飯盛良隆のi佐賀iよ〜したか

住まいづくりのコンシェルジュから転身 佐賀県知事に挑戦した飯盛良隆のブログです。

準完全無農薬・無化学肥料のお米「Shin-和」
平成28年産は完売しました。平成29年産の受付は8月を予定しています。

ラジオ体操会を開催します。
6月7日(水)〜10月4日(水)の月曜・水曜日(8月14日はお休みです)
時間は 6:25〜6:45  会場は、主に小城市三日月町樋口地区
 「6月 7日は現在未定」です。

元氣と景氣と大気を探求する震和塾を開催します。
6月12日(月)〜10月2日(月)の月曜日
ただし、7月17日、7月31日、8月14日はお休みです。
時間は
 13:20〜14:50(人を読み、時代を読み、天意を読む)
 15:20〜16:50(人類の至宝インド哲學、眞理學入門)
 19:20〜20:50(ボーダレスな社会・定員5名)
会場は小城市三日月町樋口803 震和会事務所
参加費は1回 1,000円相当 (但し後援会会員は2回まで無料)
震和塾参加申込みはこちらから
お名前と当日連絡の取れる連絡先をご記入の上、送信してください。

震和会とは。(為雷)人生の試練や困難を切り拓き、奮いたつ勇気をもって、
(日本)の国を再興する、という意味です。

食と健康と文化

田んぼの中から出土した!

001 この冬、父が作業していたときに、このあたりから大物が出土しました。
 毎回トラクターを使っていると「ガタガタ」と大きな音を立てるところがあったのですが、なかなか原因がつかめませんでした。
 その原因がとうとう発見されたのです。



003 この細長い大きな石。
 これが田んぼの中に埋まっていたのです。おそらく、45年前に行われた圃場整備の際に、その場所に落ち着いてしまったのでしょう。とても一人で運べるものではありません。
 田んぼには大きな穴が開いたようで、ボラ土を運んできて補修していただいたようです。
 これで、トラクターで引っかけることはなくなりました。しばらくの間、田植え機類が沈まないように気をつける必要はありますが。
 

出穂確認

009 こだわりの米作りをはじめた水田で、出穂を確認できました。佐賀県が推奨する「特栽」ではなく、独自の方法で農薬を控え、肥料にこだわった米作りを行っていますので、穂が出るまでは不安もありました。




010 しかし、農薬が悪いのではなく、肥料が悪いから農薬が必要になる。肥料を見直せば農薬を使う必要がなくなる、という信念の元、これまで3年間行ってきた直播き栽培の実戦経験を踏まえ、種を播く時に併用する除草剤「サンバード」以外を使わずに、ここまでたどり着くことが出来ました。

 今後の日照不足や台風など、不安要素は沢山ありますが、イネの持つ力を引き出すことに専念した米作り、この経験をシェアできるように努めます。


007 8月14日のイネの様子








011 7月31日のイネの様子








022 7月17日のイネの様子








024 7月3日のイネの様子








035 6月19日のイネの様子





お塩ちゃんがやってきました

001 北海道から「お塩ちゃん」こと笹谷達朗さんがお見えになりました。6月に初めてお目にかかり、首長選挙を経験したもの同士、そして今は、食の再生で日本人を復活させることを夢抱きながら議論が続きます。
 ペリーが来航した時に「支配層のみならず町の人々までもが高い知識と規範を持つこの国は、将来、私たちの国を脅かす存在になるだろう」そう報告され、第一次世界大戦の戦勝国に加わったことで、次のターゲットにされたこと。そして、次の大戦で勝利し、思い通りにこの国の精神を壊すことに成功したことを語っていただきました。

 日本人がふぬけになったのは、神前に供える全てのものを奪い、変えることに成功したからです。形式的な神社信仰だけが残り、その精神は忘れられてしまいました。麻の文化を捨て、薬とタバコと化繊に依存し、お米中心の食生活から麦を主食に買えてしまった食糧政策。

 御神酒として供えていた日本酒文化が衰退し、ビールを中心とした洋酒への趣向変化がありますが、興味深かったのは、フランスワインのボジョレーヌーボの誕生と日本市場開拓の話しがあります。現代日本人の浅はかな考えが、こんな所にもあるとは驚きでした。

 さて、日本人をふぬけにする政策の一つに、海水から作る天然のお塩をなくしてしまうことがありました。今、NHKの朝ドラで能登の塩田がテーマになっていますが、1971年に日本では全ての塩田が廃止されています。天然のミネラルが入った塩がなくなったのです。

 本物の塩を摂ることが出来れば、内蔵機能が活発になり、薬を必要とする病気を減らすことも出来るそうです。熱中症対策にも「天然の塩」が必要なのです。塩を摂ることで必要な水を穫ることが出来るのです。単に水を飲むだけでは解決できない障がいを解決する力、天然の塩にはそれが含まれており、日本人が信仰として掲げてきた神殿のお供え物には、日本人の力を引き出す全てが供えられているのです。

白米食のすすめ

先の選挙で私は「ふるさと佐賀県産のお米を学校給食に無償提供する。」ことを公約に掲げました。

本当は「玄米食を無償提供する」としかたったのです。健康に良いとされるお米の栄養価が高い部分の約8割は、精米する過程で失われるとされているからです。
しかし、食に隠された真実を学んだ時、玄米食の危険を学び、白米にしたのです。

身近な食材の一つ卵。ご家庭にある卵をゆで卵にしてみてください。

007 あなたが普段食べている卵は、このように鮮やかに黄身と白身が分かれますか?





031 それともこちらの卵のように、ちょっとくすんだりしていますか?





033 こちらの卵は黄身と白身の間に、少し黒ずんだ層があります。
 実はこれ、農薬や抗生物質が入った飼料をえさとして食べている鶏の卵に残留した物質がこの黒い層を形成するというのです。
 初めて耳にした時は驚きました。


 しかし、このことが他の食べ物の生育にも、同じように作用していることを直感的に知ることは難しいことではありません。お米も同じように玄米のまま食べる時に口にする、籾殻に近い部分に残留農薬や抗生物質が蓄積しているのです。

 健康に良いと考えて食する玄米食には、大きなリスクが潜んでいたのです。

 もし、完全無農薬で抗生物質を使用しないえさを食べている家畜の排泄物から作られる堆肥で育てられたお米を手に入れることが出来るなら、健康のために玄米を食べることをお薦めします。
 しかし今の日本で、こだわって育てられたお米を手に入れることは容易ではありません。とても、学校給食に提供することなど出来ないのです。

 日本では安全と水、空気はタダと言われた時代は過去のことと言われるように、健康になるお米を手に入れることも難しくなっています。
 今、日本の農業に必要なことは、失われた「日本人の健康と健全な精神」を保つ米作りだと感じています。

グローバル企業の農業戦略

TPP参加による農産物主要5品目の動向に注目が集まっています。

しかし、グローバル企業がTPPをてこに仕掛ける戦略は、商品を輸出することではなく、その国の社会を壊すことにあると考えるべきです。

農協解体の目的が「金融にある」といわれることも、うなずけます。

しかし、グローバル戦略はもっと長い時間をかけて、人々が気づかないように「社会構造を変えることが目的にある」のではないでしょうか?

この10年で、日本の農業は兼業の家族農業から、認定農家や集落営農という形で大規模化を求められました。平均面積30haで効率的な生産を行い、海外からの輸入に対抗しようという考えです。現在は任意団体?の集落営農も、法人化することを求められています。もちろん、それを前提に補助金が支給されていますから、軌道修正することは容易ではないと感じています。

さて、法人化した農家・営農団体は今後どうなるのでしょうか?

当然、海外から入ってくる農産物に、わずかな補助金をいただいて対抗することになるのですが、海外から日本に輸出する農家は規模が違いすぎます。一つの農家が

2500ha

もの農地をもつアメリカ合衆国が作る産物に対して、どう対処するのでしょう?

コメをはじめ、穀類の生産では到底太刀打ちできなくなります。しかし、守る必要がある農産物は人々のお腹を満たす穀類です。法人化た企業・農業団体が収益を度外視して穀類を作り続けることが出来るのでしょうか?
人件費の支払いが生じます。機械をはじめ生産資材の支払いも必要になります。赤字が大きくなれば、株式を売却することが必要になるでしょう。

現在は、株式会社の農地の所有は認められていません

しかし、政府の成長戦略で株式会社が農地を所有することが、認められる方向で進んでいます。大規模化した日本の農業法人が経営悪化し、外国資本の企業が農地を取得すること、また一次取得は日本企業でも、転売や資本の移動により外国企業が日本に農地を持つことが起こるのです。グローバル企業が日本で農業を行うことが現実になります。

遺伝子組み換え作物と歓迎されない農薬が、身近な場所で散布されます。地道に個人で農業を営む人の隣りや山間部で無農薬の作物を育てる人の側の田畑までグローバル企業が作付けにきます。面積によって負担金が生じる水利権に対しても、グローバル企業の議決権が日本人農家の議決権数よりも多くなることすら予想されます。


輸入食料のみではなく、国内で生産される食料の価格決定権までも、日本人が持つことは出来なくなるのです。

TPPの抱える本当の問題は、こうした国の仕組み、あり方、存立そのものを破壊することにあると認識する必要があります。


人間をつくるのは「ハードは食べ物、ソフトは教育」です。

日本人の精神「和」とは、稲穂を口にするという意味であり、お米を食べることから生まれることを改めて自覚し、グローバル企業の目指すところへ向かわないように行動することが重要だと考えています。

日本のコメ文化を潰すのは・・・

004 今日は「JAさが」の通常総代会でした。私も、一農家として参加し、機会があればと質問を準備していきました。

(質問内容)
 農協法改正案が明日にも衆議院を通過しようとしていますが、この内容については、決して歓迎できるものではありません。一方で、この20年間の活動内容にはいくつか反省すべきテーマがあると感じます。
・ 農業の6次化による弊害を軽視していること
・ 集落営農など大規模戦略の効果
・ 米価の下落と米離れを招いた政策
などです。特に米価の下落については、コメの輸入自由化反対が目的となり、結果として農家として歓迎しない日本人の米離れと米価の下落を招いてしまいました。これは、国産米のライバルを見誤ったことにあると考えられます。
 日本のコメ農業を壊したのは、コメを輸入したことではありません。輸入小麦とそれに関わる産業の戦略に負け続けているのです。先日一冊の本を手にしました。
「アメリカの小麦戦略」
という本です。昭和54年にNHKの番組作成にあたり取材された内容をまとめられたものです。年配者の方には、当時番組を見られた方もいらっしゃるかと存じます。
 昭和30年代、日本人一人あたりが消費していたお米の量が110kg台を維持し、小麦の消費量は、その1割程度にしか満たなかったものを、いかにして食生活を換えていくかを、10年単位で戦略を立てて実行し、計画以上の成果を上げたことが紹介されています。本の結びでは、今後食管法の解体でコメの安楽死につながることまで予想され、今まさにそれが現実となっています。
 一人あたりのお米の消費量は、1993年の冷害のときに73kgだったと記憶しています。今では60kgを割ってしまいました。ミニマムアクセスを受入、自由化を拒んだコメ政策は明らかに判断ミスだったのではありませんか?
 このまま米の自由化の反対を続けて、日本のコメ産業が安楽死を迎えるのなら、コメの輸入自由化を受入、輸入義務枠を撤廃したうえで、60年前にアメリカが取った政策に習い、「日本のコメ戦略」をたてて市場を開拓すべきではないのでしょうか。
 昨年3月、アメリカ市場を見に行く機会がありました。カリフォルニア州のサクラメントにあるウォルマートで売られているお米(短粒種)は、907gで1.43ドル(1ドル100円で計算して、60kgあたり9460円)でした。食べてみると10年前に食べていたヒノヒカリよりも味が劣る感じがしました。一番安い短粒種に、Hinodeというものがありました。2.27kgで1.98ドル(60kg 5233円)です。一方で最高級として売られるSush rice は、454gで2.98ドル(60kg 39383円)です。決して挑戦できない数字ではないと感じます。 知人からの情報でブラジルでは今、ラーメン1杯2000円するそうです。日本のお米を加工して輸出することで、マーケットは世界中に広がります。
 お米を食べない世界の市場を開拓することこそ、これからの時代に農家と共に歩むJAが進むべき道があるのではないのでしょうか。
(以上)

 質問のタイミングを考えながら、内容を一部見直しての質問でした。アメリカでのコメ価格を紹介している途中で、議長から質問を手短にまとめるよう注意を受けましたので、まとまりとポイントがずれた質問になってしまいました。
 アメリカ市場に日本のコメを売り込むことも大切ですが、もっと大切なことはアメリカから自由化された米が日本に入ってくることは、本当に恐れることなのか?

 会を通して感じたことは、日本のコメビジネスをお荷物だと考えているのは、JAではないのか、と感じさせられる総代会でした。

イネの肥料・アンモニア態窒素

035 佐賀平野ではこの週末、田植えのピークを迎えます。私は一足早く直播きで作業を終えていますので、あと一週間ほどは様子見が続きます。

 美しく広がる水田の一方で、まだ耕されていない減反の圃場が広がります。今年佐賀県が減反する面積割合は35%を超えています。前知事のときの判断で、国から求められる面積以上に減反した方が経済的にも有利に働くと考えられたからでしょう。佐賀平野は暗渠排水など基盤整備が充実しているからです。

 しかし、こうした判断が大きな誤りをもたらしているかもしれません。一昨年に体験したウンカの被害。この後に学ぶ機会を得た肥料について、その性質が田んぼと畑では大きく異なるというのです。ここで言う「田んぼ」とは水を張って作物を育てる稲作のこと、「畑」とは水を張らずに作物を育てる麦や大豆のことです。

(以下、岩澤先生の著書を引用)
 田んぼには水があり、無酸素の状態ですから還元的です。ところが畑の土には多くの空気が含まれ、酸化的です。従って、微生物から土壌生物、地表の生き物にも大きな違いがあり、雑草や作物も異なります。・・・・・・
 イネはアンモニア態窒素を好む植物ですから、施肥される肥料は畑とは違い、アンモニア態窒素が主体です。このアンモニア態窒素は、イオン化しての電荷はプラスイオンに帯電しますから、マイナスの土壌に吸着されて非常に安定的です。しかし、これが落水され、空気が土壌中に入り込むと、たちまち安定性は崩れ、窒素は流れ出します。そして土壌に酸素が入ると、今まで田んぼにいた嫌気性の微生物は、好気性の微生物に取って替わられます。好気性の硝酸化成菌は、アンモニア態窒素を硝酸態窒素に酸化します。硝酸態窒素は電荷がマイナスですから、マイナスの土壌とは反発して、遊離窒素になってしまいます。(以上引用、本では窒素をチッソと表記)

 ひと言で肥料と言っても、奥が深いです。戦後農業学校などで教えられた農学では、植物に必要な肥料の三要素を「チッソ、リン酸、カリ」とされていました。今でも多くの農家の方が、単純にそう考えていらっしゃると思います。しかし、同じチッソの中にも大別して「アンモニア態窒素」と「硝酸態窒素」があることを知り、また有明海学の中では「亜硝酸態窒素」というものがあることも知りました。私たちが普通に必要だと考えていた肥料や成分が複雑に変化し、今ではマイナスの効果が大きいと指摘されるものも多いのです。

 昨年香港にご一緒させていただいたDr.中松から「私はガンで余命2年と宣告されている。ガン患者は身体に悪い5つのものを外さなければならないと紹介していただきました。
・ タンパク質
・ ナトリウム
・ カリウム
・ 鉛
・ 砂糖
です。それから、ガンには乳製品が悪いことも付け加えられました。今後、先生の研究として発表されるかと思いますが、常識という言葉とは異なり、真実は常に変化していることを理解して学続ける謙虚さが大切だと感じます。

「食」という字は「人」を「良」すると書く

 食という漢字は「にんべん(冠)」に「よい」と書きます。
 人を良くするという意味から出来ています。

 食べ物が人間のハードをつくり、教育がソフトとして機能します。

 現代日本は飽食社会で食べ物が満ちあふれ、一方で健康ブームからテレビの情報番組や雑誌などで
「〜が健康に良い」といわれるとスーパーなど、お店の店頭から瞬く間に商品が消えることが紹介されています。

 ゆっくり過ごす環境を手に入れた今、物事を考えているといろんなことに気づきます。身体に良いといわれる食べ物、本当に全ての人が健康になるのだろうか?
 学校給食で小麦アレルギーや大豆アレルギーは耳にしても、お米アレルギーを聞かないのはなぜだろうか?

 いろんな報道を見聞きしていると惑わされてしまいますが、身体に良い食べ物(食事)というくくりではなく、日本人の身体に良い食べ物があるのではないかと。たとえば牛乳は欧米人にとって良い飲み物でも、成長と共に酵素が失われる日本人の身体には合わないことのような・・・。

 そうやって考えていくと、日本人に良い食べ物とは神前にお供えする「お米」「お塩」「お水」(そして「日本酒」)が最もシンプルで身体に良い食べ物ではないのだろうかということに気づきます。

 では、なぜそんな日本人の身体に良い食べ物を、日本人が控えるようになったのか?

 これは、謎が多い課題に出会いました。今週、その中の一つ、お塩に詳しい方とで会い、いろんな歴史や特徴を教えていただきました。今、朝ドラの舞台になっている能登。よい塩は、能登の塩田でもつくられていると思ってしまいますが、実は観光塩田しか残っていないそうです。1971年、日本の塩田は全て法律によって廃止することが決められたそうです。それ以降は工業製品化されたお塩しか食することが出来なくなっていたのです。
 一方、塩分の取り過ぎが「高血圧」などの成人病の原因となるということで、減塩政策が進められました。ところが、最初に厚生省が国民の塩の摂取に関する統計を取ったのは1979年だというのです。つまり、自然塩の影響は分からないまま、工業化された塩を摂取した日本人の健康調査を基に「塩が健康によくない」という信仰がつくられていたのです。

 今となっては、自然塩が日本人に与える影響を検討することは出来ませんが、日本人の身体を再生するためにも「良いお米」「良い塩」「良い水」を手に入れる環境を整えることが重要になると考えています。
 それらを手に入れることで、健康な仲間達と神様の前で「日本酒」をいただくこと、日本人として幸せな時間の過ごし方だと考えることが出来ます。

クボタ直播き機の清掃について

クボタ直播き機の、播種部清掃について記録しておきます。ブラシや溝に種が残ると、翌年に行う播種のときに、種の量がばらつくなど不具合を生じます。

0011. 右側の白い歯車を止めている黒いネジを緩め、歯車ごと外します。







004 これが外れます。








0022. 黄色いキャップの付いたピンを外すと、手前のブラシが外れます。







007 外れた部品です。

 きれいに洗浄し乾かします。

 組み立ての際は必要に応じ注油します。




005 外した後は、このようになります。奥野ブラシを含め、きれいに洗い流します。

稲の直播きが終わりました

001 直播きを本格採用して3度目のシーズンを迎えます。初年度は「ウンカの大発生」によって壊滅的な被害を受けました。これは直播きが影響したわけではありません。
 2年目の去年は、佐賀県全体で8月の日照不足が問題になりました。この時は奇跡的に晴れた日に防除を行うことができ、イモチ病などの被害を最小限に食い止めることが出来ました。しかし、こちらも直播きが影響したわけではありません。

003 直播きを採用したことで、稲の本質を学ぶきっかけになりました。ウンカの大発生の影響、これは適期に防除できなかったことが要因にあげられます。しかし、いろんな意見に耳を傾けるうちに、被害が拡大する直前に行った「硫安」という肥料を散布したことが問題であることを学びました。
 化学肥料が植物に与える影響、それまでほとんど考えてこなかったことです。農薬を減らせば、より良い作物を作ることが出来ると考え取り組んでいました。肥料の問題は根っこが深くビックリしました。

012 先の佐賀県知事選挙は、その問題を「直感的に気づき」選挙公約の一つに掲げて活動しました。しかし、そのストーリーは他の方の経験をもとにした理論です。説得力がありませんでした。
 これから4年間の取組は、直感的な気づきを「実践で検証すること」にあります。

 本来は除草剤を含めて農薬は使いたくないのですが、肥料の特性を学ぶために、今年は今まで通り、サンバードという除草剤は使用しました。これによって、微生物の活動が死滅するなら、来年は使わない方法を取ります。直播きによる稲の特性を発揮するメリットを考えての取組です。

 5ヶ月後の成果に注目して下さい。

クボタ直播き機の調整について

播種量の調整

001 6条全ての量を減らす時には、播種装置右端にある「黒いキャップ」のかぶったハンドルを左(反時計方向)に回します。(量を増やす時は右に回す)
 1条ごとに調整する場合、ホッパー下にある右側の「白い歯車」を全量調整と反対に回す(右回しが減る)




播種数の数え方

0131. 走行副変速を「 N (中立)」にする。








0102. 播種部の高さを適当に下げるため、ハンドル右側のレバーを軽く「下降」側に押し下げる。






0083. 座席下正面にある油圧レバーを「閉」にする。


4. ハンドル右側のレバーを「下降」側に2回押す。播種状態になる。



0095. 走行レバーを「前進」に進める。
  PTOが作動するので10回分の種を箱に取る

  (種の量が40〜50粒で調整する)






株間の調整

011 植え付けの密度を変える株間調整は、右側足下にある。
 エンジンをかけた状態で、副変速を走行副変速を「 N (中立)」にし、レバーを動かすだけでOK。通常は50株で播く。





このページは、毎年行う直播きの作業前に行う調整の手順を忘れないように記録しているものです。

稲の直播き4年目に入ります

001 種子を鉄コーティングして水田に直播きする稲作も、今年で4年目になります。
 コーティング作業も手慣れてきました。

001
 ゴールデンウィークにはきれいに袋詰めして保管し、種まきを待ちます。


003 その間に発芽試験を行って、一株にまく種の量を決めます。試験開始から一週間、発芽率は平均96%でした。一株に3〜4本の芽でスタートしたいので、播く時の量は5粒以下になるように調整する必要があります。

と、ここまでは順調だったのですが、種籾を良〜く見ると・・・。

002 なんと!
根が出ているではありませんか!

このところの天気で、湿気が多かった影響でしょうか?

Kubotaさんに確認すると、種を作り直す必要があるかも。
とのこと。理由は、湿気があるということは、中の方で温度が上昇し、種が焼けている可能性があるためです。

とりあえず、ビニルシートを広げて、干してみました。

この後、発芽試験をやり直します。

結果は、一週間後・・・。

種の無事を祈ります。

新しい技術を確立するには、まだまだ、経験することは多いようです。
 
飯盛良隆


佐賀県小城市三日月町出身。
佐世保工業高等専門学校卒業後、ブリヂストン鳥栖工場設備課勤務。橋本龍太郎通産大臣の時代に第3種電気主任技術者の免状を取得。

建材店:サンコー商事にて14年間建材の販売に携わり新築・リフォームの現場に数多く潜入。戸建て住宅でもインテリアの重要性を感じ平成20年町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー福岡校に入学しインテリアの基礎を学ぶ。

平成22年、スメトコプロモーションを設立し住宅CMサービス佐賀の運営を始める。
平成25年2月、ダブルスネットワーク(株)社との契約を解消、住宅CMサービス佐賀の運営を終了する。
平成24年6月 突然
唐津から釜山へ新幹線で!
実現するためには長崎県と佐賀県をひとつに。そしてアジアや世界中の人たちが、自然と人の美しさを求めて足を運ぶ地域にする。
そんな夢を描き知事を目指して政治活動をはじめることに。 活動に専念するために平成26年6月末にて住宅に関する事業は終了。平成26年8月末にて(株)スメトコプロモーションを退社。
平成27年1月11日実施の佐賀県知事選挙に立候補。惨敗。

現在
眞理學指導員 (日産鮎川義塾)
福岡インテリアコーディネーター協会監事
夏・佐賀で稲作
冬・東京で会社員
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