されているとは言えません。
 さらにオリンピックが2020年に東京で開催されることが決まったにもかかわらず、私たちの国体への関心は遠のくばかりのように感じています。昨年長崎県で国体が開催されてましたが、隣県にいながら準備の段階でのご苦労や盛り上がりの様子などを耳にする機会はほとんどありませんでした。大会が始まった後も、新聞やテレビなど報道で、その様子が大きく取り上げられるものの、日常生活の会話にそのことが上ることはほとんどありありませんでした。
174 そんな国体を魅力あるものとして誘致するために、2023年の国体を佐賀県の単独誘致ではなく、長崎県との共同開催することを提案します。

 現在の長崎県と佐賀県の関係は、諫早湾干拓事業を発端とした水門の開閉問題でぎくしゃくしています。過去には長崎新幹線着工決定に際し、佐賀県民の反対意見を振り切って古川前知事の政治判断で着工が認められました。
 しかし、双方の行政が対立軸の中で議論がかみ合わない状況が続くことは望ましくありません。くしくも計画通りに工事が進むと2022年に長崎新幹線が開業します。その開業イベントのひとつとして佐賀長崎国体を開催することは意味があることだと感じています。
 幸い昨年国体を開催した長崎県には、その運営に携わる方が多数いらっしゃることになりますから、9年後に再び開催することは担当職員が継続できることで運営の効率化も図れます。山口知事も長崎県庁で勤務なされた時期もありますから、その人脈を活用することも可能かと存じます。準備活動を通じて両県の職員、特に若い職員達同士の交流が深まれば、両県が抱える様々な課題を柔軟な方法で解決するための方法をみいだすことができるのではないでしょうか。
 従来のやり方での誘致では、生まれてこないビジネスの機会が、新しいことに挑戦することで、新たなビジネスのきっかけを生み出してくれるのではないかと考えます。


 さて、国体開催するにあたっての課題の一つがスタッフの問題です。長崎県との共催が実現できれば、この問題は大きく改善すると考えることが出来ます。また、宿泊施設が不足する課題に関しても相互補完できると考えています。それでも、多くの選手達は片道1時間以上の時間をかけて競技会場に向かうことになると思います。

 次に、国体と障害者スポーツ大会の共催について考えてみます。昨年11月、知り合いが競技会に参加されるということで、諫早市まで応援に出掛けて大会の様子を見てきました。その時に感じたこと、知人が語ってくれたことを考えると、3つの課題が克服できるかが鍵になります。
1.宿泊施設の確保
 障害者スポーツの開催の場合、車いすに対応できる施設など、民泊では対応できないところがあります。長崎大会でも私の知人は宿舎から会場まで1時間半かけてバスで往復したそうです。せっかくの大会にこれだけの負担を選手に強いるのが適当なのか考える必要があります。
2.スタッフの問題
 競技スタッフだけではなく、周辺の会場案内にもスタッフは必要です。特に競技スタッフは、障害者スポーツの場合、出場する選手の数に比べてはるかに多くの人の手が必要だと感じました。また、競技の進行にも時間がかかります。それを埋め合わせることは容易ではありません。実現するためには思い切って、競技種目を削減することも一つの方法だとは感じます、
3.会場からの声援の問題
 選手の応援に各地から大勢の方が会場に足を運ばれると思います。障害者スポーツを見慣れていない観客の方に、視覚障害者の競技の際に「お静かにお願いします」とアナウンスされて、速やかにその環境を整えることが出来るでしょうか?
 日頃の競技会で、運営者の声に傾けることが出来る環境をつくることが出来なければ、実現は難しいと感じます。

 国体が開催された同じ会場で競技できること自体が素晴らしいです。ボランティアや役員の負担を考えれば、国体と同じ時期に開催することよりも、現在のやり方がずっとメリットはあるでしょう。場合によっては国体の前に行うことも一つの方法だと思います。

 最後にメイン会場の問題です。これには多久市陸上競技場を整備することを提案します。普通に考えれば、佐賀市陸上競技場を整備して活用することになると思います。しかし、駐車場に限りがありサガン鳥栖の試合をはじめ、様々なイベントを行う時には、大きな渋滞を起こしています。隣に独立行政法人佐賀病院があることも、大会運営に支障を与えることになりかねません。
 一方で、多久市陸上競技場を整備することのメリットは、長崎自動車道からのアクセスが良いこと、長崎県や福岡県からのアクセスはもちろん、県内各地から自動車を使うとほぼ同じ時間で会場まで着くことが出来ます。ここに1万台規模の駐車場を整備して、陸上競技場と補助競技場を整備することは、国体の後にもサガン鳥栖の試合をはじめ、様々なスポーツイベントを県民が等しく楽しむことが出来る機会をつくることになります。また現在、市政をひく10の自治体で、陸上競技場を持たない自治体は、神埼市と小城市です。多久市に隣接する小城市民が活用できることを考えれば、ここに大きな駐車場を備えた、競技場をつくることは意味があると考えます。
 そして、原子力防災の施設を兼ねることが出来ることです。玄海原発の防災訓練で明らかになっている避難の渋滞問題。唐津市と佐賀市を結ぶ厳木・多久バイパスに接するこの場所に「救護所を設置し避難民等に対してスクリーニング及び除染等が実施」する活動の拠点として利用することで、より多くの自動車を収容し速やかな避難に結びつけることが出来ると考えています。
 原子力防災についてさらに考えれば、現在議論されている長崎新幹線のフル規格化問題に対し、新鳥栖〜武雄温泉の改良工事でなく、新線を建設することを考えれば、鹿児島県の川内原発と相互に避難計画を実現することも可能になると考えられます。

 一過性の国体のための施設整備にとどまることなく、佐賀県の未来像として多久市にメイン会場を設けることには意義があると感じております。そして、国体という一つのイベントとしてとらえるのではなく、佐賀県の未来、地域の未来像を描きながら実現することが重要だと感じています。
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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