飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
購入のお申込、お問合せはこちらのサイトから

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

「コメント」「お問い合わせ」は、日本語でお願いします。
(日本語以外は無視または削除します)

その他の記事

半世紀を迎え

 今月50回目の誕生日を迎えました。

 いろいろな経験。できたこと、できなかったこと様々ですが、おかげさまで大きな病気にかかることがなく、50年間一度も(生まれたのは佐賀市の社会保険病院ですが)入院を経験することなく過ごせたことを幸せに感じております。

2014031906  ゴールデンゲートブリッジ 入院することがなかったお陰で、住むところが拘束されることもありません。赤いパスポートを持つことができたお陰で、世界を見て、學び知ることができました。





510 人の人生は「出会いで決まる」といわれます。様々な人との出会いの中で、戦後の日本人が失った「勇気」を持つ人と出会い、それを実践することもできました。





 新たな出会いを求めて、これからも勇気を持って昇り進めて参ります。

緊急事態宣言

 昨夜、夕食を食べて入浴後に体重を量ってみました。なんと60kg割れ
 身長181cmある私の体重が50kg台になることなど経験のないことです。学校を卒業して社会人になる20歳の時に64kgくらいだったと思います。30歳代には72〜74kgで安定していました。その後、生活スタイルが変わることで60kg台を上下し、近年では東京にいる冬場に65kg以下に痩せ、佐賀で農作業を行う夏場に67kg前後に増える季節変動を繰り返していました。
 今年は、コロナ騒動で夏場に農作業以外にも仕事を行うことと、食生活でパンとビールをほとんどとらないことが、大きく影響していると思います。また、会食の機会が減り、割り勘負けしないようにたくさん食べることを行わないことも影響しているかもしれません。ちなみに白米のご飯は、宮沢賢治の4.5合にはおよばないものも、一日3合ほど食べていますが。
 健康的な食生活を乱してまで体重を増やす方法を選ぶか、減り続ける体重を放置するか判断に悩むところです。
 まずは、酒席をともにする会食の機会が増えることを願っています。

太陽光発電売電バブルの終焉

2020051401 我が家の太陽光発電システム、
48円/kwhの優遇買い取り期間の10年が終了しました。
 約5kwのシステムで10年間に売電できた電力量は46,806kwh。
売上げは\2,246,208円でした。
 発電システムに内蔵された表示の売電量とは、検針の時期などを含めて、いくらか異なるようです。

 広く普及しているメーカーではなく、屋根材一体型のシステムですが10年間、故障なく運転できたことがなによりです。

はたけに大豆の種をまいて

IMG_5425 減反の水田に今年から飼料米を作ることにしました。これまでは、1枚の圃場(約60a〜80a)に大豆を作付けしていましたが、その手間が省ける一方で、この冬、コロナ騒動による食糧不足、タンパク質不足が発生したときに備えるために、田圃の畦(はたけ)に大豆の種をまきました。
 田圃(た)の端(は)に食べ物(け)を作ったことが語源といわれる「はたけ」。原点回帰です。減反の田圃に育てる大豆は防虫剤を添付しますが、今回は自家消費が目的ですので、農薬を使っていません。すでに葉を虫が食べたような跡が・・・。約30mほどの畦に蒔いた大豆。無事に育つでしょうか?

IMG_5400 6月3日に種まきしたShi-n和(さがびより)。ジャンボタニシの食害に負けずに、成長しています。
 草取り作業と併せて頑張っています。

カフェ&キッチンMでお昼を

2020062604 伊万里自動車学校の入口交差点向かいにあるHOTEL WIN。その一階にカフェ&キッチンMというレストランがあります。松尾勝馬牧場さんが営業されており、ランチがおすすめです。
 全て1380円で「ピザランチ」「パスタランチ」「ハンバーグランチ」の3コース。


2020062607 デミグラスソースのハンバーグランチをいただきました。
 前菜に「スープ」と「サラダ」。






2020062401 ライスとパンは選べます。ライスの大盛りがないのは、残念ですが。
 ソースは和風とデミグラスを選べます。






2020062403 「デザート」とコーヒーか紅茶は、目でも楽しませてもらえます。








営業時間は21時まで。年中無休とのことです。

2020062502炙り丼








2020062608レモンステーキもお薦めです。

運行管理者講習で伊万里まで

2020062601 6月24日から26日までの3日間、運行管理者(旅客)の基礎講習を受講するために、伊万里自動車学校へ通いました。お天気に恵まれた初日、車のナビに「伊万里自動車学校」を目的地セットして向かっていると、事前にグーグルで検索した場所となんか違うような・・・。
 実は、今年になって自動車学校は新しい場所に移転オープンしていたのです。初日で受け時間に余裕があり、トラブルになりませんでしたが。
 新しい会場での授業は快適です。

神話から誕生した津島・対馬へ

033 日本の神話・古事記などにも登場する大八島の一つ津島。大陸文化との中継地でもある国境の島「対馬」に足を運んでみたい。そう思ってから10年が過ぎた今月、ついに足を踏み入れることが出来た。
 天気予報で「壱岐対馬地方」と称され九州・長崎県の一部であり身近に感じながら、島については何も知らない。その対馬に強い関心を持つようになったのは、2009年6月に購読した雑誌「WEDGE」に掲載されていた産経新聞社・宮本雅史氏の記事「韓国に買われる対馬 国境の島を守れぬ 日本の欠陥」に衝撃を受けたことである。
 日本の安全上、極めて重要である所なのに無関心でよいのだろうか?
 水と安全はいつまでたっても、タダと考えてよいはずはない。一方で、他人の情報だけで物事を考えてはいけない。指導者であればなおさらのこと。実際の対馬とはどんなところか。何を恐れ、何を大切にしなければならないのか、自然、人、あらゆるものから、何を感じるか、
 そんなことをイメージしながら、農作業が一段落した金曜夜、博多港を出るフェリーに準備も計画もなく、ただ帰りの船の時間だけを調べて島を目指した。帰宅してから本棚に、そのときの雑誌WEDGEが残っていたことに気づいたことも、準備不足の象徴になってしまった。
 朝4:50の対馬・厳原港。「港の賑わい」を想像していたが、フェリーを下りた人は足早に目的地を目指し、漁港や市場で賑わうわけでもない、フェリーに積まれた車が下船すれば、静かな港に戻るさみしいところ。バスの時刻は島の北部・比田勝港行きが7:03発。港近くのガソリンスタンドに併設されるレンタカーも7時から営業の看板が。時間まで港近くの丘に登って過ごす。準備不十分だから島の地図もガイドブックもない。
(農作業の最盛期で時間に追われた日々が続いていたので、自らと向き合うよい機会になった)

 幸い、レンタカーを借りることが出来たので翌日2時までの約30時間を、地図と直感を頼りに巡ることになった。レンタカーとともに貸していただいたガイドファイル。そこにあった神社巡りと砲台跡巡りを中心にルートを考えながら走ることにした。

 レンタカーのガイドに載っているからと目指した砲台巡りは、目的地に近づくにつれて道路が狭くなったり、未舗装であったり・・・。そもそも、昼間とはいえ男性でも一人で行くことは考えるべき場所だと感じるところが多かった。上見坂堡塁跡、太平砲台跡、姫神山砲台跡、豊砲台跡(写真6枚)。
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芋崎砲台跡と城山砲台跡(金田城跡)は、登山の道のりが長く準備不足のために断念。

077 上対馬町殿崎にある「日ロ友好の丘」
日本海海戦100周年を記念し、大きなレリーフが建つ。
日本が勝利したとき、負傷したロシアの水兵たちを井戸に案内し、夜は民家へ分宿させるなど、敵味方を関係なく手厚く看護しもてなした、ことが記されている。


131 豊玉町にある「和多都美神社」
海彦山彦の神話で知られる彦火火出見尊を祭神とする海宮。






156 和多都美神社から10分弱で到着できる「烏帽子岳展望所」
 WEDGEに紹介された、韓国資本が購入する土地問題が多いとされる浅茅湾。360度全ての眺めが美しい所。




204美津島町にある「金田城跡」
 663年の白村江の戦いに敗れた中大兄皇子が、国の守りの最前線として築かせた日本最古級の城跡。準備不十分のため、登山道入口までした行けず。
(登山道入口までの道路も悪路)



222厳原町小茂田にある「小茂田神社と元寇の古戦場」







234厳原町椎根にある「椎根の石屋根」
 板状の石で屋根を葺いた高床式の倉庫。冬場の強い北西の季節風から守るために作られた。





 南北約80km東西20kmの島を二日間で400kmを超えて車を走らせた。海に恵まれた漁業の島だから、おいしい刺身やお魚を食べられる、と思っていたが、お昼に食べることが出来る飲食店は少なく意外な結果になった。
125 初日にお昼ご飯を食べた比田勝のお店で、観光客の様子をうかがうと
「2018年までは韓国からの観光客が多く賑わっていたけど今はこの通り。
閑散としています。元々、(壱岐と違って)観光客の多い町ではありませんので元に戻った感じです。」
と、お話しくださった。夜の宿も手配していなかったので、どこかいいところがあるか尋ねてみると、車で5分ほどの泉という場所の民宿を紹介してくださった。初老のご夫婦で営まれる漁師さんの民宿だったので、こちらでも色々お伺いすることが出来た。
275 2日目は偶然なのか後を付けられたのか分からないが、島の南・多久頭魂神社でパトカーがやってきて、赴任して2年目というお巡りさんから10分くらい島の様子を伺うことも出来た。





 わずか2日間の滞在で自らの答えを出せることではない。厳原にある資料館や神社で、より深く歴史を学ぶことも必要である。冒頭で書いた「韓国に買われる」という懸念は、対馬の問題というより日本中で野放しにされていること、北海道や沖縄、各地の水源が買われている問題と区別して考えるものではないと感じた。そもそも「観光で成り立つ島でなかった」といわれることを考えれば、私たちが対馬という島に対し無関心でいることを反省すべきであると感じた。
 古来から大陸とつながり独自の文化を形成しながら、白村江の戦い、元寇、倭寇、秀吉の朝鮮出兵、家康による講和、日清・日露戦争と、常に外と内から圧力をかけられ、厳しい選択を迫られた島の人々。その努力のお陰で現在の日本の暮らしが成り立つことに感謝の意識を持って過ごしたい。日本と韓国・朝鮮、そのバランスの中で島は発展してきた。背景を知らずに韓国からの観光客を非難すべきではない。
 自然豊かな対馬は、足を運べば素敵なところである。しかし、私たちの振るまいが島の人や動植物にとって歓迎されるものか否かは判断できない。訪れた6月7日には、島の各地で老若男女総出の公役と思われる草刈りが行われていた。基幹道路の建設は行政の手によって実施されても、維持管理や生活道路を支えることは、住む人たちの力を結束することで成り立っている。それを目にすると私たちが対馬を支える方法は漁業の支援、すなわち「対馬産のお魚を意識して購入すること」なのだろう、と感じた。

 「唐津から釜山へ新幹線で!」
 そこには対馬をどう守るか、という考えが前提にある。鉄道は国防と国家戦略の重要な要であることは航空機や通信が発達した現在でも変わらないと考える。しかし、コストや技術の問題に目を奪われかねないが、根本の問題として対馬の経済は福岡県(韓国や佐賀も)との結びつきで成り立ち、漁業などの抱える調整すべき課題もこの地域との調整が重要である。にもかかわらず行政だけは長崎県。この現状を維持したままでは、住民が日本社会で共に生きることを実現することが困難になりかねない、と思う旅だった。

佐世保市今昔

001 30年ほど前、学生時代に毎週出かけた街。歩いた場所。四ヶ町商店街。
 今も目にすることが出来るカワシモレコード店の看板。懐かしい場所。

新しいパソコンはNEC製で

027 Windows7のサポートサービス終了に伴い、インターネットを使ったパソコン利用を控えておりましたが、3月24日に新しいパソコンを起動させることができました。
 今回は、20年ぶりにNECのパソコンを購入しました。データのセキュリティーを重視し、メイドイン日本にこだわっての選択です。そして、これまでは安さ重視で購入しておりましたが、今回はシンプルな内容とスピード重視です。
 住宅のデザインを仕事にしていた時代と異なり、画像を重視する必要がなくなりましたので、保存データも少なめです。これまで、電源を入れて1分以上かかっていた起動時間が、10秒足らずになりました。これまで失った時間の大きさを痛感しております。

 パソコンのパスワードを思い出すのに、ちょっと時間がかかりそうですが、少しずつネットに復帰していきたいと思います。

 

Window7 サポート終了で

 今週末で長年使ってきたパソコンのOS「Windows7」のサポートが終了します。そこで、新しいパソコンを購入しようと、新年の初売りに合わせて出掛けたのですが、時すでに遅し。皆さん考えることは同じようで、かなり長期間の出荷待ちの状況でした。
 すぐに購入できないのなら、といったんあきらめてじっくり機種を検討することにいたしました。

 このためサポート終了後、当分の間、本ブログの新規投稿を休止いたします。

 新しいパソコンの準備が整いましたら、再開させていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
 コメントや記事の訂正などはスマホから可能な範囲で対応したいと考えております。

謹賀新年 庚子(七赤金星)

017 新年おめでとうございます。飯盛良隆
今年は4年ぶりに東京で新年を迎えております。そのため、お正月らしいことは何も行っていません。
 藪入りに合わせて佐賀へ帰省するという、ちょっと変わった年の始まりです。



 昨年は、公には今上陛下の御譲位による代替わり、新しい年の幕開けでしたが、政治に関しては衆参同日選挙が実現できず、消費増税による生活への影響が厳しさを感じさせる年末になりました。
 台風や大雨の影響で、各地に被害が発生し、大変な形で新年をお迎えの方もいらっしゃるでしょう。直接の被害はなかったものの、お盆からの日照不足、9月の台風による塩害、そしてトビイロウンカによる虫害で、稲の作柄は佐賀県平均の作況指数50数パーセントとまでは落ち込まなかったものの、Shin-和、そしてさがびよりは、例年の7割程度の収量に終わりました。
 農業でも、収入保険制度が始まっていますので、これから確定申告を行った後に、被害額と補償が確定しますが、全国的に豊作、九州でもやや不良の作柄の中で、育ててきた「さがびより」のブランドイメージ低下につながらなければと感じています。

 さて、2020年は東京五輪です。残念ながら、競歩とマラソンが北海道へ会場移転。海外の団体の意向に反論できない政治家、そしてマスコミの姿勢に開いた口がふさがらない、そんな思いでおります。大会最終日の男子マラソン、その盛り上がった会場で大会の余韻を楽しみながら幕を下ろす閉会式。それを見ること、感じることの出来ないむなしさを感じています。
 海外に意見を言えない日本人より、自らの意志を示すことの出来る台湾。ここには、良き日本の精神が今も生きづいています。2月に行われる生産組合の旅行、生産組合長は、たぶん4回目ですが、北海道とのアンケート調査で決選投票の末、台湾に確定しましたので初めて参加します。前回訪れた八田與一先生がつくられたダムへも足を運びます。
 6月には初めて壱岐・対馬を訪れることを計画中です。
 7月21日から9月10日までは、まさに五輪モード。東京で世界市民として皆様のおもてなしが出来るように、日々精進しております。
 熱気和らぐ10月末には、高野山へ足を運ぶことを計画しております。

 五輪が中心となる2020年、稲作は初期管理や終盤の管理、稲刈りは私が行いますが、穂肥ふり以外の中間管理は、父・忠勇(今年で78歳)が楽しみながら行ってくれることを期待しています。
 震和塾、農業体験については、開催日時を絞って実施したいと考えております。次回以降の投稿で、あらためて紹介させていただきます。

 本年も、家族共々 よろしくお願い申し上げます。

本栖湖と富士山

057 1000円札の裏面に描かれている
「本栖湖に映る富士山」
 お札のような逆さ富士を見ることはできませんでしたが、その容姿はあこがれの美しさ。
 波立つ湖面は、そのときの心境を現すもの。同行したメンバーのものか、日々磨いていかなければなりませんね。

 ところで、最近道路標識などで、日本橋を「Nihonbashi Bridge」とか、隅田川を「Sumidagawa River」と表記するものを見かけます。
 なのに山だけ「Mt. Fuji」では、御山に対して失礼ではないかと疑問に・・・。
「Mt. Fujisan」
「Mt. 富士山」「Mt. Fujiさん」
自然ではありませんが、御山に対して敬意を払って読んでみるのはいかがでしょう。
 言葉にはエネルギーがあります。その美しい姿をこれからも、見ること、拝むことができますように。

両親の金婚式に

003 今日は両親の結婚記念日(金婚式)でした。いつもけんかばかりしている印象が強く、相性が悪いと思っていましたが一昨年、運命学で月盤を学んで驚きました。
 二人とも、西に「天道」という幸運の窓を持つ偶然。その天道が西に重なる「酉年の五月」に結婚していた事実。
 ピンポイントでつかんだ「成功の秘訣」ともいえるでしょう。
 それぞれ、健康に不安を抱えながらも、元気で暮らしてくれていることに感謝です。

 花篭は今日の午後、母の友達夫妻が届けて下さいました。身内でお祝いの予定がなかったので、サプライズプレゼントに感激でした。

最下位サガン鳥栖の試合を見に

005 今シーズン、わずか1勝と成績不振を極め、先日監督が交代したサガン鳥栖の試合を見に行きました。
 今シーズン始めてみる試合。もちろん、テレビ中継やニュースでも見ていませんので、チーム状況の先入観はありません。
 試合開始から積極的にプレイするサガン。先制点、追加点、だめ押し点。ともに効果的だったこと以上に、金明輝監督の運気の良さを感じました。
 2点目となる、豊田選手のPK成功は試金石。その後のピンチで、ガンバ大阪のシュートがクロスバーに当たってノーゴール。勝利以上に、チームの安心感を得られる試合でした。

ユースと過ごした平成30年間

050 令和元年5月2日。また訪れたいと思っていた場所へ、ついに足を運ぶことができました。京都市右京区にある宇多野ユースホステル。平成4年4月25日に宿泊して27年の月日が流れました。
 平成元年に修学旅行で京都に立ち寄ってから、京都を訪れる機会はかなりの回数ありましたが、交通アクセスが不便なために、これまで宿泊場所に選ぶことはありませんでした。噂に聞いていましたが、驚くほど立派になった施設と変わらぬおもてなし。
 今回宿泊することができてよかったです。

19920426京都104 30年前も歩いた大覚寺への道。当時はポピーの花畑がありました。住宅地が増えたと感じる景色の中に、今回はレンゲ畑を見ることができました。




19920426京都106 アングルは異なりますが、大沢の池。今回は6時台に早朝散策。当時はどんな風に見えていたのだろうか?





 平成30年間の旅は、ユースホステルとともに過ごしてきました。18歳で旅したみちのく路。群馬県太田市での工場実習を終えて、初めて泊まった宿は田沢湖ユースホステルでした。駅からのバスを降りたところで偶然乗り合わせていたのは、東北大学大学院の電気工学科で学ぶお兄さん。高専で電気工学科に属しながら、専門教科に苦労する私に貴重なヒントを与えてくださいました。
 佐賀県内で就職を決めた私が、卒業旅行で訪れた北海道。中山記念小清水ユースホステル(後のオホーツク小清水ユースホステル)での出会い。当時は湾岸戦争で、海外への卒業旅行を中止した同世代の仲間が沢山いらっしゃいました。そこで勧められた氷上運動会への参加は、それを目的とする旅行を計画するように魅了されました。

 時代とともに旅のスタイルが変化する中で、令和の時代、私の旅のスタイルはどう変化していくのでしょう? 自分のことながら興味深いものです。

新しい時代 令和を神宮で迎え

015 毎年恒例となった神宮参拝。14回目?にして、初めて傘をさしての参拝となりました。
 元号が変わるこの日を選んで参拝する人は、予想通りでしたが、びっくりしたのは御朱印を求める長蛇の列。正宮を参拝する人の列よりも遙かに長かったです。人々の願いが

 世界の平和と
 日本、皇室の繁栄につながりますように

外宮と内宮で、ご祈祷をお願いしましたが、御朱印や記念のお菓子を配られている列へ並ぶのは控えさせていただきました。

桜の開花が間近の上野公園へ

002 休日明けの午前中に、上野公園へ立ち寄りました。東京の桜、開花宣言もまもなく。一足早く開花している木を見かけることもできました。





006 3月20日は上野動物園の開園記念日、ということで入場料が無料。ちょっと中をのぞいてみました。掲示板には、パンダの見学まで70分以上の文字が・・・。
 知っていたら、早起きして来たのに・・・。

 来年は、と思いましたが、暦を見ると春分の日の祝日。

豊洲市場を見学してきました

 豊洲市場の見学といっても、マグロの競りを見学できたわけではありません。今回は、早朝のお共先として指示されることもある豊洲市場がどんな配置になっているかを探るためです。広い市場で、ご降車場所の精度を上げなければ、お客様は長い距離を歩いて目的の場所に行くことになるためです。
 また、注意が必要なのはマグロの競りは早朝5:45から行われていますので、営業時間とはいえ7時過ぎに着いても観ることはできないということです。
 さらに、会場の空気を感じる展望デッキは、インターネットで事前予約の仕組みになっているため、直前に思い立っても入場することができません。

010 いつも見慣れた芝浦の景色。ゆりかもめからみると違って見えます。ただ、早朝のマグロの競りを見に行くのにはタクシーがお薦めです。





022 新橋から乗車したゆりかもめは、豊洲市場に到着直前に晴海から銀座へかけての再開発の様子を見ることができます。







 市場はフラットな回廊で移動できます。ちょっと清潔感がありすぎて・・・。
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Tokyo Subway Ticket

 飛行機で東京へ出掛け、都内を周遊するときにお薦めなのが、Tokyo Subway Ticket です。通常の販売所では外国人向けにしか販売されていませんが、羽田空港第二ターミナル地下一階にあるインフォメーションや成田空港の京成線切符売り場では、私たち日本人も購入できます。その際には、出発した空港の保安検査場で渡される黄色い紙が必要になります。
 このチケットの魅力は、都営地下鉄と東京メトロの両方を、それぞれ24時間、48時間、72時間乗り放題で利用できることです。通常の1日券ですと到着した日や帰る日には、半日しか乗ることができず、購入をためらってしまいます。でも、このチケットだと滞在日数に合わせてフル活用できるのです。

008 羽田空港からの場合、京急線で泉岳寺まで(モノレールだと浜松町まで)別に料金が必要ですが、都心部を回るにはこのチケットだけで、ほとんどの地域を楽しむことができます。
 24時間券は 800円
 48時間券は 1200円
 72時間券は 1500円
と、通常の都営地下鉄・東京メトロ一日乗車券の900円より割安で楽しむことができます。

戸越の帯広豚丼「とんたん」へ

 昨日、所用で都営地下鉄戸越駅近くの戸越銀座商店街を訪れる必要がありました。お昼ご飯に何を食べようかとグーグルマップで検索していたところ「帯広豚丼とんたん」というお店が気になり、足を運ぶことにしました。帯広の名物が豚丼であることを初めて知ったのは、北海道を旅した1994年2月です。しかし、旅行行程最終日に立ち寄った帯広でそれをいただくことはできずに、駅弁で購入して特急とかちの車内で食べたことを覚えています。その後、帯広市とは縁がなく、また吉野家で食べる豚丼とは全然別物という印象で・・・。妥協するなら、ラーメン喰い道楽の豚丼がそれに近いものでしょうか。

013 東京には、以外にも天然温泉がたくさんあります。その一つ、戸越温泉の入口角にあるのが「帯広豚丼とんたん」です。外には、テイクアウトの肉巻きなどを買い求める人が列を作っていました。




010 店内はカウンターとテーブル席が2つと広くありません。木製のカバーをつけたメニューは、お店の雰囲気とマッチして味があります。
主な料理の「豚丼」「定食」には、その量に合わせて松・竹・梅と3種類に分かれています。
 今回は「豚丼の竹」と「味噌汁」を注文しました。

011 さて、お待ちかねの豚丼。炭火で焼いた香ばしさが口の中に広がります。今回はバラ肉とロース肉が半々のどんぶりでしたが、昔食べた記憶が残る豚丼は、バラ肉かな? そんなことを思い出しながらいただきました。
 冬場の健康食としてもお薦めの豚丼です。

己亥・正月三が日

新年おめでとうございます。

己亥年、新年最初の更新が3日目と遅れてしまいました。

己とは、繁栄したものを統制することです。
亥とは、生命が閉じ込められている状態(春を待つとき)です。

そして今年は八白土星、「動かざること山の如し」です。

現状を変えようとせず、忍耐強く過ごしていきたいと存じます。

本年もよろしくお願い申し上げます。


今年のお正月の様子
008佐賀県立美術館

 ガラスの茶室  光庵






001東京タワー下


 





045池上本門寺

朝倉市の三連水車

013 今年七月の豪雨で被害を受けた朝倉市の三連水車。社会人になった頃から関心はありましたが、実物を見るのは初めてです。
佐賀県人としては、唐津市相知町にある町切の水車で満足していましたので。

 それと比較することは避けますが、どちらかというとこちらの方が迫力ありました。
017 三連水車よりも少し下流にある二連の水車。水の勢いが違います。活気があるように見えます。

 灌漑の施設として、水害にも負けずに水を送り続ける施設に先人たちの念いを感じることができます。

ひまわりが咲く道の駅原鶴バサロ

09103 国道386号線にある道の駅原鶴。道路向かいの水田に咲く向日葵が見頃を迎えていました。
 二ヶ月前の水害を忘れるように大勢のお客様で賑わっています。
 復興の支援方法は人それぞれ。現場で汗を流す人、現地でお金を使う人、現地に義援金を届ける人。・・・

福岡竹田研究会で古事記を買う

1708301 二ヶ月に一度のペースで開催されている福岡竹田研究会(竹田恒泰先生が古事記を読み聞かせる講演会)が8月30日に開催されました。今回の参加は約1年ぶりです。久しぶりの参加で古事記はどこまで・・・。という感じです。
 そこで竹田先生が古事記で語られる現地へ足を運び取材したものをベースに古事記を読み聞かせて下さるDVD全4巻(16本)を購入しました。これで私も、一年後には古事記を語れるようになっているはず・・・です。

 さて、お楽しみのその時々の話題のテーマは「日本の国防」でした。いろんなお話しの中で、過去の戦争を反省し、そこから学ぶことの大切さを力説されていました。
 1941年12月。本来戦う必要のなかったアメリカとなぜ戦うことになったのか。
 戦争はしないいように、させないように努力しなければならない。しかし、戦争をすることになれば、勝つ戦争しか行ってはならない。
 1941年12月。圧倒的有利な状況で始まった対米戦争(太平洋での戦争)。それが形勢逆転し1945年3月には日本本土を無差別に攻撃される事態になったポイントこそ、日本人が敗戦から学ぶべきテーマだということを改めて認識させられました。

久しぶりに福岡空港から東京へ

040 東京と佐賀を頻繁に行き来するようになって4年ほど経ちます。当初は福岡空港の利用が多かったのですが、格安航空の春秋航空を利用することが増えたことと、全日空が1日5往復と増便されたことにより利便性が良くなったことで、最近は福岡空港を使うことがめっきりなくなっていました。
 今回は遅い時間に帰る必要があったことと、夏休みということで料金が佐賀空港往復より15000円ほど安かったので、福岡空港から羽田へ向かいました。
 日本航空は座席指定に料金がかからないので、久々に窓から富士山を眺めながら。

059 房総沖では、お日様を眺めながら。
 福岡空港が工事中という事もありますが、普段当たり前のように感じている佐賀空港の利便性を改めて感じました。
 まずは、チェックインした後に歩く距離の短いこと。エスカレーターで上に上がれば、そこに搭乗口があるということの魅力を再認識しました。
 次に、待合室で確実に椅子に座ることができること。混雑した空港でチェックインに時間がかかり、その後、ゆっくり座るスペースのないところで時間を過ごす苦痛、いや仕事や勉強ができない、無駄に過ごす時間が惜しまれます。
 そして、最終的に混雑しない空港だから定時運行ができる魅力です。佐賀空港を利用して飛行機の出発が遅れた記憶は一度しかありません。それよりも定刻より早く出発して驚かされたことすらあります。手荷物を待つ時間も短いので、羽田や成田に降りたとき、佐賀に帰ったとき、着陸と共にその後の計画を確認することができます。

 今回福岡空港からのフライトでは、到着機材の遅れで15分、遅れたことによる離陸の遅れでさらに15分、そして荷物を待たされることにより15分、結局ホテルに到着するのが予定より1時間近く遅くなってしまいました。
 オスプレイ誘致で揺れる佐賀空港ですが、山口知事は就任からLCCを中心とする旅客の利便性にも力を注がれました。年配の方にも利用しやすい空港として活用の道を広げることも、一つの方法ではないかと感じます。

武雄競輪場へ

055 知り合いの競輪選手が6月に遊びに来てくださいました。全く知らない世界でしたが、競輪の鐘は「追悼の鐘」を意味することや、一レースに出走する車数は陰陽の意味から7か9に決まっていること、さらには開催日が年金の支給日を意識して決められており、支給された年金を地元で使っていただき、その売上げで自治体が事業を行えるように考えられている、といったことを教えていただきました。
 それを聞いて早速現場の観察に武雄競輪へ足を運びました。もちろん、その選手の応援です。施設の快適さに、ちょっとビックリです。猛暑の3日間でしたが、冷房の効いた施設は年輩の皆さんにとっても快適な時間だと感じます。
 また一つ、新しい学びを得ることが出来ました。

蜂に刺される

 お昼に農業灌漑ポンプを止めて戸締まりする際に、後頭部に何か止まった感じが・・・。

 手で払おうとすると「チクッ」と強い痛みが!

 たぶん、蜂に刺されました!

 急ぎ帰って、患部に塩水をすり込んでもらいました。痛みは小康状態です。


 さて、蜂に刺されるということは「虫の知らせ」
 自然からのメッセージです。

 蜂は三碧。今思っていることを進めなさい、という意味です。
 しかも、刺される、という事は最終警告。とっととやれ! ということです。

 ちょっと、波風が立つかも分かりませんが、教導の愛をもってすすめなければ。

五ヶ山ダムと小川内の杉を訪ねに

035 来年春の完成を目指し貯水が始まっている五ヶ山ダム。3年ぶりに家族三人で見に行きました。
 先月は福岡市から一人で385号線を帰るときにダムの工事が終わっていることに気づいたため時間も押し迫り、ゆっくり見ることが出来ませんでした。
 今回はダム湖を見ることと、小川内の杉が、その後どうなったかを確認することが目的でしたので、ダムサイドをゆっくり一周できました。
 橋の下には、ちょっと懐かしい旧道が少しずつ湖に沈んでいます。

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042 朝のうち曇っていた空も、きれいな五月晴れに。小川内の杉は新しくなった山祇神社の境内脇に移設され、作業者の方に守られていました。
 佐賀と福岡の天を支える大切な柱です。しっかり根付かせなければなりません。これから、もっと多くの人々に見守っていただきたいと感じました。

吉野ヶ里町小川内にダム湖出現

002 久しぶりに国道385号線を使って福岡市から佐賀へ帰りました。以前来たときはまだ工事中だった五ヶ山ダムが完成したようで、貯水が始まっていました。私の中では、ちょっと時間が止まっていたようです。





054 知事選出馬表明前の小川内地区。お天気の違いもありますがのどかな里山の風景です。






038 旧県道の脇にはこんな自然も。








012 そして、最も話題になった三本杉。今回は時間がなくて移植された三本杉を探しに行くことはできませんでしたが、今度はお天気の良いときにダム湖の見学を兼ねて足を運びたいと考えています。

スローフードの餃子を東華園で

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休日になると食べたくなる餃子。国道6号沿いにひっそりと立つ中華料理東華園へ。
注文を受けてから具を捏ねて、皮に包み焼始めるスタイル。
ちょっと斬新に感じました。
アルコールを口にしないと少々待ち時間が長く感じます。

祝・稀勢の里優勝と新横綱誕生

 大相撲初場所で悲願の初優勝を果たした稀勢の里。待ちに待った日本人横綱の誕生で盛り上がっているようですね。このことをブログに書く私も稀勢の里ファン。いや、正しくは先代師匠の59代横綱・隆の里の大ファンでした。
 横綱北の湖の晩年で、千代の富士が全盛期を迎えようとする時期、私の10代前半の時期に、一瞬割って角界を盛り上げたのが隆の里関です。ほとんどの方の記憶には残らないでしょう。しかし、大横綱千代の富士を圧倒し、新横綱の場所を全勝優勝で飾るなどその相撲は記憶に残るものでした。
(横綱昇進の前々場所13勝2敗、前場所14勝1敗優勝)

 当然、引退後に育てる力士にも興味がありました。しかし、稀勢の里関の兄弟子・若の里、隆乃若と関脇止まり、期待された稀勢の里も精神面の弱さからか伸び悩んで・・・。

 そんな中で取りざたされた、鳴戸親方の不祥事騒動?
耳を疑いました。騒動は、そのまま親方の急死という想像も出来ない結果に。
020 直後の2011年九州場所。いろんなことが考慮された上で大関・稀勢の里が誕生しました。写真は福岡国際センターへ足を運んだ9日目の様子です。今のl盛り上がりからは想像が出来ないほど空席が目立っています。



 横綱・隆の里の歴史が、このままで終わって欲しくない。そのためにも稀勢の里関に優勝を、そして横綱に。そんなおもいで、応援してきました。先代師匠・鳴戸親方(隆の里)。
その光の部分を引き出し、日本人が捨て去ろうとしてきた精神を、もう一度見直すことが出来る機会が訪れたことを、本当に嬉しく感じています。

 横綱稀勢の里は雲竜型の土俵入りを選ばれました。これからは無き師匠のためではなく、自らの歴史をつくり、子どもたちの記憶に残る活躍を期待しています。

053 明治神宮で神事を終えて、土俵入りの準備に向かう第72代横綱・稀勢の里と「麻」でつくられた真新しい雲竜型の横綱
(平成29年1月27日 明治神宮)
飯盛良隆
佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。

平成24年3月、帝王学(氣の學問、道の教え)を学び始める。同年6月
唐津から釜山へ新幹線で!

実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。

そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
夏・佐賀で稲作
冬・東京エムケイ(株) 勤務
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